20話 崩壊したエルフの村
竜の背に乗り、しばらく森を進む。
森は、身を震わせ竜を歓迎し、自分たちから道を開ける。
まるで、懐かしい友人の来訪を喜ぶかのように軽快に葉は騒めきたち、心地よい風が私たちの頬をなでる。
「随分とこの森とも長いみたいですね、ドラゴンさん」
【おや、お嬢さんはもしかして召喚師ですかい? 森の声が聞こえると見た】
「ええまぁ、詳しい声までは聞こえないんですけれども、なんとなくドラゴンさんが通ると、森たちが嬉しそうです」
【まぁ、この世界に来てからろくなことはなかったですけどねぇ、この森が私の家族みたいなもんですよ……】
懐かしそうにそう言い、ドラゴンさんは首を伸ばして近くにあった気になる木の実を口で食む。
「主食は岩じゃなかったのか?」
「雑食ですから。岩が好きってだけです」
「よくわからない食生活をしていますね。 どういう構造してるんですか?」
【さぁ、もともとそういう生き物なので】
ドラゴンさんはそういうと、さらに先へと進んでいく。
森は穏やかそのものであり、魔物一匹獣一匹ドラゴンさんの前に現れることなく、奥へ奥へと順調にすすんでいく……と。
独特な柑橘系のような匂いが森の奥からかすかに香り。
【あっ!? これ、これっす!?この匂いっす……う、まだ少量だからぎりぎり大丈夫ですけど……は、鼻が曲がりそう……ナイト様……マスターサクヤさま……こ、ここが限界です……】
同時にドラゴンさんは体中から滝のような汗を流しその場に倒れこむ。
「……花の香り……どうやらこの匂いには魔物はこの匂いが苦手らしいな」
「は、鼻が焼けただれそうっす……」
その場にダウンをするドラゴンさん。
ナイトさんはその様子にこれ以上は進めないことを悟ってか、ドラゴンさんから降りると。
「においをたどれば村につけるはずだ……マスター、ここからは徒歩で行こう」
そう私に言う。
「そうだね、この様子じゃこれ以上は彼、進めなさそうだし」
ドラゴンさんは鼻を器用に抑えてうずくまっているが、どうにも苦しそうであり、仕方なく背中から降りて頭を数度なでてあげる。
【こ、ここからそう遠くないはずっす……申しわけないですが、私はもう少し離れたところで……休んでますね】
「ええ、ありがとうドラゴンさん」
ずしりと、踵を返し来た道を戻っていくドラゴンさん。
「行こうか、マスター」
それを見送り、私はにおいをたどってナイトさんの後についていくのであった。
匂いをたどり、草木をかき分けると、目的地に到着するまではそんなに時間はかからなかった。
「なるほど、これが魔物が近づけない理由か」
森を抜けた先にあったのは、一面の花畑。
光も差さないほど暗くなった森を照らすように、煌々と光り輝くその花は、独特な香りを発しながら、私たちが近づくとざわりと一度身を震わす。
「ふむ……魔物にとっては毒性が強い香りを出す花のようだ……なるほど、あのドラゴンでさえも嫌がるわけだ」
「これは、ルミスの花だね」
「ルミスの花?」
「君が知らないということは、どうやらこの世界の花みたいだね。この花は人間に対しては毒性はないんだけど、魔物に対しては毒になる花なんだ……大気中に飛び交う花粉が、魔物に対しては有毒らしい。綺麗な水に肥沃な土壌がないと育たない花なんだけど……こんなに咲いているのは初めて見るよ。 あのドラゴンが嫌がるわけだ」
「ふむ、魔物除けにはもってこいといったところか。 となるとこの花畑の向こう側がエルフの村のようだ……ご丁寧に花を踏まないように道が作られている」
視線を落とすと、足もとには確かに花を踏まれないように小道のようなものが作られている。
「行こうか」
踏んでしまわないように、ナイトさんと私は花畑を歩いていくとルミスの花は姿を消し、その代わりに茨が生い茂る場所が現れ、行く手を阻む。
来るものを拒む壁……触れればその身を傷つける拒絶の塊。
だけど、その壁には違和感がある。
目の前に生い茂る茨は確かに生きている壁であるはずなのに……生命の息吹を感じられないのだ。
回りにあふれる生命の息吹に囲まれていて誤魔化されそうになるが……ここまで近づくとその異常性がわかる。
「……魔力を感じるね……その壁はまやかしだ」
「のようだな」
モニター越しにこちらを見ている局長だからこそ気づけたのか、その言葉にナイトさんは剣を引き抜き……一閃を振るうと。
茨は全て煙のように消え……。
「……これは……」
代わりに……崩壊した村が、目前に現れた。
家は崩れ、道は大地をひっくり返したかのようにめくれ上がり……まるで巨大な炎が村を覆ったかのように……大地も崩れ家も焦げ付いている。
「襲撃があったようだな」
「見ればわかります……中に入ってみましょう。 何があったか確認しないと」
「了解だマスター」
私はナイトさんを連れ、エルフの村に入る……。
建物は焦げ付き、倒壊しているが、地面から生えたつたが建物に絡みつき始めており、ある程度の時間がたっていることがわかる。
「ナイトさん、確かドラゴンさんがエルフの人が来なくなったって言ってたのは」
「一か月前だな……村の様子から、襲われた時間と重なるだろう」
村人の姿は当然なく、ただ廃墟とした場所。
「……突然襲われたんだろうな」
ふとナイトさんは、比較的形の残っている民家をのぞき込むとそう呟く。
つられて私も中を覗いてみると、そこには水が入った桶や、まな板に置かれたままの野菜。
作りかけの弓が放置されていた。
「……荒らされた様子も、何かがとられた様子はありません」
「そして、死体がない……おそらくは財産等の物取りが目的ではなく、エルフが培った薬草学の知識が目的だった可能性がある……満月草の栽培ができる種族など、おそらくそうはいないだろうからな」
「ストレンジアが?」
「そうかもしれないし……隣の国からの侵略行為かもしれない……誰か残った人がいれば早いんだけど……」
「この様子じゃ、それも……」
難しいな……とナイトさんが言おうとした瞬間。
――――パキリ。
と小枝を踏むような音が響き渡り。
「!!ナイトさん!」
振り返ると、家の陰から人影のようなものが動くのが見える。
「生き残りか……それとも襲撃者か」
「どちらにしても見逃せないです! 追いましょうナイトさん!」
「了解だマスター!」
襲撃者だろうが生き残りだろうが、この村で何があったかを聞き出す必要がある。
私はナイトさんに声をかけると同時に走りだし、その人影を追いかける。