24話 ナイトさん、エリクサーを作る
【この町も随分と変ったっすね……なぁ人間、おいしい岩ないっすか?】
「……レンガじゃだめか?」
【おぉ、うまそーっすね】
「道は食うなよ?」
【了解っす……おぉ、意外とうまいっすね。人間いい奴っす。名前なんて言うんすか?】
「ゼンだ……よろしくな」
町を大混乱させながら帰還した私たち。
災厄の竜の襲来により、町は一時騒然となっていたが、流石は冒険者の集まる街……といったところだろうか、空っぽになった街は一時間もたつと元の活気を取り戻し、今まで災厄と恐れていた竜を物珍しがって見に来るものもいるほどになった。
「まさか本当にこんな短時間で最高難易度クエストをクリアしてしまうとはねぇ……満月草は確かにありがたいけど、もう少し静かに帰ってこれなかったのかい?」
そんな中、伽藍洞となった冒険者ギルドの応接室にて、私たちはルインさんとともに少女のけがを介抱する。
「……エルフ族のことについて、話が聞けそうなのがお前だけだったからな、ほかの者には少々退いてもらっただけだ」
「あれだけの騒ぎを起こしておいて……このギルドを空にするのが目的だったってのかい?まったくあきれるねぇ……こっちは死ぬ覚悟もしたっていうのに」
「その点は謝罪しよう。 だが、事態は急を要するようだったからな……お前は、あの森にエルフ族がいるってことは知っていたのか?」
「まぁね、だが村の場所までは誰も知らないよ。……昔はもっと公然で満月草の取引をしてたんだが。 一回隣の国に満月草目当てでエルフの村が襲われてね……それ以来は村の場所を隠しちまってねぇ、週一で来るエルフの商人との取引、それがうちらとエルフ族の関りだ。 この町じゃ、薬はいくらあっても足りないからね……」
「だが一か月商人が来なかった」
「あぁそうさ。 だからあのクエストはエルフの村を確認しにいくというのが目的の一つでもあったのさ……。あの森にエルフ族が住んでるって知られないように、ってのと、あの森にドラゴンが封印されている……ってのを知られないために最上級クエストに張っておいたんだが……まさかピンポイントでそれを受注するとは思わなくてねぇ……いやまぁ、図らずとも目的は全て達成してくれたんだけどねぇ」
そういうと、ルインさんは眠る少女に目を落とし。
「そうかい……村は滅んでいたんだねぇ」
そう、耳を垂れさせて呟く。
言葉が見つからない……だけどその反応だけで、ルインさんはエルフの人たちとの関りが深かったことがうかがえる。
「……暖かいものを入れてこよう……台所を借りるぞ、ギルドマスター」
「あぁ……すまないね」
ナイトさんはその様子に気を使ったのか、席を立つと台所へ消えていく。
静まり返った部屋。 局長も言葉を失っているのか、あの騒々しさが今は恋しい。
「……エルフ族とは、どういう 部族だったんですか?」
「……先代勇者から、代々竜を預かり封印と恩恵を管理する……そんな神聖な種族さ。 尊敬をしていたよ」
「……クエストを貼りだしたのは最近ですか?」
「あぁ、つい昨日さ。 週一で来るといっても、満月草の栽培が不調の時、2週間ぐらい来ないときは何度かあったからね……でもひと月は長すぎるってんで張り出したんだ……タイミングが良かったねぇ」
「……そうですか……彼らが襲われた理由に心当たりは?」
「……困ったことにありすぎる。 過去の例もそうだが、満月草を使った薬学に製薬技術。魔法の力……加えて女も男もみんな総じて容姿がいいし……肉を食らえば不老長寿の薬になると信じているバカも一部いる。 となれば引く手はあまただね。殺されてなきゃいいが……」
私は困ったように唸る……やはり、唯一の手掛かりは今目の前で眠る少女だけのようだ。
「……争った形跡はありましたが、死体はありませんでした……おそらく連れ去られたのかと」
「せめてもの救いだね。少しは希望が持てる……。あとはこの子が目を覚ませば……その希望を追いかけることができるんだが」
そうルインさんは呟き、少女の頭をなでる。
と。
「うーん……」
小さく唸るような声とともに、少女の瞼が動き……ゆっくりと、まぶしそうにそのコバルトブルーの瞳が開く。
「目を、覚ましたようです」
「おい、お前さん……大丈夫かい?」
ルインさんはそういい、そっと少女を起き上がらせようと手を伸ばすが。
「ひっ!?」
少女は恐怖するように小さく悲鳴を上げて飛び上がり、その手を逃れようとする。
しかし。
「あっ!? あぶない!」
怪我のせいか、それともまだ魔力が回復していないのか。
力がうまく入らず、ベッドから転げ落ちそうになる。
上手く抱えられたため、頭から落ちることは防げたが……抱き留めたその体は恐怖でカタカタと震えていた。
「大丈夫ですよ……大丈夫……助かったんですよ。 ここはアルムハーンの冒険者ギルドです……安心してください」
「アルム……ハーン? 勇者様のいた?」
「そうだよ、ここが先代勇者ゆかりの冒険者ギルドさ……だから安心していいんだよ」
「ここがギルド……あ、勇者様の旗……」
勇者の名前と、窓の外に掲げられた紋章。
恐らくエルフの村でも先代勇者は伝説的な存在として奉られているのだろう。
勇者の紋章を見て、少女は見るからに安堵をしたような表情になり、落ち着きを取り戻す。
「私はサクヤ、コノハナ、こっちはギルドマスターのルインさんといいます……あなたのお名前を教えてくれますか?」
「……ミア。 ミア・カルストヤノフ……」
「よろしくミアちゃん。 えと、目覚めてばっかりで悪いんですけれども、あなたの村に何があったのか教えていただけますか?」
私は、はやる気持ちのままそう、ミアちゃんに問いかけるが。
「……えぇと……うっ」
体が痛むのか、ミアちゃんは苦しそうな声をあげて額を押さえる。
「栄養失調に加えて魔力切れで、体が随分と弱っている。 マスター、まずは回復を優先するべきだ」
「ナイトさん」
そんな光景を見ていたのか、そういいながらナイトさんは台所から戻ってきた。
その手にはカップが握られており、ミアちゃんの前に膝をつくと、そっとカップを手渡す。
「えと、あなたは」
「俺は至高の騎士、ナイト=サンだ。 飲むといい、薬湯だ」
「お薬?」
ミアちゃんは少し不安げな顔をし、カップを受け取ると、中に入った液体を見つめる。
「……毒などは入っていない。 ナイトはそんなことしないし……お前ならわかるはずだ」
「……」
その言葉に、一度ミアちゃんはナイトさんの顔と、薬湯を見比べると、目をつむってカップに口をつける……。
「……甘くておいしい」
どんな魔法か、再度開かれた目には光がともっており、その表情には笑顔が戻っていた。
「ふふん、俺は自炊ぐらいは自分でできるナイトだからな」
「随分と庶民的なナイトですね……」
「それほどでもない」
誉め言葉と受け取ったのか、ナイトさんは嬉しそうにそう笑い。
その横で、ミアちゃんはこくこくと、足りなかった栄養を取り戻すかのように勢いよくカップの中のものをのむ。
「あぁ!? そんなに勢いよく流し込んで……腹が受け付けないよ!?」
「問題ない……その薬は特別性だ」
「はぁ? あんた何いって……」
ナイトさんの言葉に、ルインさんはいぶかし気に首をかしげるが。
「……すごいわ……このお薬……体がもういたくない」
そんなルインさんの質問を遮るように薬を飲んだミアちゃんは驚いたような表情で自分の腕を見て……まかれていた包帯を外す。
「ちょっ!?あんた何やってんだい……ってあれ?」
包帯を取るミアちゃんの行動に、ルインさんはあわててその手を取るが……巻いたときにはあったはずの体の傷は、まるで幻だったかのようにきれいさっぱりなくなっていた。
「傷が……ない」
それだけではない。額にあったかすり傷も、目の下のくまも消えている。
「すごい……すごいすごい!? お兄さんこの薬どうやって作ったの!?素材は!? 生成方法は!!それに、すっごいこれおいしいけど何が入ってるの!?」
衰弱していた姿はどこへやら、青白かった肌はいつしか桃の果実のように赤みを帯び、艶も何もかもが健康体そのもの。
先ほどまで消えかかったろうそくのようだった声は、燃え盛る大火のごとくはしゃぎながらナイトさんを質問攻めにしている。
「あんた……いったい何を飲ませたんだい?」
「何って? エリクサー」
「「エリクサアァ!?」」
私とルインさんは驚愕に声を上げ、ミアちゃんは再度口に含んだエリクサーを吹き出した。
「ちょっ!? まっ、お前さん、そんなもんどっから持ってきたんだい!?」
「むっ? 許可をもらったと思ったのだが……すまない、台所を借りて作った」
「作ったあ!? お前さん、人んちの台所でなんちゅーもんを錬成してるんだい!」
「そ、そうですよ! 伝説の霊薬、金貨二百枚はくだらない幻の秘薬ですよそれ!?」
「わ、わ……あ、あの、私……そんなお金……払えない」
余りの金額の多きさに、子供でありながらもミアちゃんは青ざめる。
しかし、ナイトさんは首をかしげると。
「伝説とは大げさだな……満月草に蜂蜜を入れるだけだぞ」
「蜂蜜うううウィ!?」
「……まぁ、なかったから代わりに蜂蜜酒を使ったが……大丈夫だ、アルコールはきちんと飛んでいるはずだ」
「すっごいアバウトなつくり方で生成されてるなぁおい!」
なんだか納得がいかないが、それでも効果は見ての通りだ。
コップ一杯で、傷に、栄養失調に魔力切れすべてが目の前で回復するさまを見せつけられたら、作り方がアバウトだろうが納得いかなかろうが認めざるを得ないだろう……。
ん……霊薬?
「あっ!? もしかして満月草の採取クエストを選んだのって!」
「言っただろうマスター……これでもろいろと考えて行動をしているんだぞ俺は……まぁ、足が手に入ったのは本当に偶然だったが」
その言葉に私は、ポロリと目からうろこが落ち。
「あれー? おやつを取りに席を外してたら、エルフの子の元気な声が聞こえるぞぅ。 あれだけ弱ってたのに、ひと眠りしたらこんなに元気になるなんて、若いってうらやましいなぁ」
その直後に、そんな局長の呑気なのほほんとした声が部屋に響くのであった。