47話 レイドボス到来!
威圧、剣圧……そして明確なる死のイメージに、ミコトは初めて自分がしりもちをついていることに気が付き、その手を取って立ち上がる。
「……殺さないの? 貴方の目的はストレンジアのせん滅でしょ?」
いぶかし気に、ミコトはそうナイト=サンに問いかけるが、その言葉に騎士は口をとがらせる。
「いったはずだ、俺の目的はこの世界を脅かすストレンジアの排除だ……お前のやり方は間違っているとは思うが、脅威ではない」
理解ができないとばかりにミコトは首をさらにひねる。
そもそもこの戦いがどうして起こったのかすらあいまいになりかねない……それほどこの男の言っていることは奇妙奇天烈で意味不明。
理想を追い求めすぎて、狂ってしまったのかとすら思えるほどの奇々怪々ぶりである。
「あなたという男が分からないわ……結局、勇者とはあなたが戦うんでしょう? そしてストレンジアもあなたがせん滅をする。 私と何が違うっていうのよ」
第三番代魔法一つで村一つ町一つが簡単に落ちるこの世界。
そんな住民を、異世界転生者から守るためには自分たちが戦うしかない……それが分かっているからこそナイト=サンは手を貸しているし、エルフ族の村の救出も行った。
自分とやっていることは変わらないというのに、そこに何の違いがあるのかも分からない。 ミコトは彼の言葉に混乱をしながらもそう問いかけると。
「この世界の人間は、魔王という自分の世界の出来事をほかの世界に任せようとした」
しかし、ナイト=サンはそう呟くようにミコトに語る。
「……任せようとした?」
「そうだ……自分たちで戦わず、ほかの世界に面倒ごとを押し付けた。その結果が今の現状だ……彼らとて何の罪もない人々というわけではないんだよ」
「……それは、千年以上も前の話よ……それに、この世界はもう十分すぎるほどの罰を受けているはずよ」
「あぁ、だが時代が進んだ千年後も……同じことを繰り返した……ここで俺たち余所者がまた世界を救ったら、彼らはまた同じことを繰り返すことになる」
それは、いまではなくはるか未来を見据えるように……。
その言葉を聞いてようやくミコトはナイト=サンの思惑を理解する。
「要は……繰り返してほしくはないってことなのね」
「あぁ。 そのためには、自分たちでこの世界を取り戻す必要がある……誰かに統治されるのではなく、誰かに助けてもらうのではなく……教えられたとしても、導かれたのだとしても……最後には自分たちの手で、自分たちの力でこの世界を守らなきゃならないんだ」
ナイト=サンの言葉に、ミコトは一度うつむく。
自分にも経験があるからだ。
一歩、自らの足で踏みだしたから彼女は地獄のような毎日から抜け出した。
助けてもらえず泣いていた日々……助けを求めては裏切られ、助けを求めて助けてくれた人を不幸にしたことも何度もあった。
そのたびに自らを恥じ呪い……それでもまた同じことを繰り返した。
助けてもらうことでしか、自分は助からないのだと思い込んでいたから。
だけど現実は違った……醜くても、どんな形でも自分が変わらなければ、何度助けてもらったとしても繰り返すのだ。
だが。
「あんたの言いたいことは分かったわ……でも、それは今じゃないわ」
ミコトはそれを理解したうえでナイト=サンを否定する。
「なに?」
「言ったはずよ、国崩しまで時間がない。 確かに繰り返させないためには自分たちでこの世界を救うしか手はない……でもそれは、あとでゆっくりとでもできるはずよ?」
そう、ナイト=サンの発言は確かに正しいが。
目前に迫る脅威と、彼らの実力の大きさはあまりにも大きすぎる。
それこそ、池で泳ぐ小鮒と大海を揺蕩う大鯨ほどの差だ。
それを、国崩しが起こる数年で埋められるはずは到底ない。
それこそ、何十年何百年……何世代もかけて受け継ぎ育てていかなければならないほどの大プロジェクトになるだろう。
だからこそ、今回は守るしかないのだと、ミコトは叫ぶ。
でなければ、ミコトが守った世界は絶望と同時に幕を閉じることになる。
ミコトは知っている……ちっぽけな希望を人間は神のように信奉する。
ほんの小さな希望に縋り、そして叩き落されたときの絶望を。
もはや自分の足で歩くことも、声すらも出せないほどに心が崩れていったあの感覚をミコトは知っている。
そんな絶望をミコトはこの世界に知ってほしくはなかった。
勝てると鼓舞され、剣を取った先に待つ圧倒的な実力差。
敵との実力差を理解することが、戦いの第一歩とかいうセリフをミコトは昔読んだ漫画やライトノベルの一文から思い出すが。
そんな生易しいものではないほど、圧倒的な実力差なのだ。
だが。
「勇気さえあれば、必ず救われる」
ナイトさんはそう言い放つ。
その言葉は偶然にも自分を絶望の淵に叩き落した言葉と同じであり、ミコトはその一瞬だけ、冷静さを失い。
「……だったら証明して見せなさい……」
第三番代魔法、クレイドルを解き、皆の目を覚まさせる。
「いったい何をするつもりだ?」
いぶかし気に問いかけるナイト=サンの言葉に、ミコトは口元を緩め。
「ついでだから、私が勇者から町を守る方法を教えてあげるのよ……見せてあげるわ、私のゴッズスキル」
同時に、ナイト=サンとの戦いでも見せることのなかった自らのゴッズスキルを開放する。
【悪逆到来】
天空に現れるのは巨大な魔法陣。
空を、そして空間をいびつに捻じ曲げるかのようにできたその召喚陣に、天空は驚くかのように顔色を黒く染め上げ、同時に雷をかき鳴らして威嚇をするようにその魔法陣に対して紫電を放つ。
静寂に包まれた町に突如として鳴り響く轟音……雨も風もない中で、響き渡る雷の音に、魔法が解けた町の住人はその様子を伺いに窓から顔をのぞかせる。
ただの雷ならば気にも留めなかったであろうことであるが。
空から降り注ぐ邪悪にして陰鬱な空気と、春だというのに真冬の山卸かのような冷気は、魔王の到来の時と同じ怖気と、潜在的な恐怖を人々に思い起こさせ……そんな悪寒におびき寄せられるかのように、人々はその光景を見てしまう。
魔王よりも禍々しく、ストレンジアでさえも単体では倒すことが不可能な……究極の存在。
「まさか、あの魔法陣は」
プレイヤーたちの苦い記録が、ナイトさんの頭の中に呼び起される。
ゲームの中であれば、笑い話で済んだ魔物。
しかしそれが、現実の世界に今ここに限界する。
「レイドボス……複数のプレイヤーでフルボッコにしても、ワントライじゃ勝つことは出来ない化け物!! その召喚が私のゴッズスキル。 正直、MP半分くらい持ってかれて一日にそう何度も連発できるもんじゃないんだけど!! HPもMPも全回復させてくれるエリクサーを量産できれば、エリクサーがぶ飲みして勇者にぶつければ圧勝って寸法よ! あいつがどんなストレンジアの兵団を呼んでこようが、レイドボスに一つの命で勝てるわけがないんだから。 そして逆に、この国の人間がこいつを倒すことができたら、勇者にも勝てるって言葉を信じてあげるわ」
町の人々に怖気が走り、同時にミコトは指を鳴らし、魔法陣から山の如き体躯を持つオオカミのような形をした化け物を、産み落とすように空から放ち……冒険者都市アルムハーンの外壁のそばに落とす。
それは、かつての古の邪竜をも超える禍々しさを誇る黒毛の狼。
「キング……フェンリル」
第五期につくられ、何度も復刻をした人気のレイドボスキングフェンリル。
体力、力、そして相手を恐怖状態にし一時行動を封じる状態異常を持つという、レイドボスとしてはそこそこの手ごたえがあるデザインにより、長くプレイヤーに愛された黒毛の狼であり……ドロップする素材も経験値もおいしいために人々に最も愛されたイベントボスである。
その知名度は、一度も戦ったことすらないナイト=サンですら懐かしさを覚えるほどであり、時間がかかり面倒と忌避されやすいレイドバトルがこのゲームでの一定の人気を誇っていた理由の一つでもある。
だが……それはあくまで何度もリトライでき、必ず最後には勝てるように設定をされた魔物である場合だ。
少なくとも……ワールドチャンピオンであろうが、理想の騎士であろうが……レイドボスを単体で撃破できる人間など存在しない。
単体で撃破をされないように細心の注意を払って作られた凶悪なボス。
それこそがレイドボスであり、そんな悪夢をこの世界に召喚する能力こそ、息吹ミコトが有するゴッズスキル「悪逆到来」なのである。