36話 アッガス・ガースフィールド VS ソニックムーブ
その日、盗賊のアジトは崩落の時を向かえた。
比喩ではなく、物理的に。
ドワーフの国から奪い取った炭鉱を改造しアジトにしていた盗賊たちは、洞窟が崩れる可能性は一切視野に入れていない。
なぜならドワーフが作った洞窟は崩れない……それが世界の常識だからだ。
たとえ星が落ちようが何が起ころうが、絶妙なバランスに計算されつくした形状により、ドワーフ族は人間では成し遂げないほど強固な洞窟を掘る。
【Dig】 と呼ばれるその種族にしか与えられない特殊なスキルのおかげで作り上げられた炭鉱はまさに一つの芸術品でもあり、その安全性が約束されるからこそ、ドワーフたちは地上に国を作るのではなく、地下に国を作るのだ。
しかし、その世界の常識は一瞬のうちに崩れ去った。
音を立てて崩れ始める盗賊のアジト。
洞窟自体に手を加えたことのない彼らにとっては【Dig】のスキルが完全なものではないという想像したこともない事実を前に、当然奥から崩壊をしていく洞窟に、悲鳴や絶叫をあげながら地上へと一目散に逃げだしていく。
ドワーフ様に作られたためそこまで大きくない出入口。
あるものは、仲間を踏みつけて、あるものは崩落に仲間を置き去りにして。
悲鳴と絶叫を巻き上げながら盗賊たちは這う這うの体で地上へと逃げ出していき、一息をつく。
だが。
「!!な、なんだあぁ!」
誰かが響かせたその驚愕の声。
その声と同時に響き渡る轟音。
三つあった、ドワーフの国へとつながる水晶鉱脈の通路、その二つが音を立てて崩落を始めたのだ。
しかも、洞窟が崩落したから落ちたのではない、どの水晶もまるで刃物か何かで切断されたかのような切断面を残して、入り口をふさぐように倒れた。
ここにきて初めて……盗賊たちはこれが人為的に引き起こされたものなのだと悟り、息をのむ。
「ま、まさか悠久の風か!?」
隣の国に存在するという、【最優】ともてはやされるS級クラン……悠久の風。
中でもリーダーであるアッガスは、黒龍との死闘を繰り広げ、国を一つ救ったという伝説が残るほどの英雄であり、何をするにも豪快であることで有名なクランである。
彼らが恐れるクランの一つであり、そして、洞窟を崩壊をする輩など、それぐらいしか思いつかず。
【戦技!! 大鬼神斬!!】
怒声と共に十人ほどの仲間たちの絶叫と宙を舞う姿を盗賊たちは目撃をし……その想像が正解であることを告げられる。
大剣を構えた、丸太のような腕をもち威風堂々と盗賊たちの前に現れた男。
アッガス・ガースフィールドはにやりと口元を吊り上げて、盗賊たちの前に現れる。
「おい、誰か骨のある奴ぁいねえのか?」
挑発をするように剣を構えて迫りくるその鬼神……盗賊たちは反射的に剣や短刀を抜き迎撃の姿勢をとるが。
「ままごとしてんじゃねえんだぞ!! こっちはよぉ!」
斬り結ぶ……なんて夢のまた夢。
横なぎに振られたその大剣は、小枝のように盗賊たちの剣をへし折っていき、同時に盗賊たちを吹き飛ばす。
「で、で……でたらめだ!? 勝てるわけがねえ、逃げろ!!」
その光景、そのひと振りで勝負はついた。
吹き飛ばされた盗賊は、アッガスの一番近くにいた八人だったが、その一振りだけで残りの百人以上は戦意を喪失し逃走を開始する。
超一流の冒険者……盗賊のアジトをつぶした数は噂だけでも百を超えるアッガスから、足並みもつれた盗賊が逃走できる可能性はゼロに等しく、盗賊たちはそれも無駄な逃走であると分かりながらも、一つだけ残されたドワーフの国へと続く道へと疾駆をするが。
しかしながらアッガスは追ってくる気配はない。
なぜなら……そんな必要はないからだ。
【いらっしゃい】
狭い通路に入った瞬間に響く地響き……。
水晶鉱脈を破壊しながら目前の通路を塞ぐように現れたそれは……不気味な声をあげてこちらを向く。
「め……メタルドラゴン……」
災厄の竜……伝説上では先代勇者の力をもってしても、封印することしかできなかったとされる……最高位の邪竜。
「な、なんでこんなところにぃぎぃ!?」
疑問を浮かべる間もなく、盗賊の男が目の前で肉塊になる。
【悪いが、ご主人に命令されている!】
響き渡る咆哮に、抜け道など存在しないほどの巨躯。
迫りくるその絶望の鋼塊に……盗賊たちの運命は決定したのであった。
【鉄頭鉄尾……鉄拳制裁タイムだ!!】
■
「おーおー……随分とえげつないことやってるねぇ」
ぷちぷちと何かが破裂するような音を遠くで聞きながら、アッガスは苦笑いを浮かべて何が起きているのかをだいたい察する。
ナイト=サンのせいで、随分とコミカルなキャラクターになってしまってはいるが。
リズムよく人間をつぶしていくその様は、確かに災厄の邪竜にふさわしい所業であり、それを拳一つで手なずけたというナイト=サンという存在に、アッガス・ガースフィールドは背筋を凍らせる。
「……本当に、ストレンジアってやつらは、どいつもこいつもでたらめだ……だが」
呆れたような言葉をアッガスは漏らすが……しかしその言葉は諦めではない。
「おいおい……騒がしいと思ったけど、なに? あいつらみんな死んじゃったの? ふざけてるよなぁ、この程度のことで死んじゃうなんて僕に失礼だと思わないのかな? そう思わないかい……そこの襲撃者君」
崩落した洞窟……その中から悠然と現れる男……ふやけたかのように縮れた青い髪に、自己顕示欲の塊のような派手な柄の服にズボンを身にまとい……その両脇には媚びるように張り付く数人の女性。
「あんたがお頭か?」
「こいつらの上に立った覚えはないんだけどね? ちょっと力見せつけたら服従を誓ったからさ、便利だったんでいてやったんだよ……弱すぎて使い物にもならなかったけど意外と居心地よかったんだぜ? それなのになんだよお前ら、人の家こんなにめちゃくちゃにしてくれちゃってさ?」
いらだたし気にお頭はそばに居た女性の一人を蹴飛ばす。
本人は軽くけったつもりなのだろうがストレンジアの蹴りだ。
重い音が響き、下着に等しい姿の女性の蹴りつけられた腹部は、みるみる青ざめていき、口元から血が滴る。
明らかに、臓器の一部が損傷したことは明らかだ。
だが……女性は表情を一つ変えることなく、お頭と呼ばれた男の頬に口づけをすると、邪魔にならないように離れていく。
「洗脳か」
胸糞悪い……そう吐き捨てながらアッガスは呟き剣を構える。
「おいおい、洗脳だなんてつまらないこと言うなよ……洗脳魔法なんて使って無いさ。NPCがプレイヤーに服従するのは当然のことだろう? どうせ何もできないモブキャラなんだ……そこらへんでうようよ歩いてるだけより、こうしたほうがよっぽど有効活用できてるじゃないか。 君だって、プレイヤーならわかるだろ?」
お頭と呼ばれた男はそう笑いながら、アッガスに話しかける。
「プレイヤー?」
謎の単語に、アッガスは首を傾げてそうお頭の言葉を復唱するが、男は興奮しているのか矢継ぎ早にアッガスへと言葉をかけ続ける。
「レベル30って、レベル上げ途中で連れてこられちゃったって感じなんだろ? 装備も中途半端だしさ、でもそのレベルで冒険者を選ぶなんてなかなか見る目があるんじゃない? 正直装備もごちゃごちゃだけど理にかなってるし……どう? 僕と組もうよ、盗賊のやつらは便利だったんだけどどうにも弱っちくてさ、ちょうど君みたいな部下が欲しかったんだよね? 何のためにここを襲ったのかは知らないけどさ、同郷の者同士、協力し合わないと損ってもんだぜ?」
なれなれしくそう語り、男はアッガスの肩に手をのせようとする、どこからどう見ても失礼で厚顔無恥な行為ではあるが、男にとってはその行為は最大の信愛を込めた行動であり、圧倒的に上に立つ自分のこの行動に……拒絶などありえない……そんな自信にも溢れていた。
しかし……当然と言えば当然だが、悩むことなくその手を切り落とそうと、アッガスは大剣を振るう。
ストレンジアとアッガスの実力差は歴然。
不意打ちではあったが、男は平然とその一撃を回避はしたものの。
「……何? 僕がここまで言ってもわからないっての? それとも、NPCに情でも沸いた?」
拒絶された憎悪に、男はいらだたし気にアッガスへそう問いかける。
その殺気は、まるで獣のようで、普通の人間であれば殺気だけでも命を落としてしまいそうなほど鋭く……そして陰湿。
しかし、アッガスはそんな禍々しい殺気を向けられながらも。
「悪いんだけどよ兄ちゃん……ストレンジアの言葉はおじさんどうにも理解できねえわ」
何をほざいてるんだお前?
と、小バカにするように男へと漏らす。
力の差も分かっている。 勝てないことも分かっている。
それでもアッガスはあえて戦いを挑んだ。
なぜか……そんなもの理由は簡単だ。
「!!?っ ああそう。 少し見どころがあるから勧誘してやったのに……馬鹿なやつだなお前!!
「ああ、自分でもそう思うさ!! だがしょうがねえだろ小僧!」
呆れるようにアッガスは叫ぶが……それは諦めではない。
自分たちの世界を守るためには……彼らを超えていかなければならないと彼は知っているから。
迫りくる悪鬼……その速度は神速であり、以前殺されたストレンジアよりもはるかに素早く……そして鋭い。
だが。
【戦技・頑強不動!!】
「なにっ!?」
放たれた一撃は、アッガスの心臓を狙い、肉を裂く。
しかし、その一撃を……アッガスは真正面から受け止めた。
頑強不動は、防御力を上げると同時に、致死の攻撃を受けた場合に一度だけその攻撃を耐えるというスキル。
心臓を狙い走り貫いた短刀は……アッガスの肋骨に阻まれてその動きを止めたのだ。
「へへっ……もらったぜ、ストレンジアァ!!」
怒声と共に、アッガスは自らが持つ奥義をストレンジアに向けて放つ。
力も、技量もすべてが劣る。
だが、彼は挑み続けるのだ……超えなければならないと、彼の持つ【勇気】が語り掛けるから。
「俺は、お前を超えていく!!」
彼の持つ技の中で最高の一撃。
それは、その巨体から放たれる最高の一撃を。
三つに重ねる。
【奥義……三重大鬼神斬!】
爆音とともに大地がめくりあがり、ストレンジアは弾き飛ばされる。
アッガスが用いる最大最高の一撃を隙だらけの体に叩き込んだ。
その破壊力は、黒竜をも沈め、鋼の塊をも粉砕する。
人の形をしているものであれば、間違いなく形すら残らずに粉砕する……それほどの一撃。
しかし。
「……褒めてやるよ、今のは少し危なかったかもね……まぁ、当たればの話だけど」
ストレンジアはなんともないといった様子でめくりあがり粉塵が巻き上がる中から手を叩いて現れる。その体には傷一つなく、余裕どころかアッガスへの興味すら消えかけている。
「……これでもダメなのか」
「正直言うと、忍のジョブに大剣で挑むのがどうかしてるよね。 当たるわけないでしょ、常識的に考えて」
カラカラと笑いながらお頭は短刀をまた手に取ると。
「まぁでも、今の一撃はいい線言ってたんじゃない? 僕じゃなけりゃ傷跡ぐらいは残せたんじゃないかな……まぁ、無駄だけど。 それじゃあま」
一瞬にしてアッガスの懐まで飛び込む。
「グっ!?」
頑強不動のスキルは一日に一度まで……効果は切れており、その攻撃を防ぎきることは不可能。
「万策尽きたなら死になよ」
走る短刀は鋭く、アッガスは苦し紛れに大剣で迎撃を図るが。
その大剣をすり抜けるようにお頭はアッガスへと迫り、その短刀を心臓へと突き立てる。
「!?ぶほわっ!?」
いや、突き立てようとした。
声が響き、同時に吹き飛ばされるアッガス。
「!?」
突如現れた男は、アッガスを蹴り飛ばすと、間に割って入り、白銀の小手で短刀を受け止めた。
「てめえ……何しやがる!」
吹き飛ばされたアッガスは、蹴り飛ばされた事実にいらだたし気にそう突然の来訪者に対し言葉を飛ばすが。
「死にそうだったからな! 選手交代だアッガス!」
その男は悪びれる様子もなくそうあっけらかんと言い放つ。
白い鎧、そして褐色の肌……高慢さがにじみ出るような声に……腰にさしてある冠位剣グランド。
「……ナイト=サン」
話に聞いていた通りの人物の登場に、男は苦虫をかみつぶしたかのような声を上げたのであった。