32話 召喚術
「行ったようだな」
槍兵が去ったあと、私たちはそっと息をつく。
「目が合ったときはもうだめだと思ったよ……」
「背筋が凍り付きました……特にナイトさんが部屋に殴り込みに行こうとしたときは……」
物陰に隠れ、部屋に忍び込ませた偵察用召喚獣「オミジカネズミ」により様子をうかがっていた私たち。
しかし、会話の内容にナイトさんが剣を抜き「ナイトこそが至高の職業であることを教えてやろう」というセリフとともに殴り込みに行こうとしたときは、流石に肝が冷えた。幸いすぐに冷静さを取り戻してくれたが、今でも不満そうにほほを膨らまして拗ねている。
いまだに心臓は早鐘を打っており、情報の多さに私はパンク寸前だ。
「私たちを襲撃した槍兵がいることもそうですが……聞きましたか局長?」
「あぁ、まさかこの盗賊たちが、国崩しに関与していたとはね」
「なんだ? その国崩しというのはマスター」
「あ、ナイトさんは知らないんですか。 国崩しというのは、魔王討伐後勇者が始めた侵略行為の名称です」
「侵略行為?」
「あぁ、白銀の髪を持つ最強のストレンジア……。十年前、魔王を倒すために召喚された勇者と呼ばれる彼は……魔王を倒したのち、その矛先を僕たち……この世界に向けたんだ」
「なるほど……俺が召喚されたときに警戒していたのはそれか」
「そう……魔王を倒した勇者は、その翌日自分を召喚した人間を国ごと滅ぼした……たった一晩で……。それ以降、勇者は定期的に国を一つ一晩で滅ぼすようになったんだ……どうやって行っているのか、いつの間にやっているのか……どんな力を使ったのか……何もかもが不明のまま……一夜明けると国が一つぽっかり空洞のように消え失せている。そんな現象がたびたび確認され、その虚空の中に一人だけぽつんと、勇者が立っているんだ」
「ホラーだな……」
「それが二年に一度、すでに5つの国が滅ぼされた」
「その国の住人は?」
「生存者はいないね……まるで消去されたみたいに、汚泥と灰しかその場には残らない」
「目的も分からない……ただ嵐のように訪れる消滅……その脅威に対抗するために、この十年で戦争をしていた国々は一つになった……ギルドを橋渡しに」
「だがそれは表面上であったと?」
「そういうことです……ですが、今まで戦争をし続けてきた国家が、表面上だけでも友好関係を築けるようになったのは相当な進歩です」
「だな……だが事態は急を要する。 よくできましたでは意味がない」
「分かっています……」
責めるつもりはないのだろうが、ナイトさんの言葉は私に深く突き刺さる。
「まぁ、そんなことよりも今はエルフ族の救出が先決だ……カギは取れそうかい?」
私は再度自らの視界を召喚獣につなげると、お頭と呼ばれた男は大あくびをして立ちあがり、部屋の奥へと歩いて行ってしまう。
「……奥に行きましたね。部屋の中に、今は誰もいません」
「ふむ、見たところ侵入者排除用のトラップが仕掛けられている様子はない……押し入ることも可能だが」
「そんなことしなくても大丈夫です」
「なに?」
首をかしげるナイトさんに、私はふふんと鼻を鳴らし、【オミジカネズミ】に命令を出す。
ネズミは【ちゅっ】と短く了承の返事をし、同時に器用に壁をよじ登っていく。
可愛らしく3度ほど落下しそうになるが、手足をばたつかせながらも鉄製の鍵がかかった場所へと到達した【オミジカネズミ】は、大きく口を開けてその場にある鍵をすべて頬袋の中に詰め込んでいく。
「……オミジカネズミは、最大二キロまでの物ならその頬袋に詰め込むことができるんです」
「身長5センチのげっ歯類にしては随分な容積量だな」
「一応魔法生物なので」
そう言っている間にも、ネズミは扉の隙間を縫ってこちらへとやってくる。
頬袋に入った鍵がつっかえて、じたばたする様子は可愛らしく、私はそのひげを引っ張って救出をしてあげる。
「ありがとう。助かったわ」
【ちゅちゅっ!】
オミジカネズミは口から鍵を吐き出すと、敬礼をするようなポーズをとって消滅する。
かといって死んだわけではなく、召喚が終了したので元の世界に帰ったのだ。
「随分と珍しい召喚術だな」
「ええまぁ……召喚獣は用途は違えど基本的に戦闘用の子が多いんですけれども、私はどちらかというとこういう小さいものしか……」
「ふむ……この俺を召喚している身でありながらも召喚術は変わらず使用できるか……さすがだな」
「ええ、私も使えて驚いてます。でも、ナイトさんは召喚しているはずなのに、完全に私とのつながりが離れちゃってるんですよね?」
「ふはははは、何物にも縛られないことこそが俺の特権だからなぁ!」
ナイトさんは高らかに笑いながらそう語る……口ぶりからして、自分で私とのつながりを切ったらしい……。
「……それって、召喚した側としては不安が残るんですけど」
「不安など一つもないだろうマスター!俺は至高の騎士として召喚された理想だ。裏切りとは騎士として最も恥ずべき行為。ナイトはそんなことしない……つまりは俺がナイトであるという時点で裏切りはありえないということさ」
「なるほど、分からん」
自信たっぷりに持論を語るナイトさんであるが、当然のことながら論理的根拠も何もない。
私はそんな彼にあきれながらも、その点を指摘しても無駄なのでアッガスさんたちと合流するためにその場から離れる。
ストレンジアが離れていったならば……ここにとどまる理由もない。
「移動するのかマスター」
「ええ、ミアちゃんとアッガスさんたちが心配ですから。 それに、エルフの人たちも」
私の言葉に、ナイトさんはそうだな、とつぶやき物陰から立ち上がる。
と。
【■■■―――!】
耳の中にノイズのような音が走る。
外界からではない、脳の中に直接入り込むようなこの音は、何度か聞いたことのある感覚だ。
「……マスター……これは?」
「通信を受け取ったみたい……局長」
「あぁ、ごめん……どうやらアッガス君とミアちゃんからだね! 今繋げるよ……」
そういうと、局長は通信越しから短く呪文を唱え、ノイズのような音は聞きなれたアッガスさんの声へと変わっていく。
【あぁくそ……ナイトと嬢ちゃん……聞こえるか?】
その様子はどこか焦っているようであり、私は胸中に不安を覚えながらも返事をする。
「はい、聞こえています。アッガスさん、何かあったんですか?」
【あぁ、説明はあとだ……とりあえず急いできてくれ。頼む】
そういうと、アッガスさんは一方的に通信を切った。
「……切れちゃった……なんだろう、反応からして敵に襲われてるってわけじゃなさそうだったけど……」
「様子は見れないのか?」
「通信、会話だけならいろんな人に感覚をつなげられるけど、視界はサクヤ君と僕しか繋げられないのさ……もちろんアッガス君とミアちゃんのところに対しては、魔力反応や生体反応でバックアップはしているとも」
局長の言葉に、ナイトさんはよくわからないというような表情をしたため、おそらくナイトさんの世界ではこの魔法は知られてはいないものなのだろう。
「ということは、襲われたというわけではないということですね」
「ああ、生体反応も魔力反応も感じられない……」
「……とりあえず、先に行ってみましょう」
私の言葉に、ナイトさんは頷き、私は小走りで局長が示したアッガスさんのいる場所へと向かう。
……気のせいかもしれないため言わなかったが、ミアちゃんのすすり泣く声が聞こえたような……そんな気がしたから。
■