30話 ブレイブとすねるナイトさん
「なぁ……この前連れてきたエルフ族……まだ閉じ込められたままなのか?」
「そうだなぁ……かれこれ一か月はあのままだって話しだが?」
「売り飛ばすのか?」
「どうにも、そのつもりはないらしいぜ?」
「なんだよ、俺たちで楽しもうとしてもお頭はダメだっていうしよ……何のためにあんな人数運び出したと思ってんだよ……」
「それもそうだが、何もするつもりはないみたいだぞ……」
「何か考えがあるんだろうがよぉ……もったいねえよなぁ、どいつもこいつもかなりの上玉だってのに……」
「そうだよなぁ……あぁ、美人といえば、今日来た客人はおっさんだけど、最近来たお頭の客人……あの魔法使いも美人だったよな」
「やめとけよ……お頭と同じであいつもきっとストレンジアだ……触れようものなら粉みじんに消滅させられるか、芋虫に姿変えられちまうぜ?」
「おぉ怖え怖え……」
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「ふむふむ」
薄暗い洞窟の影より、私たちは盗賊たちの会話を盗み聞く。
局長の指示通りに洞窟を抜けた私たちは、拍子抜けするほど簡単に、盗賊のアジトにつながるさび付いた扉を発見し、中に入ることに成功をした。当然古いものであったため扉はさび付き、おまけにゆがんですらいたが、その程度の問題はナイトさんにとっては些末な問題だ。
中は意外にも整然としており、使われなくなった炭鉱とは違い壁には松明がかけられ、あたりには宝石や食料が入った樽が置かれている。略奪の後か、それとも正当な労働の対価かは思案するまでもない。
見た目から、相当数の盗賊がいることは明白であり、そんな場所だからこそ、盗賊のメンバーを見つけるのにはそう時間はかからず、私たちは現在こうして物陰に隠れて盗賊たちの会話を盗み聞きしているというわけだ。
盗賊たちは当然私たちが会話を盗み聞いているということに気が付く様子はなく、談笑に花を咲かせている。
「どうやら、エルフの皆さんには盗賊たちは危害を加えていないようですね」
「よかったぁ」
盗賊たちの言葉をミアちゃんも聞いていたのだろう、心の底から安堵をしたような声を漏らし、笑顔を取り戻す。
「気持ちはわかるが、まだ油断をするな……無事に家に帰るまでが救出作戦だ」
「はい」
そんなミアちゃんをたしなめるようにナイトさんはそういうと、ミアちゃんも気を引き締めなおすようにそう返事をする。
「……ところでアッガス叔父様」
「なんだ?」
「あの二人からどうやってお父さんたちの居場所を探すんですか?」
「まぁ、ちょっと見てろ……どっちかが離れて一人になったら始めるぜ」
そんな話をしていると、談笑をしていた盗賊の一人が手を振り、その場から離れていく。
「よし、行ってくる」
「え?ちょっ!? アッガスさん!?」
不意に立ち上がったアッガスさんは、隠密のスキルを使うわけでも魔法を使うわけでもなく、堂々と物陰から立ち上がり、一人残った見張りの元まで歩いていく。
まるでいつもの散歩道を歩くかのように軽快な足取りだ。
当然のこと。
「なっ!? 誰だお前は!」
唐突な侵入者の登場に、男はあわてたように剣を抜き、アッガスさんに向ける。
しかしアッガスさんはあわてる様子はなく、男の前に手をかざすと。
≪そんなことはどうでもいいだろう?≫
そう顔の輪郭をなぞるように手を動かしながら言葉をかける……。
その表情はたおやかなものであったが、どこか肉食獣じみた笑みが印象的だ。
響く言葉は優しい音色であり、頭の中の奥底にまで一直線まで響き渡る。
そんな音に私は一瞬眩暈のようなものを覚え、頭を振って再度アッガスさんを見る。
と。
「……む……あぁ、確かに……どうでもいいなそんなこと」
盗賊の男はそう不思議そうな顔で語り、その反応にアッガスさんは満足げに頷く。
≪捕まえたエルフ族の居場所はどこだっけかな≫
「この道を真っすぐ進んだ先だ……」
≪檻の鍵は?≫
「お頭の部屋にある。 エルフ族の檻がある道の途中にあるぞ、派手な装飾だから、見ればわかるはずだ……あぁでも、今は来客中だからな……カギを取るなら客人が帰ってからにしたほうがいい」
すらすらと内部の情報を話す盗賊。
その様子を私たちはぽかんとした表情で見つめていると。
≪ありがとう助かった……寝床に戻って人生について考えろ≫
「寝床に戻って人生について考える……」
そうアッガスさんの言葉を復唱すると、盗賊の男はすたすたと歩いて行ってしまう。
男が見えなくなるのを見計らい、私たちはアッガスさんのもとに近づくと。
真っ先にミアちゃんは瞳を輝かせてアッガスさんのもとに走る。
「すごいわ叔父様!! とってもお話がお上手なのね!」
興奮気味に可愛らしい感想と称賛の言葉を贈るミアちゃん。。
「あぁ、ちょろいもんだ……ナイトの言う通り、盗賊団自体は雑魚同然だな」
そんなミアちゃんの頭をなでながら、アッガスさんはそんな感想を漏らす。
「……アッガスさん、今のは」
「なんだ?冒険者ギルドで教わらなかったのか? ブレイブだよ」
アッガスさんはそういうと、手をかざして近くの樽に入ったリンゴを引き寄せてかじる。
「今のもブレイブなんですね」
「あぁ、勇者の御業さ……ある程度の人間の意識ならばうやむやにすることができる。あくまで思考誘導程度だから完全に操ることはできないが……例えばそうだな、勝手に家に侵入して箪笥の中の金貨を盗み出したり、ツボを割って中の薬草とかを奪ったりしても、それが当たり前で普通のことだと住民には認識させられる」
「それだけでも結構すごい気がしますが」
私は感心しながらそう漏らすと。
「……ナイトはもっとすごいんだぞ……」
ナイトさんが少しすねた。
「ほう、至高にして最強の騎士様に妬んでもらえるとは、この俺もまだまだ捨てたもんじゃねえらしいな」
「妬んでない」
「ナイトくん……ナイトくんがすごいのは、みんな知ってるから、すねないでおくれよ」
「すねてない」
ご機嫌斜めなナイトさんの様子に、アッガスさんは少し得意げに笑いながら、教えてもらった道を歩き出し、私たちもそのあとに続く。
「すねてないからな!」
そんな私たちに、ナイトさんは念を押すようにアジト内にそう声を少し響かせたのであった。
◇