22話 ナイトさんの試練
【うっはははははははははっはは!! 外だ! 外ですよ本当に!】
竜の背に乗り、ナイトさんと私はアルムハンへ行きの10倍のスピードでアルムハーンへと向かう。
徒歩で歩いたときは、果てしない道のりにも見えた平原の道も、龍の背に乗り走ればどれほど短いことか……吹き抜ける風は嵐のように強くも心地よく髪をなびかせ。
背中に咲き誇る満月草が、私の太ももや腕を優しくなでては、独特の優しく甘い匂いをこすりつけてくる。
それだけでも気持ちがいいというのに、空は雲一つない青い空。
今日という日は最高のドラゴンドライブ日和というやつだ。
「……なかなか早いものだな、イワンコフ!」
【地竜は、空を飛べない代わりに足が速いんです! てか、私イワンコフって名前になったんですね!! 了解っす!】
「いええい! 走れイワンコフ! 風のように―でぇす!」
気分は最高潮。 世界中を探したって、こんな高位の竜の背に乗ってこんなにも風を感じた人間など指折り数えるほどであろう。私はイワンコフさんの頭をたたきながら、全身で風を感じる。
「……えぇと、約一名性格が変わっちゃってる人がいるから代わりに聞くけど、本当によかったのかい? 先代勇者が封印したって言われる竜の封印を解くなんて」
何やら局長とナイトさんがまじめな話をしているが、私はそれを聞き流しながらも、自由自在にイワンコフの手綱を取り、右に左にと自在に操る――――――気分に浸っている――――――
「……問題はない。俺と同じようにマスターに従うように契約をしただろう。 ある程度の動きは操れるはずだ……それに、こいつは俺の世界でもそこそこ高位な魔物だ……低レベルの魔物なら向こうから逃げていくし、この速さだ……お前のもとにマスターが戻るには、うってつけの足だと思うが?」
「それはそうだけど……自分を封印したアルムハーンの人たちに、復讐をするかもしれないじゃないか……」
【ご主人!! 空! 鳥! 鳥の群れっすよ!!】
「あっはははははは! そら負けるなイワンコフ―!」
【了解っすー!】
「……って、言おうとしたけどその心配はなさそうだね」
「復讐心よりも、解放された喜びのほうが勝っているようだ……」
「前向きな竜で助かったよ」
何やら独特な雰囲気で楽し気に話す二人。
【そういえば、ナイト様!】
そんな二人の会話を聞いていたのか、ふとイワンコフはナイトさんに向かって走りながら声をかける。
「どうした? イワンコフ」
【いえ、差し出がましいことで恐縮なんすけど、たぶんこのまま俺がアルムハーンまで向かっちゃうと、あっち大騒ぎになると思うんですよね】
そんなイワンコフの言葉に、私はポンと一つ手を打つ。
確かに、先代勇者を封印した竜が、アルムハーンに向かって猛ダッシュをしているのだ。
大騒ぎになっても不思議ではないし、むしろそっちのほうが自然だろう。
しかし、ナイトさんはそれすらも織り込み済みだというように一度イワンコフの背中をなでると。
「あちらも魔物退治のプロだ、いきなりこの巨体に全軍突撃をしてくる……ということはないだろう。 少し手前で止めてくれれば戦闘にはならないさ……まぁ弓矢ぐらいは飛んでくるかもしれないが」
【へっへっ! 弓ぐらいで倒れる俺じゃねーですよ主様!自慢じゃないですが、俺ぁ地竜の中でも最高硬度の金剛石っすから! 並大抵の攻撃じゃびくともしないっすよ!】
「金剛石?」
自己申告をしたイワンコフの言葉に私は一度視線を落とすと。 ごつごつした岩でできた竜の鱗の隙間から……きらりと白銀色の輝きが、太陽の光を反射し。
「……けずって売ったら……お金になるでしょうか」
ぽつりと己の欲望が口から顔をのぞかせた。
「……やるかマスター? ゴリゴリと」
「おそらく、歴史上最大カラットのダイアモンドを取り出すことに成功できるね……」
そして、その欲望に食いつく二人。
冗談めかして二人とも言っているが、目は一切笑っていない。
【ひいいいぃ!? 後生っす!? 体を売るのは勘弁してほしいっす!?親からもらった大切な体なんっす!!】
鼻から煙を吹き出し慌てるイワンコフ。
流石の私もそこまで言われては手出しをすることなんてできるはずもなく。
ナイトさんも局長もそれ以上は何も言わなかった。
内心ではどう思っているかはわからないが、とりあえず彼の体が削られることはなさそうである。
「さて、話は戻るけど、アルムハーンが近づいてきたよサクヤ君」
話題は戻り、局長の言葉に私は顔を上げると。
アルムハーンの城壁がうっすらと見える距離まで近づいてきた。
「……ナイトさん、そろそろあちらからドラゴンさんのことを確認できる距離まで近づいてきましたが」
「構わない、このまま入口の前まで運んでもらうぞ、マスター」
「え? いいのかい?」
ナイトさんの言葉に、局長も驚いた声を上げる。
「さっき、混乱を避けるために離れた場所に止めるって言ったばかりじゃないですかナイトさん」
そう、町を千年前に襲った地竜が近づいているなんて知ったら、町は大混乱になる。
だからこそ先ほど、離れた場所に止めようとナイトさん自身が言っていたはずなのに……。
しかし。
「俺は、戦闘にならない位置で止めようといっただけだ……少女の命に別状はないとはいえ、ギルドに運び込むのは早いほうがいいだろう?」
「それはそうかもしれませんが」
私はそんな不安を抱きながらも、ナイトさんは私の考えなど気に留める様子もなく。
イワンコフの首に触れると。
「……そのままぎりぎりまで近づけ」
そう命令を下す。
【了解っす!】
「……?」
当然イワンコフはその命令を拒否するはずもなく、速度を上げて
アルムハーンへと走っていき。
「さて……この町はどう対応するのか……」
私たちはそう笑みを浮かべるナイトさんに小首をかしげながらも……おとなしく竜の背に揺られながら、アルムハーンへと向かうのであった。