26話 少女の勇気
「本当?」
「あぁ、だが一つ協力をしてもらう必要がある」
「協力?」
目を丸くし、ナイトさんの言葉にミアちゃんは身構える。
「俺の気のせいならばそれでいいんだが……さっき、お前はエルフ族を連れ去った人間のことをあの人たちと呼んだ……もしかしてお前は、仲間を連れ去った人間の姿をその目で見たのではないか?」
「うっ」
ナイトさんの言葉に、ミアちゃんはごくりと息をのむ。
先ほどまでストレンジアの話をしていたのだ……確かに、あの人たちという呼び方は気にするほどの言葉ではない。
だがナイトさんはそのことを口実に、先ほどミアちゃんが言いかけた言葉を促した。
「……えと、その……」
ミアちゃんは一度困ったように声を詰まらせるが……しばらく私たちの表情をうかがうと。
「ごめんなさい……その通りだわ……」
そう観念したようにそう言葉を紡ぎ始める。
「なにを見た?」
ナイトさんは隠していたことを責めることはせず、そっと諭すように言葉を続けさせると、少女は顔をさらに曇らせて話を始める。
「みんながいなくなっちゃったあと……みんなを助けなきゃって思って痕跡をたどったの。 それで、ここまで追いかけて……みんなが捕まってる場所まで行ったわ」
「一人でかい? なんて無茶な」
「アジトの場所を突き止めたんだな? 場所は?」
「森を抜けた先、ドワーフさんたちの国にある水晶がたくさんあるところ……その先にある洞窟みたいなところの前に、大きな荷車があって、そこにみんな掴まってた……運び出されるところだったわ……助けようと思ったんだけど……あの人達がいたの」
「ストレンジアか?」
「……わからない……でも、普通と違う人、二人いて、牢屋の前で何かをみんなに話してた。男の人と女の人……私、それを見たら震えが止まらなくて……目の前にみんながいるのに……みんなから魔法がすごいねって褒められたこともあるし……弓だって使えるはずなのに……怖くて動けなくて……岩陰に隠れてただみんなが洞窟の中に運び込まれていくのを見てたの……。 お父さんとお母さんと目があったわ……何か言いたそうな顔をしてた……きっと、助けてって言いたかったのよ……でも私は怖くて逃げだしたの。 みんなが目の前にいたのに……何もしないで……ナイトさんの言う通りだわ……助け出せたかもしれないのに何もしないで……それなのに、私……私」
涙をするミアちゃん。
そんなミアちゃんに対し、ナイトさんはそっとしゃがみ、泣きじゃくるミアちゃんの頭をそっとなでる。
「泣く必要はない。お前の勇気は本物だ、ミア。 そして悔しがることもない……この戦いはお前の勝利だ」
「……勝利?」
ナイトさんの言葉にミアちゃんは顔を上げ、首をかしげる。
「あぁ、もしお前がその場面で戦っていれば、お前も同じように掴まっていただろう。
そうなれば、村の窮地を伝えるものは誰一人いなくなっていた……それこそ最悪の結果につながっていただろう。 かなわないと知り、お前は生き延びて助けを……俺を呼んだ」
「……逃げたのに? みんなを見捨てて?」
「逃げないこと、打ち負かすことのみが勝利ではない。 常に最良の選択をすること、それが勝利だ」
ナイトさんはそういうと、ミアちゃんの涙をぬぐい。
「誇れ……お前の勇気が勝利を……エルフ族を救ったのだからな!」
「………はい!」
ミアちゃんは再度目から涙を流す……しかしそれは後悔からではない。
ナイトさんに言われた通り胸を張って……少女は安堵と誇らしさがごちゃ混ぜになったような表情で涙を流していた。
そんなミアちゃんをよそに、ナイトさんは笑みを浮かべてこちらを見る。
もはや実力の心配など必要ないだろう? そう問うように。
当然……私の至高の騎士が、この程度のことで止まるわけはないだろう。
それに、私も騎士として。自分の従者が―――勝手にとはいえ―――結んだ約束を反故にするわけにはいかない。
だからこそ。
「……ええ! 命じるわ、我が騎士ナイト=サン! エルフ族を救出しなさい!」
私はその願いを、ナイト=サンに命じる。
「イエス!! マイマスター!」
その命令に喜び震えるように……ナイトさんは高らかに叫び、剣を取るが……。
「ちょっと!? ギルドマスターとしてそんなことは許さないよ!?」
ルインさんはそう叫び、ナイトさんの腕を爪を立てて掴む。
髪は総毛立ち、瞳の色は金色に染まっており、その姿からは焦りや苛立ちが垣間見えた。
ギルドマスターとしての自分と、彼女たちを助けたい冒険者としての自分がせめぎあっているようだ。
「……なぜ止める? 冒険者とは本来自由である存在のはずだ。ギルドに縛られるゆえんはない……それに、こんな小さな少女までも勇気をだして戦ったのだ、それに応えなければナイトではない」
「あぁ、この少女は立派さ……その勇気も本物だ!?だが自由には必ず責任が伴うんだよ。こと預かっているのはアンタの命だけじゃあない! エルフの村人の命を背負っているんだ……」
「あぁ、だから責任をもってエルフ族を救出しよう」
「それが驕りだって言ってるんだ!? 土地勘も冒険者としてのスキルもブレイブすら会得していないアンタだけじゃ、とてもじゃないがエルフ族の救出なんて不可能だ」
「あぁ、そうだな。 確かに敵が複数いる中での救出作戦だ……一人で全員を助けるのはなかなかに骨が折れるだろう」
「ほら……だったら」
「だがそれは一人だったらの話だ……俺たちには仲間がいる。そのためのエリクサーだ」
小瓶に詰められた、透き通った青い液体。
エリクサーをルインさんの目の前で一度揺らし、ナイトさんは口元を吊り上げるのであった。