28話 ドワーフの水晶鉱脈
「し、死ぬかと思いましたよ」
ナイトさんの心無い言葉により、何度もがけ下に吹き飛ばれながらも、私たちは無事に水晶地帯に到着をする。
「……ふむ、道中揺れたが。 みな無事か?」
揺らした張本人は悪びれた様子は当然なく、きょとんとした顔で私たちの安否を心配する
「こ、この野郎……一人だけぴんぴんしやがって」
「き、気持ち悪いわ……」
「も、モニター越しに見ていた僕まで画面酔いが……おぇ……」
当然揺られた私たちは息も絶え絶えでその場にうずくまり、各々が思い思いの怨嗟の言葉をナイトさんに向けて放つが。
「ふむ、どうしたみんな? 顔が真っ青だぞ?」
「誰のせいだっての誰の……」
ナイトさんは当然その怨嗟の言葉が自分に向けられたものだとは露ほど思っていないようであり、私たちはそんなナイトさんに対し額に青筋を浮かべながら体を起こし、呼吸を整える。少しは自らの行いを振り返り、反省をしてほしいものだが。
【うぅ、ごめんなさいっす】
「気にするなイワンコフ……お前はよくやった」
当の本人は気づく気配もなくこの調子である。
このやろう……。
いや落ち着け、クールになれ私……ここでこの拳を振り下ろしても自分の手が痛いだけだ。
「ぐっ……はぁ……とりあえずナイトさんが空気読めないのは仕方ないので……その点を考慮しつつエルフの皆さんを探しましょう」
「マスター、その発言には少しばかり語弊があるぞ! この至高にして最強のナイトが、空気を読めないなんてそんなことは」
「ナイトさん……黙っててください」
「はい」
私の言葉にナイトさんはその饒舌な口をぴたりと止める。
「……さてと、ミアちゃん。ここからみんなが捕まってる場所まではどうやって行くの?」
「えっと……こっちよ……ここを真っすぐ行った後に、丘があるの、そこからみんなが捕まっている場所が見えるはずだわ」
私の問いに、ミアちゃんは迷路のように広がる石畳の通路のうちの一つを指さして歩き出し、私たちはそのあとをついていく。
「目的地まではどのくらいだ?」
「丘まではだいたい20分くらい……まっすぐ行くと、水晶に囲まれた場所があるの、そこがアジト……」
ミアちゃんの様子から、おそらく一本道で目的地には到着ができそうだ。
【そうなると、私はついていかないほうがよさそうっすね、目立ちますから。ここで待機してるっすよ】
そういうと、イワンコフさんは水晶地帯へとごそごそと入っていき、体を隠すように身を丸める。
隠れているかといえば、答えはノーだが、体の色が黒いため、闇夜に紛れればその姿は見えなくなるだろう。
「……ごめんなさい、イワンコフさん……出番が来たら、局長を通じて指示を出しますね」
【了解っす。お気をつけて、マスター、ご主人!】
そういい、イワンコフさんは尻尾を持ち上げてふるい。
「ええ、行ってきます」
私もそれに手を振り返し、アジトに向かって歩き出すのであった。
■
変り映えのしない水晶地帯。
キラキラと光る水晶は心を奪われるほど魅惑的であり、水晶の薄紫色と夕暮れ時の赤色が混ざり合った、妖艶かつ不可思議な色が世界を埋め尽くし、それこそ此度の目的すらもその色で塗りつぶされてしまいそうな危うい美しさが私を覆いつくす。
だが、そんな美しい場所だからこそ、その場所に誰も……私たち以外の生命が存在していないという異常に、私は不安を募らせ。
「局長、この辺りに人や魔物の気配はしますか?」
私は確かめるようにそう局長に問う。
「う~……えぇっとね……」
帰ってくるのはいつも通り間の抜けた声……そんな声が私を安堵させてくれる。
「なんであんたが一番ダメージ受けてるんですか局長……」
「いやぁ、画面酔いって目に直接ダメージがね……って、それは置いといてだ……ここからは何も観測できないね」
「ふむ……降りているさなかも気になっていたが、随分と刺々しい場所だな……氷ではないのかこれは?」
ナイトさんは水晶地帯を始めてみるのか、怪訝そうな表情で水晶に触れ、首をかしげる。
「それは水晶さ、君が今いる場所は水晶鉱脈地帯の端だね、ここら辺は良質な水晶は取りつくされ、悪質なものばかりが残る鉱脈だってことになってるね」
「悪質って……こんなにきれいに色づいてるのにか? まるでオーロラの中にでもいる見てえだぞ?」
「色がついてるから問題なんだよ。純度の高いクリスタルは、ガラスのように透明だ。色がついてるのは不純物の影響さ……ドワーフたちは職人だからね、最高純度の物しか眼中にないというわけさ。だからこうして、水晶鉱脈も残ったままなのさ」
「……こんなに綺麗なのに、もったいないわ」
ミアちゃんはそう残念そうに水晶に触る。
その姿に私もつられて水晶に触れてみると、氷のような見た目でありながら水晶はほんのりと暖かかった……。
「まあね、だけど純度が低いからといって利用価値がないというわけでもない。 この水晶鉱脈自体は、ドワーフの土地にしては小さなほうなんだけど、上にあるエルフの森の木々の色を含んで水晶自身が、春から夏にかけてはこうしてオーロラのような色を秋は独特な赤色、冬には雪の白が混ざった薄紫色に輝くんだ。その四季折々に様々な顔を見せるから、ここは一部の人間には観光地としても一時期はにぎわっていたみたいだよ? 鉱脈をひたすらにドワーフ族の男たちが掘り進み、掘り出した原石を女性のドワーフが磨き宝石にしてその場で売りさばく……。うん、ドワーフの体力と技術力があってこその商売だねぇ。
中心地はまだ先だけど、そのあたりにも近くに、休憩所とかがあるって、旅行記には書いてあるんだけど」
「今じゃ見る影もねえなぁ……確かに、廃墟みてえな場所がぽつんぽつんと置いてあるが……使われなくなって久しいって感じだぜ?」
アッガスさんの指さす方向を見ると、確かにそこにはお店のようなたたずまいの建築物があったが、看板はもはや何が書いてあるかもわからず、外装も剥げ落ち、窓もすっかり割れてしまっているボロボロの状態だ。
しかし、さび付いてしまってはいるが、そのたたずまいや、装飾の痕跡から、一時は大きくにぎわい繁盛したのだろうということは容易に想像ができる。
「水晶鉱脈の美しい景観は損なわれていないっていうのに、いったいなんででしょうね?」
「あ、そ、そういえば聞いたことがあるわ。私が生まれる少し前、お隣の国で星降りがあったって聞いているわ」
「星降り?」
ナイトさんがその言葉に首をかしげて問いかけると、ミアちゃんはおとぎ話を話すようにゆっくりと語りだす。
「十年とちょっと前、まだ勇者が魔王と戦っていたころのお話、ドワーフの国にお星さまが落ちてきたの。 それで、町は消えちゃったんだとか……」
「ふむ……隕石が町に衝突したか、随分と不運な話だ」
ナイトさんはそう納得したような声を出してうなずくと。
「あ、確かに旅行記も後の方で話が出てるね。 クッコローも、星降り前と後だと違う世界、それこそ異世界に来てしまったかのようだって驚愕の言葉を残しているよ……この書き方からすると相当きれいな街だったんだろうね」
想いを馳せるような局長の言葉に、私は少し納得したようにうなずいたのち。
「というか……やっぱり全部旅行記情報なんですね」
そんな感想を漏らす。
「やだなぁ、僕がそんな国境を超えるなんてするわけないじゃないか。最長移動距離は研究室から町の酒場までだよ。それだって、二往復もすれば次の日は筋肉痛さ」
「ナイトさん、王国についたら局長の体を物理的にケアしてあげてください。彼にはどうやら筋肉と根性が足りていないようです」
「任せろマスター! まずは笑ったり泣いたりできなくしてやろう!」
「お願いします」
「やめて!?」
「しかし、これだけ綺麗な場所なんだ……鉱脈もまだ生きているみたいだし、復興とかはしなかったのか?」
「おそらくは、星降りの後にストレンジアが占拠をしたんだろう」
「え? でもそんな情報一つも……」
入ってきてはいないし、アッガスさんたちも知らない様子だ。
「まぁ、ドワーフとはうちも含め因縁がある国が多いからね、弱みを握られたくなかったんだろうさ……彼らの敵の多さを考えると、外交で不利になるくらいなら鉱脈の一つぐらい安い……と考えても無理はない」
「そんな……それじゃあ」
「そうだね、本当はミアちゃんの前でこんなことを言いたくはないけど、ナイト君の言う通り目を背けられない事実だ。 君たちが乗り込まなきゃ、ドワーフ族はこの辺りにストレンジアが潜伏している事実さえも否定するだろう」
そうなれば、いかにギルドが国からの干渉を受けない組織であっても捜査は難航する。
恐らくドワーフの国は、ストレンジア潜伏の事実を必死になって隠しているのだから。
「なるほどねぇ……狙ってやったかは置いといて、その結果ここにいる奴らは世間からは雲隠れができているということか……【意地の結界】とでも名前を付けておいてやろうかね」
冗談めかしたアッガスさんであるが、その内容は決して笑えるようなものではない。
ストレンジアの脅威が迫る中で、いがみ合っている場合ではないというのに……。
「……これから……どうなっちゃうんでしょう……」
不安が漏れる。
目を背けてきたわけではない。
騎士団として迫りくるストレンジアに対して準備を進めてきたつもりだった。
だけど……。
「……大丈夫だマスター。 俺に任せておけ」
ナイトさんはそっと私の肩に手をのせて優しく微笑む。
きっと、不安が表情に出ていたのだろう、ナイトさんのことだ、きっと私がエルフ族の救出に不安を覚えていると思って、元気づけてくれたのだろう。
「ありがとう……ナイトさん……お願いしますね」
そんなナイトさんに私は微笑み返す。
今はそんなことを考えている場合ではない……私は気を引き締めなおし、ミアちゃんにアッガスさんたちとともに、丘へと向かうのであった。
◇