45話 浸食と定着
「ぐうぅおっ!?」
その速度は、神風を保有したソニック・ムーブを……そして召喚の間で戦った槍使いの一撃を凌駕する。
重くすばやい横なぎ。
その一撃にナイト=サンは反応することができず、小手で直撃は防いだものの店の外まで弾き飛ばされる。
「……邪魔者は消すわ……それがたとえ理想だったとしてもね」
レンガが敷き詰められた冒険者の道をめくりあげながら、吹き飛ばされたナイト=サン、そんな理想の騎士を見下すようにミコトはゆっくりとルインの酒場から出てくると。
杖を構えたまま全身から光を放つ。
「ものすごい魔力だな」
不意打ちを受けたナイト=サンであったが、彼は気にする様子もなく立ち上がると、感心したような言葉を漏らす。
「そりゃ、ワールドチャンピオンの一人だもの、これぐらい当然よ」
「ふむ、魔法使いに対しての基本対策だが……遠距離戦では騎士には分が悪いため、魔法使いが苦手とする近接戦に持ち込むのがセオリーだが……今の槍操術を見ている限り、対策は万全のようだ」
ナイト=サンの言葉に、ミコトは当然と笑うと、槍を構えるように身の丈ほどもある大きな杖を姿勢を低くして構える。
虎が獲物に飛び掛かるような姿勢。
その構えは紛れもなく、召喚の間でナイト=サンを急襲した槍使いの構えそのままであった。
「……代7期までは、槍使いの頂点も私だったのよ? 今は蜻蛉の奴のほうが槍の扱いでは上だけど、でも」
「!?」
会話のさなか、ミコトの姿をナイト=サンは見失い。
「……弟子と師匠では、攻略難易度は段違いよ?」
背後から響くミコトの声と同時に、ナイト=サンの頸椎へと、魔法により鋭く鍛えられた槍の一刺しが走る。
「確かにそうだな」
振るわれる冠位剣グランドの一閃。
視界から完全に外れた背後からの一撃であったが、ナイト=サンは的確に刃を背後に振るい、容易にその杖を薙ぎ払う。
「ちっ……この程度じゃ流石にとらせてはくれないわね」
「あぁ、会話の最中に背後に転移魔法陣を展開……急襲する技は見事だったが。視覚など俺にとっては飾りにすぎない。匂い、音、そして気配……どれか一つでもわかれば見えているのと同じだ」
「本当、化け物よね……だけど」
にやりと笑うミコトは、一瞬視線を冠位剣に移す。
「むっ!?」
「トリックには弱いみたいね」
その剣には、貼り付けられたスクロール。
ミコトの一撃は、ナイト=サンを殺害するために放たれたのではなく、このスクロールを仕込むための不意打ちだったのだ。
「食らいなさい! 第十番代魔法!」
舌打ちを漏らしながら、ナイト=サンは対抗呪文を唱えようとするが、魔法の頂点に立つ人間の詠唱速度にかなうはずもなく、その魔法を正面から受け入れる。
【炉心融解!!】
ゲーム内魔法のトップに君臨する第十番代魔法。
彼女が放ったのはそんな十番代魔法の中で唯一の単体攻撃魔法。
ゲーム内トップに君臨するその魔法は、防御力無視の炎熱系最強の単体魔法であり、単体攻撃しかできない代わりに、敵単体に与える魔法ダメージではこの魔法を超えるものはない、PVPにて最もプレイヤーを殺害した魔法として名前があげられる対人戦用魔法。
初手にて不意打ちでその魔法をぶつけたことから、ミコトに油断はなく。
ナイト=サンという幻霊にも近しいナイトさんという存在を格上として認識していることがうかがえる。
だからこそ。
「炎熱魔法対策は万全だ……このゲームをやっている人間で炉心融解をPVPで警戒しない人間はいないだろう?」
「ええ、知ってたわ!」
ナイト=サンがこの一撃を容易に耐えうることは予想済みであった。
「ぬっ!? これは……」
「最高の防御力を誇る騎士……ナイトさんの使う戦術は。魔法耐性、物理耐性双方に優れているのは知っているわ。 だけどね」
「!?」
「それがスリップダメージならどうかしら?」
巻き上げられた爆炎は目くらまし。
炎の魔法にナイト=サンが耐えている最中、魔術師は三つの魔法を展開する。
【猛毒の沼】
【英国首都の毒霧】
【火傷の呪い】
「っ!?」
あたり一面に広がる呪い。
それは攻撃魔法ではなく、状態異常魔法。
「それぞれが体力を徐々に削っていく魔法で、すべてが第五番代魔法だ」
「ええ、一つ一つはただの状態異常魔法! 対策だなんて見向きもされないようなものばかりだけれどね……スリップダメージは割合ダメージだからね! 結構えぐい威力に跳ね上がるのよ!」
ナイト=サンの体に感じたことのない嫌悪感と痛み、そして息苦しさが同時に襲い掛かる。 理想の騎士であるナイト=サンにとって、状態異常は知識では有しているが、その身で感じたことはない。
ゆえに、一瞬だけナイト=サンは自らに襲い掛かる不快感に戸惑いを見せるが。
「だが、状態異常の解除は騎士の十八番! すぐに解除をすればいいだけのこと!」
自らの知識にある、対処用の状態異常回復魔法を唱えようと口にするが。
「させるか!!」
詠唱魔法を唱えようとするナイト=サンのもとに、ミコトはまたも転移と同時に踏み込み喉元に一撃を放つ。
「騎士には、同じ攻撃は何度も通用しないぞ!!」
ナイト=サンはそう叫び、敵の攻撃を分析する。
急所を狙った不意打ちに近い一突き……しかしそれは陽動であり、その手には隠されるように握られた、魔法の使用を一定時間止める【沈黙】の魔法の紋章が描かれたスクロール。
剣で槍を止めれば、魔法が使えなくなりスリップダメージを食い止める方法を失うという寸法である。
だが、その種が割れてしまえば対処法も簡単だ。
はじけなければ、回避をすればいいだけ。
一撃は点であり、踏み込みは転送によりあり得ぬ速度ではあるが、そこからの一撃は槍使いのストレンジアよりも鋭くはなく、回避は容易い。
ゆえに、ナイト=サンはその一撃を今度は体をひねって回避をし、冠位剣グランドをその体に叩きつけようとするが……。
【それはもはや手遅れな末期】
「っ!? スクロールすらフェイクか!?」
詠唱される言葉に戦慄する……。
自らにあたえられたゲームシステムのデータより与えられた知識は、その魔法はいたって特殊であり、それ単体では脅威になりえない魔法だと語る。
使用頻度も低く【PVP】では決して見ることのできない魔法。
種類は殺傷能力はないに等しい補助系魔法。
しかし、至高の騎士としての直感が、そんな何でもない魔法が最悪の状況を作り出すことを告げる。
回避は失敗であった……。
正面からミコトが槍を放った理由。 それは、攻撃をあてるためではなく、ナイト=サンを魔法の射程内に入れるため。
確かにスリップダメージを一定時間受け続けることは危険である。
しかし、スリップダメ―ジも【沈黙】も、一定時間を過ぎれば自然回復をしてしまう状態異常だ。
重ねがけされたスリップダメージは確かに大ダメージではあるが、せいぜい同時にかけられたとしてもナイト=サンの体力の半分も削り取ることは出来ないだろう。
PVPという戦いは識っていても、ルール無用の【殺し合い】に対しての経験のなさが、ナイト=サンを窮地へと陥れる。
【定着と侵食】