41話 帰還……そして眠り
その後、エルフ族の皆は無事に救出をされた。
ドワーフの水晶鉱脈を占拠していた盗賊は、数人の捕虜を除いてアッガスさんとイワンコフさんに皆殺し。 残った数人も、ギルドに引き渡され魔術と洗脳魔法を用いた尋問を受けることになるが……首謀者であるストレンジアは、ミアちゃんが放ったライトニングボルトの魔法により、消滅をしたかの如く痕跡一つなく消え失せてしまった。
下っ端の盗賊たちも、国崩しの内容は聞いていなかったらしく。 生き残った数人の中には、そのことを聞いた瞬間に震えあがるものもいる始末であり、結局この国が次の国崩しの標的となっているという絶望的な事実が分かっただけで、何の進展もないままこの事件は幕を下ろしてしまった。
「ふぅむ……なかなかに状況は厳しいよ。 情報としてはナイト君たちを襲ったストレンジアと、あの槍使いが去るお方と呼んでいた人間が国崩しにかかわっているということしかわかっていない」
深夜……空っぽになったギルドのカウンターに私とアッガスさん、そしてナイトさんは一列に並びながら、苦いお酒を飲む。
本来であれば冒険者として多くの人々の喝さいを浴びながら、ストレンジア討伐という誉れと勝利の美酒に一晩中酔いつぶれてもおかしくはないのだが。
国崩しが近いという情報に、誰もが素直に喜べないでいた。
「だが大きな収穫っちゃ大きな収穫だぜ。 今まで国崩しは勇者一人で行われているもんだと思われていた。 だが、ふたを開けて見りゃ随分と組織がらみで行われてることが分かったんだ。前向きに行こうぜ」
「そういうなら……あんたもその浮かない面何とかするこったね。似合わないことすっと余計に気持ちが沈んじまうよ」
無理に前向きに物事を考えようとふるまうアッガスさんに対し、ルインさんはそう毒づき、アッガスさんは面目無さそうに項垂れる。
だがそれも仕方がない。
国崩しが近いことが分かった。
ストレンジアが国崩しについて組織的に動いていることも分かった。
だが、それを知った私たちは何をすればいいのか?
答えは何もないだ。
組織の足取りどころか尻尾すらつかめない状況。
しかもつかめたとしても、その組織は全員ストレンジアで構成をされている。
ナイトさんは確かにストレンジアに対抗しうる力を持った騎士ではあるが。
それでも彼の体は一つしかなく、ストレンジアの集団により国が攻撃されるのだとしたら……ナイトさん一人では国崩しを止めることは出来ないということだ。
それならまだ、勇者一人で国を亡ぼしていると言われたほうが対処の方法も思いつくものだ。
一つ一つ組織を壊滅させていくという手もあるが……話しぶりから時間も残されていない。
前に進んだとはいいえ、進めば進むほどそこにあるのは絶望であり……私たちは答えもなくお酒を飲むことしかできなかった。
だが。
「そこまで気にする必要はないだろうマスター。 エクスポーションの安定供給など、この世界でも簡単なことではない。エルフ族の人間がこの町にいる限りは、奴らも手出しはしないだろうし……それに、国崩しが起こったとしても何も気にする必要ない。この至高にして最強の騎士である俺がいるのだからな」
「本当に、ナイトさんはいつもいつもお気楽でいいですね」
少しお酒を飲みすぎたのか、私はのんきにそう語るナイトさんに毒づくが。
ナイトさんは気にする様子もなく。
「まぁそうだな。悲観しているよりかは人生楽しんだほうがいいだろうマスター。今日はエルフのみんなを救った。そして何より、ミアがストレンジアを討ち果たしたのだ」
「その話だけど、にわかには信じられないねぇ」
ナイトさんの言葉に、ルインさんは耳を疑うようにため息を漏らすが。
「いや、俺も証人だ……俺じゃ手も足も出なかったストレンジアを、弱っていたとはいえミアは一人で打ち倒した。あいつの才能は本物だよ。もう少し大人になったら、悠久の風にぜひ入ってほしいくらいだ」
明るい話題に乗っかる様に、アッガスさんはナイトさんの話を続けると、ルインさんは困ったようなため息を漏らし。
「大人になれるかどうかわからないからこうして頭抱えてるんだろうに……」
そうアッガスさんの頭を小突くと。
「うっ……」
こてんとアッガスさんはそのままカウンターの上に突っ伏してしまう。
「何だってんだい……大事な話をしているときに寝ちまうとはね」
「疲れてるんですよ……アッガスさん、今日は無理してついてきてくれましたから」
聞くところによると、病み上がりだというのにストレンジアに真正面から挑んだらしい。
私を守るときもそうだが、アッガスさんには恐怖というものがないんじゃないだろうか。
「無茶するから何もかも中途半端になっちまうんだよこいつは。 ふあぁ……昔からの悪い癖さね」
ルインさんは倒れたアッガスさんの頭を一つなでてあくびを一つ漏らす。
その様子は何処か、弟の身を案じる姉の様で、私は少しだけほっこりとし、再度お酒を口に運ぶと。
くらりと眠気が急激に襲ってくる。
「……あれ?」
疲れているからだろうか、体は嘘のように重くなっていき、目の前を見るとルインさんもカウンターに伏してうとうととしている。
「マスター……今は眠ったほうがいい。 そのほうが安全だ」
私の体を気遣うように、ナイトさんはコートを羽織らせて一つ背中をなでてくれる。
今日は一日大変だったため無理もない……私はそんなことを考えながら、ナイトさんに促されるままに静かに瞼を閉じる。
「……ん? 安全って?」
眠りに落ちる前、私はそんなナイトさんの言葉に疑問を抱いたが。
重い瞼が開くことはありえなかった。