2話 異世界の遺跡
【五日前……】
「遺跡の調査ですか?」
「そう、この前の地揺れを覚えているだろう?あの地震で東の平野に巨大な地割れが起きたみたいでね。その中から遺跡が発見されたそうだ……君、そういうの得意だったろう?」
眼鏡のフレームをいじくりながら、貼り付けたようなとぼけた笑みを浮かべる私の上司、王国騎士団魔道研究局・局長アーリーの言葉に私は一度表情をしかめてみる。
「確かに遺跡調査は何度か請け負ったことはありますけど……何度も言いますが私は召喚術師ですからね、局長」
「ははは、まあそうだけど。遺跡と召喚術は切っても切れない関係にあるじゃないか、だったらサクヤ君の専門だろう? 国王直々の命令だ、張り切っていこうじゃないか」
カラカラと笑いながら局長は肩まで伸びた艶のある髪の毛を適当に結んだ後、デスクをバサバサと漁るとボロボロになった書類を私に手渡してくる。
「国王直々の命令の上に、局長は書類を重ねるんですね」
「こいつは手厳しいねサクヤ君……だけど、僕の仕事は一つ一つすべてが王に捧げるものだ……ゆえに僕の仕事に貴賤はない、だから重なっても仕方がない」
少しやせ気味の体にだらしないくたくたの白衣。
整った顔立ちをしているのだが、いつも頬はこけてだらしなく無精ひげが伸びており、目の下には大きなクマができている。
やめろと何度も言っているのに昨日もまた徹夜をしたことは明らかであり、私はなんとなく渡された書類のいきさつを悟る。
「はぁ……またそんなことを言って、要はその仕事もほかから押し付けられただけでしょう?それだけ舌は回るのに、局長頼まれたら断れないですものね」
「え、ま、まっさかー」
私の言葉に局長はびくりと肩を震わせた後、冷や汗を浮かべながらわざとらしく紅茶をすする。
どうやら図星のようであり、私は大きくため息をついて局長から渡された書類を見る。
そこに書かれていたのは、地割れの隙間から除くキューブ型の建物のスケッチだった。
「形状からして、私たちの世界のものじゃありません。れっきとした異世界のものですね」
「うん、それは分かるよ……だからこそ早急な実地調査をお願いしたい。ストレンジアの脅威が間近に迫っている中、情報は彼らに対抗する武器になる」
「……そういうなら、王国騎士団長レベルの人間を向かわせるべきなんじゃ……魔物ぐらいは倒せても、ストレンジアには歯が立ちませんよ私」
「地揺れの対策に騎士団長は追われているからね、今は離れるわけにはいかないのさ」
「……だからと言って、私だけで調査するのはどうかと思うのですが」
騎士団員のため、必要に迫られれば盾を持ち剣をふるう……だが、それでも私はあくまで騎士団付きの研究員なのだ。
「なに、心配をすることはない。この地域は国の内側だからね、ストレンジアもいないし魔物も危険度が低いものしかいないさ……」
「話題に上がるような危険度のストレンジアは……ですよね。盗賊やワイルドハントになったストレンジアが潜んでいないわけではありません」
「心配しないでよ、騎士団長とまではいかないけど、流石に君l人を向かわせるほど僕も楽観的ではないよ。君みたいな優秀な人材を失うわけにはいかないからね、護衛部隊を編成したよ。騎士団長に比べたら不満かもしれないが、冒険者ギルドに協力を要請した」
「よくまあ冒険者ギルドが力を貸しましたね」
「まぁ、もとはといえば遺跡の調査は彼らからの申し出だからね……」
「あぁ……そういうことですか」
その言葉に私は納得する。
いつもはいがみ合っているくせに、こういうときの団結は早い騎士団とギルド。
仲がいいんだか悪いんだか。
「遺跡やダンジョンの探索は、ギルドの専門だ。騎士団よりも頼りになると思うよ」
「ストレンジアが出なければですよね」
「手厳しいねぇ……でも、それは騎士団長が付いていようが同じことだろ? この世界でストレンジアにおびえずに済む場所なんて存在しない。国崩しも近づいてる……だからこそできる限りの情報を手に入れるのさ。さて、お話はここまでだ。魔道研究局局長として命じる……遺跡の調査を頼むよ……サクヤ君」
最後の手段、局長としての命令を発動し、局長は私に国王の刻印が刻まれた指令所を手渡してくる。
断ることは許されず、私はやれやれとため息を漏らし。
「……本当に安全なんですよね」
「保証するよ、違ったら君の好きなものをなんでもプレゼントしよう」
そう念押しした後、文書を受け取るのであった。
―――――――――――――――――――――――
出発当日。私は集合場所である王城前にとりあえず必要なものだけをもってやってくると、そこにはサーカス団の一座でも入っているのかと思うほどの巨大な馬車と、統一性のない鎧を身にまとった男性たちが待っていた。
集合時間10分前に来たのだが……彼らはもうずっと前からここで待っていたかのような様子で、王城前の見張りの兵士と談笑をしている。
数は20名ほどであり、目前の馬車ほどではないが奥にもまだ馬車が控えている。
「おぉ、お待ちしてましたぜ。サクヤ様」
私の到着に気が付くと、兵士と気丈に話していた大柄で筋肉質な男が私にそう話しかける。
「あなたが、ギルドから派遣された?」
「今回のリーダーを務めさせていただく、アッガスだ。 よろしく」
「ええ、よろしくお願いしますアッガスさん……私は王国騎士団魔道研究局召喚術専門担当官、サクヤ・コノハナと申します」
「王国騎士団のの専門担当官といえば、それぞれが少佐相当の地位を与えられているというじゃないか、そのようなお方の護衛をできるとは……恐悦至極!」
「えぇ、まぁ……ですがあくまで研究員なので、戦闘は期待しないでいただきたいのですが」
「なおのことありがたい!」
「ありがたい?」
頼りないと怒られるかと思ったが、逆にアッガスさんは嬉しそうに手をたたいて口元を緩ませる。
「あぁ失礼、俺らは卑しい冒険者なもんでね。国からの依頼ってのはいっつも提示してくる金額はいいんだが、何かにつけてケチをつけてくるもんでね」
「あぁ……そう、ですよね」
騎士はプライドが高い。 それはこの国や世界を守護する第一人者である―――現在はストレンジアによってその役目が果たせなくなってきつつあるが―――という自負がそうさせている。……身分や生まれ、種族までがそれぞれ異なるこの世界で統率を取るという意味ではその自負は有利に働いているのだが、こういった場合ではその自負がさもしい根性を見せることもしばしばだ。
護衛任務など特に……「一般人などに守られてなどはいない!自分一人で戦った!」
というのが始まるのが常である。
「今回は非戦闘員の護衛だって聞いて、だから俺たちも喜んで参加させてもらったのさ」
なるほど、機嫌よく門番と話していたのはそれが原因か……。
ちらりとあたりを見回してみても、誰もかれもが浮いた表情で笑っている。
まぁそうか……ストレンジアの脅威が少ないこの国領内の遺跡まで―――しかも外側のスケッチ程度なら余裕でできてしまうほどの安全地帯―――私を護衛するだけ。
しかも少佐相当官である私の護衛金には、おそらく局長も団長も結構な金額をはたいたことが見て取れた。
「……少し、心配しすぎたかも」
冷静に考えれば、護衛の数も過保護なほど多い……。
弓兵、槍兵は当然のことながら、どんな状況を想定しているのか龍伐士までいる……。
近くの戦場で、遊撃部隊として参戦するといっても誰も疑わない……それだけの戦力が、私を守るために集結していた。
不安がる私を安心させるために。
「……局長」
【呼んだかい?】
「ひゃあう!?」
不意に、耳元で局長の声が響き渡り、私は素っ頓狂な声を上げてしまう。
「お、おうどうしたんだ!? 嬢ちゃん」
私の突然の大声に、アッガスはきょとんとした顔で武器を取り警戒態勢を敷く。
「あ、いえ!? ごめんなさい何でもないです!」
私は慌てて周りの人たちの警戒を解き、耳元にいきなり声をかけてきた男に対して文句を言う。
「……きょーくーちょーうー!? なんで私の通信コードを知っているんですか!? ってかいきなり声を出さないでください、びっくりしたじゃないですか!」
【いやーごめんごめん。 ほら、君だけだと不安もあるし、せっかくストレンジアにつながる遺跡を発見したんだ、魔道研究局員全員で情報は共有しないといけないだろう?というわけで研究室から君をバックアップすることになったんだ! あ、ちなみに君のコードは、緊急事態だからっていう理由で騎士団長に教えてもらったよ。 直接頼み込んでも、君、教えてくれないだろうどうせ?】
「少なくとも、帰ってきたときに拳骨を食らうことはなかったとは思いますが」
【やだなぁ、僕だって本意ではなかったさ……あ、ちなみに映像も映っていたんだけどね、君の年と見た目で黒の下着はまだはや……】
「ぶっ殺す」
【おお怖い!これ以上は通信越しに爆破されてしまいそうだし、早々に退散するとしよう、とりあえず通信状況が良好であることが確認できたからね、お見送りを済ませて仕事に戻るとするよ。4日後に、再度連絡をするから、さみしいと思うけど】
「できれば二度と連絡をよこさないでほしいんですけど、というか二度と話しかけないでください」
【あらら、予想以上に怒らせてしまったようだが、それはできない相談だねぇ、なんたって僕は君の上司なんだし。でもまあ、これ以上は君の機嫌を害するだけだろうし、もう切るよ 僕も忙しいからね。それじゃあ、よい旅を】
なんて言って、局長は通信機の電源を切った。
「むぐぐ……あのあほ局長は」
私は喉元でつかえた文句を無理やり引っ込めながらもそう呟く。
いつもそうだ……ああやってふざけた態度で私をからかうから、今回もお礼を言いそびれてしまったじゃないか……。
「話は終わったみてぇだな。そろそろ出発するがいいか? 嬢ちゃん」
「あ、すいません。お待たせしました……」
通信が切れたと見たのか、アッガスさんの声が響き、私はわれに返り振り返る。
局長に対する報復は後々考えるとして……。
今は任務に集中をしなければ。
「なに、こちらも馬車の最終点検が今終わったところだ……。それじゃあ出発しよう」
「はい……よろしくお願いします」
私はそうアッガスさんに対し頭を下げたのち、ほかの方々が待つ馬車へと乗り込むと。
「じゃあ、出発しますよー」
運転手ののんきな声が響き渡り、同時にゆっくりと馬車は動き出したのであった。