33話 石化した人々
「これは」
アッガスさんたちと合流した私がまず最初に、私は言葉を失う。
エルフ族が閉じ込められているとされた檻……そこにはエルフ族はおらず。
エルフ族の形をとった石像が置いてあるだけであったからだ。
巨大な檻に押し込められるように保存されたその石像は、死に直面した人間の絶望の一ページを切り取ったかのように歪んでおり、その誰もが助けを求めるように手を伸ばしている。
当然……これは彫刻ではなく、エルフ族であったもの。
明らかに魔法により、姿を変えられてしまっていた。
「……石化……か」
「あぁ……一部が硬直する下位魔法じゃない……本物の石になっちまう第3番魔法【恒久なる石の彫刻】……魔獣ゴルゴーンの使う状態異常と同じだ」
「お母さん……お父さん! ロブおじさん……アニムスお姉ちゃん!」
泣きじゃくりながら、ミアちゃんは石になった人々の名前を呼びかける。
当然石は返答を返すわけはなく、その事実に絶望しながらも、ミアちゃんはあきらめずに物言わぬ石に声をかけ続けている。
「……ひどい……こんな……手は出してないって言ってたのに」
現状、石化を解く魔法やアイテムはこの世界に存在をしない。
伝説でも、エリクサーでも石化を解くことはできないとされており、私とアッガスさんは言葉を失いながら、その石像をただただ見つめることしかできないでいた。
と。
「みんなを……みんなを出してあげて……こんなところで、これ以上閉じ込められているのは可哀そうよ」
ミアちゃんは泣きじゃくりながらも、私に懇願するようにそうすがり懇願をする。
彼女は助けてとは言わなかった。
出してあげて……その言葉が意味することを確認する必要はない。
魔法に長けた子だからこそ、分かってしまったのだろう。理解してしまったのだろう。
もはや目前の家族は助からないことを……そして、それが分かっていながらも、彼女は家族の、そして友達の名前を呼びかけずにはいられなかったのだ。
私はこみ上げるものを抑え、鍵を取り出す……。
石化してしまっているなら、この場所の制圧をしてから運び出すほうが効率的だ。
そんな冷酷で嫌になるほど残酷な言葉が脳裏をよぎったが。
私は唇をかんで振り払い、ポケットから鍵の束を取り出すと。
「……カギの形からしてこれだな……」
横から顔をのぞかせたナイトさんは、鍵束の中から一つの鍵を抜き取る。
「ナイトさん?」
その表情は、この惨劇を見ても眉一つ動いておらず、淡々と牢屋の前に行くと南京錠を鍵で外して扉を開け、中に入る。
「ふむ、良く固まってるな……」
「ナイトさん……その人たちは」
その言葉は、よくできた彫像をほめるようなそんな軽い感覚であり、私は一瞬ナイトさんがこの中にいる人々がもともとは人間であったことが分からないのかと疑うが。
彼はふと一番近くにいた石像に手を触れると。
「ふむ……なるほどな、こうしておけば下手に抵抗されて傷つけることもないということか……合理的だが、気に食わんやり方だな」
そう呟き、同時にその手のひらから膨大な魔力が放出される。
「ナイト君……いったい何を?」
私はナイトさんがしようとしていることを問いただすが、それにナイトさんは答えることなく。
「其は冷たき眠りから目覚めさせる一つの針……痛みはない、ただ目覚めの喜びとともにぬくもりを思いだせ……柔らかき目覚めを貴方に……【黄金の一刺し】」
聞いたこともない詠唱と共に、膨大な魔力を檻の中に満たさせる。
すると、満たされた檻の中に金色の針のようなものが降り注ぎ、石化したエルフ族のみんなのもとに優しく突き刺さる。
と。
「うそ……」
金の針のようなものが突き刺さった先から石化が解除されたのか……灰色の肌は元の白い美しい色に戻り、来ていた衣服も柔らかさを取り戻していく。
「えほっ……えほっ」
やがて、ずっと息を止めていたからだろう。 石化が解かれたエルフ族たちは全員一斉にむせこみ始め、思い出すように呼吸を始める。
「落ち着け、ゆっくりと息をしろ。 案ずるな、命に別状はない」
ナイトさんは、呼吸を思い出せずにむせこむ人の背中をさすり、一人、また一人と石化をしていた人間の機能を取り戻させていく。
その光景は目前で視認したというのに信じられない。だが、エルフ族のみんなは一人の例外なく石化が解かれ、自由の身となった事実だけが目前に広がっている。
「……これは……一体」
まるで奇跡としか言いようがなく、私たちはそんなナイトさんの力に茫然と立ち尽くしていると。
「お父さん! お母さん!!」
ミアちゃんは顔をぐしゃぐしゃにしながらエルフの人たちの間を縫うように走っていき、奥のほうにいたエルフ族の男女二人に飛びつき泣きじゃくる。
どうやら、お父さんとお母さんは無事だったようだ。
「……一体、君は何をしたんだい?」
そんな光景を見て、局長はあきれたようにため息を漏らしてナイトさんにそう聞くと、ナイトさんは何でもないといったように。
「第五番魔法黄金の一刺しだ……すべての石化効果を打ち消す魔法だ」
「完全石化を治療する魔法なんて聞いたことないです」
「そうか?俺たちの世界では必須魔法なんだけどな」
「ストレンジアが強いわけだよ……ほんと、知れば知るほど君たち異世界の人間ってやつはでたらめだよねぇ」
局長はあきれたような乾いた声を漏らすと、ナイトさんはミアちゃんの元まで向かう。
「……全員無事か?」
「ええ、ナイト叔父様。みんな無事だわ……大きな怪我をしているものはないみたい……まだうまく、みんな喋れないみたいだけど……」
ミアちゃんの言葉により、エルフの人たちは私たちが助けたということを悟ったのだろう。
言葉にならない唸り声のような声を上げ、深々と頭を下げてくる。
もちろん、それが感謝の意を表していることは容易にくみ取れる。
「……そっちから見て、全員体は動きそうか? 局長さんよ」
しかし、そんな光景に謙遜するでも照れるでもなく、アッガスさんはナイトさんにそうエルフの人たちの状態を確認させる。
そう、まだここは敵地のど真ん中。 一秒たりとも気を抜くことなどできないのだ。
私は緩みそうになったほほを一度たたき、気を引き締めなおす。
アッガスさんの言葉に、通信越しに呪文を唱える声がうっすらと聞こえ。
「全員体に異常はない。体の一部に石化が残っているということもなさそうだ。ただ、長いこと固まっていた影響だろう。筋肉が完全に固まっているよ。声がうまく出せないのもそのせいだろう……ゆっくりなら歩くことぐらいは可能だろうけど……戦闘をさせることは考えないでくれ」
「ふむ……ミア、聞いての通りだ。体が動くようになってすぐで申し訳ないが、ここから脱出をしてもらうことを伝えてくれ、俺から言うよりも、お前から言ったほうが納得するだろう」
「わかりました、ナイト叔父様……みんな聞いて!」
ミアちゃんはナイトさんの言葉にこくりと頷くと、さっそく声をあげてエルフ族のみんなに脱出する旨を伝えだす。
エルフ族たちの動揺はまだ隠しきれていないようだったが、まだ幼いミアちゃんの必死の訴えに、反対をできるものはいないだろう。
「さてと……あとはどう逃がすかだが」
牢屋から出てきたナイトさんは私たちにそう相談を持ち掛ける。
「状態的に歩けるといっても、彼らはそこまで回復をしているわけじゃない。おそらく脱出には時間がかかるだろう。 そこに伸びている見張り番の交代がくるのがどれぐらいかはわからないが、恐らくは脱出がばれるまでに安全なところまでは逃げられないと思う」
局長の言葉に、私はふむと頷く。
「となると、何か盗賊たちの気を引くものが必要になるということですね?」
「……なに、もともとこの盗賊のアジトをせん滅するつもりで来たんだ。同時並行で進めるのが吉だ。人を石化して拘束する輩など、ナイトとして見逃すわけにはいかない」
「ギルドの協力も得ないでこのアジトを制圧するつもりかい?」
「局長さんよギルドの協力は絶望的だったんだろ? だったら俺たちでやるしかぁねえよ。
どのみちこの場でここをつぶさなきゃ、どこかで同じことが起こる……なら、冒険者としてここでこいつらをつぶすのは俺たちの義務だ……」
「だが、相手の戦力も把握しきれてない状況だ……敵のストレンジアの力だって未知数」
「いいえ、局長……それしかありません」
なにやら納得がいかなそうに言葉を濁す局長に対し、私はぴしゃりと言い放った。