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23話 冒険者ギルドの落日

アルムハーンの町。 ギルド本部ルインの酒場。


「大変です! マスター!」


そう、息も切れ切れに伝令の男がギルド本部に駆け込んだのが事の発端。


そこから情報は火のように町全体に広まり……同時に町を恐怖の底へと叩き落す。


内容は単純。


先代勇者が封印をした竜が……このアルムハーンへと向かっている。


そんな短く単純な報告であったが。


恐らくこの街の人々にとっては、どのような精神魔法よりも効果のある絶望を植え付けられたことだろう。


なぜならそれはこの街に住まうものにとって、考えうる最悪の災厄だからだ。


槍も、剣も魔法も何もかもを跳ね返し、町を破壊しつくした異界の竜。


その体は金剛石でできており、魔王を屠った勇者の力をも耐えきり、勇者を押しても封印という形をとらざるを得なかったとされる伝承上最硬の異名を持つ神竜。 それがなんの前触れもなく、冒険者たちの目の前に現れたのだ。

当然のことながら町は騒然となり、いくつもの戦場を渡り、幾千万の刃の中であろうともひるむことなく突き進みギルドマスターにまで上り詰めたルインでさえも、言葉を失ったほどである。


「……ど、どうなってんだ……勇者様の封印が解かれたってのか!?」


「そんなはずはない!? 勇者様の力を超えるものなんてこの世には……」


「じゃあどうして……」


慌てふためく冒険者たち。 酔いはさめ、先ほどまでの赤ら顔は。まな板の上の魚のように青ざめている。


しかし。


「んなに下らねえこと論議してんだいお前たち!? 論議がしたいなら学者になりな! ここは冒険者ギルドだよ。ドラゴンが迫ってんならやるこたぁただ一つだろう? ドラゴン退治さお前たち。Cクラス以下は住民の避難! それより上は飯を食っておきな! 地獄で飯は食えないからね、ここにあるもの平らげて剣を取って戦うよ! 準備ができた奴から正門前に集まりな!」


言葉を一度失ったものの、己の立場が。竜を屠った勇者の意志を継ぐ自負が……ルインを正気に戻し。


その怒号により絶望に染まった冒険者たちを奮い立たせる。


「お……おぅ……そうだな、みんな剣をとれ! 戦うぞ!町を守るんだ!」


勝ち目はない。 されど住民が避難するまでの時間稼ぎをすることはできる。


どよめきのような覚悟は、浸透するように冒険者たちの間に広まっていき、冒険者たちは戸惑いを見せながらもそれぞれが武器を取り立ち上がる。



盾の紋章と竜の紋章をこの町が掲げるのは、来るべき日に人々の盾になるため。


戸惑いはやがて猛火となり、先代勇者の所属した冒険者ギルドの誇りにかけて、ギルドの全精力をもって、迫りくる災厄に立ち向かう。


当然、そうなるのであろうと……自分が見守り、育ててきた冒険者たちはきっとそう剣を掲げてくれるのだろうとルインは思い、自らもまた剣を取った。



だが。


「……冗談じゃない……俺は逃げるぞ」


「俺も」


「俺もだ……」


理想も、誇りも……二つに割れた音がする。


「……お前たち……町を放って逃げるのかい?」


戦うために武器を取るものもいれば、半数以上は逃げるために武器を取り、荷物をまとめる。


「……冒険者ギルドはほかにもいくらでもある……なんでわざわざ勝ち目のない戦いをするんだ」


「そうだそうだ……こんな日のために、ご立派な外壁を立ててんだろうこの町は! だったら、住民の避難も間に合うさ!こんなところで死んでたまるか」


「そうかい、だったら早く避難しな! 逃げるんならちゃんと助かりなよ! 犬死なんてしたら許さないからね!」


怒声一喝。


引き留めることも、逃げるものを罵倒をすることもなく、そうルインは逃げたいと思う者の逃走を許す。


「いいんですか?」

額にばんそうこうを貼った、ゼンが怪訝そうな問いを投げかけるが、ルインは静かにうなずく。


「……足手まといは必要ないよ……戦う意思のあるやつはを正門前に集めておくれゼン……」


「分かりました……ギルドマスター……ですが」


もし、誰も集まらなかったらと、ゼンは問いかけようとするが、ルインはその言葉を手で静止し。


「大丈夫……きっと、逃げた者たちはほんの一部さ」


自分にルインは言い聞かせるように返答をした。

                          

「ギルドマスター……」


「辛気臭い顔するんじゃないよ!! さっさと正門前に人を集めな! 竜は待ってくれないよ!」


「はっ!!」


力強くうなずき、ゼンはすぐさま冒険者を集め、正門へと向かう。


逃げるもの、戦う者……どちらも足並みは早く。 気が付けばあれだけごった返していた冒険者ギルドは10分を待たずして空になる。


「時代か……」


ルインはそんな空っぽになったギルドを一度眺めると……そう寂しく呟くのであった。


         ◾️



「……これだけか?」


それから数分……正門前に集まり陣を敷いたのはわずかな冒険者のみ……。


ギルドにいたはずの者たちの半数にも満たない……勇気ある冒険者たち。


当然のことながら、軍と呼ぶにはあまりにも数が少なく……とてもじゃないが陣を引けるほどの人数はそろっていないが、ゼンの指揮のもと無理やりに形にしたといった様子だ。


「ほかの……奴らは?」


そんな光景にルインはそう呟くが、誰もが首を左右に振る。


答えは聞くまでもない……逃走だ。


「……ただただ、むなしいね」


「っ……」


ルインは目前に広がる状況に、舌打ちを漏らすと時の流れに恨み言を漏らす。


だがしかし、仕方がないのだろう。


このアルムハーンにはもう竜を狩るものはおらず、圧倒的な力に反抗をする勇気あるものはもういない。


いつからだろうか……ストレンジア討伐クエストが……最高難易度のクエストボードから剥がされなくなったのは……。


いつからだろうか、その状況に……仕方がないと諦めるようになっていたのは……。


だが、悲しみはすれど……怒りを覚えることはない。


冒険者は自由を約束されたものたち……ならばこの地を捨てることを選択することも自由だ。


この街の信念に背こうとも、彼らの意志を否定することはできない。


だが。


「こんな時、アッガスのやつがいてくれればねぇ……」


きっと彼がいたら……何かが変わっていたのかもしれない。


そんな感想を抱きながら、ルインは剣を取り。


「行くよぉ!! 野郎ども!!」 


地竜を迎撃するために……少ない仲間たちとともに竜へと走る。


もはやあきらめにも近い特攻……もう自分たちにできることは、できるだけ町から遠いところで……可能な限り竜の気を引くことだけ。


そんな自分たちの現状に……ギルドマスターは絶望をしながらも、雄たけびを上げてルインは竜へと牙をむく。


が。


【……ここが限界っすね】


竜はそう人語を話したかと思うと……自分たちが切り込むよりもはやくにその場にうずくまり……動かなくなる。


「えっ?」


突然の停止……そして敵意はないというように急に丸くなる竜の謎の行動に、ルインも、ほかの冒険者たちも馬を止めて茫然とする。


助かったのか、それとも自分たちは夢でも見ているのか。


そんな困惑を抱きながら、冒険者たちは引くことも攻めることもできずに立ち尽くしていると。


「……ふぅむ……まさか本当に正面から突撃してくるとはな……その勇気は認めるが、なるほど事態は深刻のようだな……まぁいい、そのほうがやりがいはある」


そんな評価を言いながら……竜の背中からひょっこりと、ナイトが現れる。


「あんたは……」


「最高難易度を頼んだはずなんだがな、簡単すぎたぞ、ギルドマスター」


そう高らかに笑うナイト。


その言葉に災厄と恐れられた竜は傅き、背中に生えた満月草を揺らすのであった。


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