40話 負けられない理由
「んなああああああぁ!?」
激痛が走り、全身が身の危険を感じ取り総毛立つ。
足を見るとそこにあったのは青白く光る魔法の矢。
どこから放たれたのか、どうしてそうなったのか……その矢は、見事にソニック=ムーブのアキレス腱を射貫いていた。
「なんで……どうして!? 矢の転送!? ありえない……そんな高等魔法奴らが使えるわけが……っ!!? あれか!」
戦いが始まる前、開戦の狼煙のように上空へと放たれた一本の弓矢。
確かに、回避率100%を誇るソニックに対し、攻撃を戦闘で当てることは難しい。
だが、回避とはあくまで行動である……ナイト=サンのように無条件で~無効化~するわけではなく……回避行動をとる意志がなければ回避は発動しない。
そう……上空に放たれ落ちてくる弓矢のような……知覚外からの攻撃に対しては、回避は発動しないのだ。
「ち……ち……畜生!?」
本来であれば、この程度の攻撃は彼のステータスに何の異常もきたさないだろう。
5パーセントにも満たない小さなダメージだ。
しかし、残り体力が1割しかないソニックに対して……その一矢はまさしく致命傷となる。
ジワリと足首より血が滲み、腱を断ち切られたソニックの足には力が入らない。
足に依存する彼のスキルはその弓矢の一撃により見事に封じられた。
飛び降りようにも、片足ではもはや追いつくことは出来ず、ソニックは眼下の少女を見る。
【……重複魔法ライトニングボルト……魔力ありったけ!!】
この世界の人間よりも優れた耳、そして優れた目をもって、ソニックムーブはその言葉を一言一句聞き逃すことなく聞く。
魔力の波動はソニックを超え天空へと満ち、雷という形となってソニックへと向かう。
「これが私の! 最適解だああぁ!!」
喉が張り裂けんばかりに叫び、大気を震わせながら少女はイメージ通りに魔法を発動する。
ソニックムーブのスキルはもはや発動しない。
そして、上空から現れるのはおびただしい数の魔法陣。
「……僕は、弱くなんかない…弱いのは、お前たちのはずなんだあぁ!!」
降り注ぐ雷鳴の音に、そんな遠吠えはかき消され。
水晶地帯に雨のように降り注ぐ雷により……ストレンジア ソニックムーブは敗北をする。
「や、やった……やったよ!!」
落下する最中、少女は微笑みながら空中で万歳をする。
もはや受け身を取る力も、意識すら消えかかっておりミアはその場で眠ることに決めた。
だがそれもすべては彼女が導き出した最適解だ。
なぜなら、ナイト=サンがかけた魔法の防具は……落下ダメージも地形ダメージとして無効化する効果を持っているから。
「これで……安心」
消えかかる意識の中、ミアはそう呟いて……静かに眠りへと落ちるのであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー追憶。
「紅腕の音速龍?」
小学生のころ遊んでいたカードゲーム【戦王記】。
カードを魔法の描かれたページ、デッキを魔導書と見立てて遊ぶ60枚一組で戦う一時期大ブームを巻き起こしたカードゲームだ。
1パック150円5枚入り。
友達に誘われて初めてパックを剥いたその日……僕は運よくキラキラと光るそんな名前のカードを手に入れた。
「召喚コスト8……攻撃力30000……守備力25000……特殊効果?」
よくわからなかった。
ルールも、どういうゲームかもわからないまま購入した五枚の紙きれ。
だけど、そのカードとの出会いはとても衝撃的で。
友達の少なかった僕にとっては……このカードが相棒のように思えて仕方なかった。
「……なんだかよくわからないけど……今日から君は僕の相棒だ」
それから僕はこのカードを主軸としたデッキを作っていった。
友達の知恵を借り、カードショップでいろいろな情報を仕入れ。
少しでもこのカードが強くなるように試行錯誤をしてデッキを組んだ。
このカードが一番強いんだと、一番最初に僕のもとにやってきてくれたこのカードが……最強なんだと信じて疑わず。
だけど……。
「お前、なんでこんなカード使ってるの?」
友達と挑んだ最初の【戦王記】の地区大会。
対戦相手の男に手も足も出ずに敗北をした僕は……そんな言葉を投げかけられた。
「確かに、このカードは魔法も敵の効果の対象にもとられないしステータスも高いけど……そもそも召喚条件が厳しすぎるし、あそこで120円で売ってるようなカードだよ?」
カードゲームショップのショーケースを指さす男。
その先には、同じカードが120円というシールを貼られた状態で置いてある。
知っていた。
召喚条件が厳しいことも、このカードが一パック分の値段もしないことも知っている。
もっと強いカードも、デッキもあることも、勉強をすればするほどわかっていた。
でも……。
「……このカードが好きだから」
僕はその時……そう言い訳をしたのだ。
強いからといえばよかったのに……信じているなら、このカードの強さを証明して見せればよかったのに。
僕は……好きだからと言い訳をした。なんとなくだが。
もう勝てないことは分かっていた。
それからも、僕はそのデッキを使い続けた。
勝率は当然のことながら芳しくなく、100連敗という不名誉極まりない結果を残したこともある。
でもそれは仕方のないことだ……このカードが弱いのは分かって使っているから。
このカードが好きで、僕はこのカードゲームをやっているのだから。
そう自分に言い聞かせて、友達に負けても悔しくはなかった。
でも。
「お前弱いからもう……遊ぶ意味が無いよ。まだそのデッキ使うなら、もう遊びに来ないでくれない?」
そんなつまらない意地を張っていたせいで……僕は居場所を失った。
子供の僕は知らなかった。
弱いままであることは、やる気がないのと変らないのだと。
そして、ボロボロになりかけた相棒は……その言葉と同時に紙切れとなった。
ただの紙切れが、友達を凌駕する存在になるはずがなく、もう120円の価値もない……ただの紙切れにそれはなり下がった。
次の日……ネットで調べたデッキを使ってみたら、100連敗が嘘のように勝利を収めた。
楽しかった。
負け続けた僕にとって、勝利というものは甘美な毒のようなもので。
友達も、大会も……気が付けばこのゲームで僕にかなうやつはいなくなっていて。
「なんでこんなカード使ってるの? やる気がないなら辞めたら?」
気が付けば、その言葉を使うのは僕のほうになっていた。
こんなに簡単に、言い訳をしなければ勝てるゲームだというのに……このゲームは、やる気がない奴でいっぱいだった。
「……つまらないな」
やがて、そんなやる気のない弱者しかいない子供が集まるカードゲームに対し、僕はそんな感想を覚え。
「……やめるか」
全国大会に優勝した際に僕はそう決心をし……何の未練もなく、帰り道に【戦王記】のデッキをごみ箱に投げ入れた。
それから発売された……世界的大ヒットになったVRMMORPGファイナルクエスト。
カードゲームに飽きて、その代わり程度に初めた暇つぶしであったが……気がついたら僕は抜け出せないほどそのゲームの虜になり。
全世界の頂点を僕は目指した。
きっかけは一人の世界大会優勝者。
夜の太陽という名のその男は、当時から最弱ともてはやされていた【騎士】の職業で世界大会に挑み、圧倒的なスキルで優勝をした。
【騎士は弱いと言われていますが、そんなことはありません。 騎士は至高にして最強の職業です。 私は騎士を愛していますし誰にも負けないと信じています】
優勝インタビューの時……夜の太陽が言った言葉は今でも覚えている。
あの時僕が言えなかった言葉……言ってあげられなかった言葉を、画面の中の男は平然と笑って言ってのけた。
僕が言うべきだった言葉を、そして諦めてしまった言葉を……目前の頂点は平然と言ってのけたのだ。
「……追いかけなきゃ」
その日から、僕は夜の太陽を追いかけた。
最強にして至高の騎士……世界大会に優勝すれば、殿堂入りを果たしたチャンピオンへの挑戦権が得られるから。
今までの自分を……相棒を捨てた後の自分が歩んできた道をすべてつぎ込んで。
挑み……戦い……そして、敗北するために。
自分の選んだ道が……間違いだったと証明してもらうために。
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「これが私の! 最適解だあああああああ!」
小さなガキの声が木霊し、それに反論するように何を叫んだのかは覚えていない。
体に走った一撃は僕の体を完全に打ち抜き、倒れた体はもはや動くことすらままならず。
その目は、自らの命を奪い去るいくつもの光の槍を眺めている。
「……あーあ……長いこと好き勝手生きてたから。 忘れちゃってたよね……そんなこと」
悔しくてむかつくが……あの騎士は僕よりも僕のことを分かっていた。
本当は、強くなりたかったわけではない。
ただ証明をしたいから……僕はずっと戦っていたんだ。
僕も……そして相棒も弱くはないんだって、バカにした奴らを見返すために。
「……ははっ……そういえばあのカード……どこに行っちゃったんだっけな」
力なく呟き、僕は死を受け入れる。
本当に救いようのないバカである自分は、こうして無様に死んでいくのがお似合いだろう。
降り注ぐ雷を回避する力はもう残っておらず……一秒も見たずに僕は死ぬ。でも不思議と、そこに恐怖は感じない。
なぜなら……。
「あぁ……なんだ。 君、そこにいたんだ」
相棒が僕のそばに……いてくれたから。
【スキル神風が、クリムゾンアームズソニックドラゴンへ進化しました】
最後に聞いたそんな音。 それと同時に僕は眼を閉じるのであった。
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