39話 ユニークスキル【最適解】
崩落する洞窟の中を、少女ミアはすり抜けるように走り抜けた。
どう動けば崩落を回避し、どの道を通れば……誰にも見つからずに、絶好の狙撃ポジションに抜けられるのか……思案をすれば、頭の中にそのイメージが映し出される。
森の中での一か月を、水も食料もない中で、この小さな少女が生き延びたのは、ひとえにこのスキル【最適解】のおかげだ。
どのように罠を仕掛け、どのように弓を射れば狩を成功させることができるのか……そして弓矢の効かない獣に対して、どのようにすれば逃げ切れるのか……。
集中力、体力を極限にまですり減らす力ではあるが。
しかし、そのスキルを駆使し……ミアは一か月の孤独を生き抜いた。
暖かい家族に優しい隣人。
森と共に生き、草花の声を聴いてつつましくも幸せに生きてきたミア。
しかし、突如奪われた平穏に、石化した仲間。
その時ミアは生まれて初めての感情を抱き、同時に脳裏に沸き上がるイメージとその衝動が導くままに……気が付けば洞窟の中をかけだしていた。
純真無垢、そして仲間が助かった喜びがその時は勝っており、誰も気づくことはなかったであろう。
普通の人間であれば、沸き上がろうとも押さえつけることができる……その程度の感情。
しかし、小さな少女にとってその感情はあまりにも刺激的で抗いがたく……。
わずかだとしても彼女の体を動かすには十分な動機になりえた。
ゆえに、ナイト=サンも、アッガスも、アーリーも、サクヤも家族でさえも……彼女が盗賊を追いかけるという未来を想像することができなかった。
そう……ミアのスキルはどのようにすれば生まれて初めて沸き上がったその【殺意】を達成できるかの【最適解】を導き出したのだ。
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「イメージ通り……」
ミアは迫りくるストレンジアに対し、そう呟く。
平穏を奪った張本人であり、大切な人たちを傷つけた存在。
心に燃え上がる炎のような衝動は……小さな炎でありながらも確実に【殺せ】と命令をする。
「許さない……」
そう少女は怒りながらも、背にあった弓に手をかけ。
「ちがう……足りない」
【最適解】のスキルに……その弓矢では相手を【殺せない】と教えられ、どうすればよいのかが代わりに舞い降りる。
「そう……あの魔法」
今日ミアは、魔力を形にする方法を見た。
その方法こそ不明ではあるが、そのイメージを持ったまま手をあげ、ミアは見様見真似であるが、魔法を行使する。
防具ではなく武器の創造。
魔法としては全く異なるが……【最適解】のスキルにより、その魔法は間違うことも暴走をすることもなく形となる。
第四番代魔法 ~魔法の武器~
本来は剣を作るその魔法ではあるが……ミアはその亜種として……弓と矢を作り上げ……偶然か、それともスキルの力か……その攻撃はソニックにとって間違いなく有効であった。
「っ!!」
弓をつがえ、迫りくるストレンジアにミアは弓を構える。
「外さない……いいや、外れないわ」
言霊のようにつぶやかれる最適解。
心臓が跳ねる。
目の前に迫りくる悪鬼は……自分の知る獣とは異なる異形なものだと。
しかし瞳はその動きをとらえ続ける。
獣よりも早いその疾走を、その時が来るまで決して見失わず。
そして転生者は走る。
己が淘汰される側の人間ではないと証明するために。
「殺す……殺す殺す殺す!」
迫るストレンジアは水晶鉱脈へと駆け上る。
弓をつがえられていようが……自らの回避率に自信を持っているから。
たとえ、自らがプレイヤーとしても劣っていても。
この世界のNPCごときには敗れるはずがない、そんなちっぽけな自信が彼を少女へと向かわせる。
淘汰などされない……淘汰されるのは弱いこの世界の住人だ。
その証明をもって、あの騎士に一矢を報いよう。
そう喜び勇みながら、ソニックは少女へとひた走る。
だが。
その前提から間違っている。
「狩られるのは……貴方!」
そう言葉を漏らし、開幕の狼煙を上げるかのように上空に少女は弓矢を放つ。
「その威勢のよさだけは認めてやるよ!」
勘違いをしたままストレンジアは走る。
戦いをしようと立ち向かう愚かしくも輝かしいその勇気を嘲笑しながら。
……弓を持った狩人と、疾駆する獣。
どちらが狩られるものなのかは明白なはずなのに……ソニックは最後まで、そのことに気づくことができず。
少女の仕掛けた策略にはまる。
「疾っ!」
上空に放たれた弓矢の次に、今度はソニックを狙い放たれる魔法の矢。
青白く輝く魔力の塊は第四番代魔法に相当するものであり、いかにソニックであろうとも触れればダメージが通る。
だが、それも触れればの話だ。
「当たるかよぉ!!」
己の持つ回避のスキルには、魔法も物理攻撃も関係はない。
その弓矢をソニックは容易く回避をしながらも、少女の首を狙って短刀を構える。
だが。
【ライトニングボルト!】
青天の霹靂……雷が少女の頭上に降り注ぎ、同時に破壊された水晶がストレンジアへと降り注ぐ。
「地形ダメージか……だが」
土砂崩れや崩落といったようなものからのダメージは、回避には含まれず、ソニックのスキルをもってしても回避することは不可能。
迫りくる巨大な水晶に、ソニックは舌打ちをするが。
「効くわけねえだろそんなもん!」
第四期とはいえ、一時期上位百人まで食い込んだソニックが、地形ダメージの対策を怠っているわけがなく、防護スキルを展開した後に迫る巨大な水晶を掴み……その上を駆け上る。
重力を感じさせぬ無茶苦茶な疾駆……しかし、神より貰ったゴッズスキルがその不可能を可能にする。
その体は風のようであり、その速力は韋駄天が如く。
やがて、落下する水晶のてっぺんまで登り切ったソニックはそのまま上空まで飛び……
水晶の上からこちらを見上げる、矮小で脆弱なエルフの少女を上空から急襲する。
だが。
「っ!」
上空から振り下ろされた短刀は空を切る。
なぜなら少女は刃が振り下ろされるよりも早く水晶の上から飛び降りたのだ。
「なっ!?」
身投げ……というにはあまりにも潔い、まるで最初から狙っていたかのように水晶の下へと落ちる少女。
ソニックはその行動に疑問符を浮かべながらも着地をし、一秒だけ思案をする。
「下に落ちれば、助けてもらえると思ったんだな……だがそうはさせないぜ!!」
先の戦いで、速度は自分のほうが早いことが分かったソニック―――実際はそれすらも勘違いでしかないのだが―――それ故に、ナイト=サンの庇護下に入るよりも前に、空中でばらばらにその体を切り刻むことが最適であるとソニックは判断する。
落下後、恐らく自らは命を絶たれるだろうが……それでも良いとソニックは思っていた。
「ふっふふ……殺される前に言ってやるんだ……お前のせいで死んだんだぞって。あいつ、どんな顔するかなぁ」
ゆがみきった表情はすでに醜悪以外の何物でもなく。
その行動を実行するために、ソニックは足に力を籠める。
一秒のタイムロスがあったが、ソニックの刃が彼女を解体するのに、恐らく一秒の半分もかからない
音速を超えたその速度についてこれるものはなく……ソニックは少女の浅はかな考えを再度嘲笑する。
だが。
神速の【神風】を発動するまでのほんの刹那。
足に力を籠め、スキルを発動しようとした一瞬の停止その瞬間に……なんの前触れも、予備動作もなく。
神速を誇る獣、ソニック・ムーブはエルフの少女 ミアにその足を射貫かれた。