18話 満月草と災厄の竜
妖精の森を歩くこと数分。
森にある獣道を草木をかき分けながら進むのは思ったよりも体力が必要であり、空腹も相まって少しばかりの疲労を覚え始めたころ。
「そういえば」
局長は何かをふと思ったのか声をかけてくる。
「どうしたんですか? 局長」
「いや、森の中颯爽と歩いているところ悪いし、今更聞くのかって言われたらぎゃふんというしかないんだけど……さっきからナイト君ずんずん進んでいってるけど、満月草の場所わかるの?」
「今更それを聞くのか?」
「ぎゃふん」
ナイトさんの発言に局長はそうふざけた言葉を漏らすが、しかし思ってみればそうだ。
先ほどからナイトさんが自信満々に先に進んでいってしまうためになんとなく後をついて言っていたが……そもこの森に入るのも初めてなナイトさんが、どうして満月草が自生しているところを知っているのだろう。
いやまさかいくら何でも知らずに歩いているということはないだろうが、それでも私は不安になったのでナイトさんに聞いてみる。
「え、今更ですけど。ナイトさん、満月草の生えてる場所わかるんですか?」
「知らんが?」
知らなかった。
「なっ!? だって君あんなに自信満々……なのはいつものことか!?」
「ちょっ、どうするんですか!? この森結構広いですよ! やみくもに歩き回ったって見つかるわけが……」
そういうと、ナイトさんは肩を一つすくめ。
「……まぁ落ち着けマスター。確かに生えている場所は知らないが、生えているところは知っている」
「?それはどういう……」
言っていることは同じなような気もするが、とりあえず生えているっぽい場所に検討はついているということだろうか?
私はその真意を聞こうとするが。
「ふむ、思ったよりも早くついたな。 マスター、到着だ」
そういうとナイトさんは絡みついたつたを手でちぎり、その先を私に見せてくる。
そこは。
「……これは……」
そこは森の中にぽっかりと空いたような草原。
森を抜けたわけではなく、四方を森で囲まれた森の中の草原には、たくさんの三日月草が太陽の光を燦燦と浴びて、見たこともないくらい大きく育っている。
中心にはひなたぼっこをするかのように、巨大な大岩が座り込んでいる。
「人の手が加えられてる様子もない……自然に作られた森の中の平原のようだね……確かに、自然にもできる例はなくはないけど……でもここはまるで」
「人の手で作られたように、きれいな円形をしているだろう?」
モニターをしている局長は、俯瞰からの情報を得たのか、息をのんでそんな言葉を漏らす。
ここに立っている私はなんとなくしかわからなかったが、少なくともこの場所が普通と違う、ということだけはなんとなく肌で感じることができた。
「……森に隠れた満月に自生する薬草……満月草と呼ばれるゆえんだ。 あまりにも見つける難易度が高いために、俺たちの世界では運営が飛行の魔法を実装した……というのが有名な話だ。真意のほどは分からんが」
ウン=エイという人物の名前が出て、私はふとおばあちゃんに聞いた話を思い出す。
時に狂い、時に人々に富と幸福をもたらした勇者様の世界の神様。
世界を拡張したり……力を与えたり奪ったりする、気まぐれな神様だったとか……。
「なるほどね、咲いてるところを知っているっていうのはそういうことだったんだね」
「あぁ、満月草を見つけるのは、この地形を探すのが一番難しいが、自生している場所さえ押さえてしまえば探すのは簡単だ」
誇らしげにそう語るナイトさん……。
「疑って悪かったよナイト君……僕はてっきり何も考えずに行動をしているのかと」
「……心外だ、これでもいろいろと考えて行動をしているのだぞ、俺は」
「えぇ~……本当かなあ」
局長のあおりにむすっとした表情を見せるナイトさん。
私はこういう顔もできるんだ……なんて感想を抱きながらも、視線だけで満月草を探してみると。
「……あ、あの岩の上……スケッチの形と同じですよナイトさん!」
意外にも、満月草は簡単に発見ができた。
「そうだな、間違いない。あんなところに生えるのは満月草くらいだ」
その数も一本や二本ではない、巨大な大岩の背中に群生するかのように、大量の満月草がそよ風に揺られている。
「……私、取ってきます!」
満月草は三日月草よりも高級な薬の下地になるという話だし、アッガスさんたちのために持ち帰れば傷の治りが早くなるかもしれない。
私はそう思うとはやる気持ちを抑えきれず、大岩の元まで走っていく。
「……しかし、君の言う通り生えている場所さえ分かれば随分と簡単な依頼だけど……どうして最高難易度クエストに指定されているんだろうね?」
「あぁ、それは」
ナイトさんと局長の会話が無線越しに聞こえてくる。
確かに、局長の言う通り最高難易度という割にはこの森、魔物も危険な動物も存在していなかった……。
しかし、疑問には思えど満月草はすぐ目の前。
私は耳を傾けながら、岩を上るために手をかける……。
瞬間。
地響きが起こり……その巨大な岩が立ち上がる。
いや。
岩だと思っていた……何かが起き上がった。
「……満月草は必ず竜の背中に生えるものだからだろう……」
【あんだぁ? てめぇ?】
「いやあああああああああああああああああああ!?」
考えているのなら……その考えをこれからは私に伝えてほしい。
巨大な竜の怒号と一緒に森に絶叫を響かせながら、私はそう思うのでありました。
地響きとともに立ち上がる巨大な竜。
その見た目はまるで山のごとく巨大であり、起き上がると同時にパラパラと小石のようなものが頭上から降り注ぐ。
その肌はまるで岩のごとくごつごつしており、岩石のようなうろこの隙間からは、宝石の輝きのようなものが太陽の光を乱反射させる。
「このでかさ、それに岩のような見た目……アルムハーンの勇者伝説に出てくるドラゴンその者じゃないか! まさか、鋼竜だったなんて!?」
「メタルドラゴンか……なるほど、確かにこの世界の冒険者じゃ手に余るな……」
「と、っととと、というか……喋ってますよ!?」
「高位の魔物は人語を解する……。 なかなかのレベルなんじゃあないか?そいつは」
全力でナイトさんの元まで逃走し、後ろへ隠れるが、ナイトさんは臆することなくドラゴンの元まで歩いていく。
「ちょっ!?まずいってナイト君!!もし伝説が本当だとしたらその竜は勇者でさえも苦戦をした化け物だ!? 刺激をしたらそれこそ!」
「人語を解するということは、知能が高い生物ということだ。 話せばわかるかもしれない……それに、彼の寝床に踏み入り安眠を妨げたのは俺たちだ……非礼は素直に謝罪するべきだ」
「正論!? 正論だけど!」
局長の言葉など聞く様子はなく、ナイトさんはずかずかと竜の足元まで歩いていくと、龍は不機嫌そうに大あくびを漏らすと。
【なんだ、人間じゃねえか……人間がこんなところに何の用だ】
地面が揺れるほどの大声が空から降り注ぐ。
あぁ、どうやら腹を決めるしかなさそうだ。
「寝ているところをすみません……私たちはギルドのものなんですが、その、背中に生えている満月草を分けてはいただけないでしょうか。必要なものなんです」
【満月……あぁ、この背中に気づいたら生えてた雑草のことか】
巨竜はぐるりと自分の背中を見やると、興味なさげに鼻を鳴らしこちらに向きなおる。
「そ、そうそう! 背中を掃除すると思って!」
ダメ押しとばかりに局長はそうドラゴンさんに通信ごしから声をかけるが。
【いやだね】
その言葉に、ドラゴンさんは口から火を少しはいたのち拒絶をする。
「な、なんでさ!?」
「局長がうさん臭いからですよ!」
「ぼ、僕のせい!?」
「……今なら危害は加えない。 終わったら即刻立ち去ることを約束する。それでもだめか?」
【あぁいやだね! 俺ぁ人間ってのが一番嫌いなんだよ! エルフ族ならともかく、人間ごときにくれてやるもんなんかあるかってーの!それがたとえ俺の背中に生えてる雑草だろうがな!】
その怒号には怒りが含まれており、その憎しみは先代勇者に封印をされたものによる恨みであることがわかる。
どうやら、千年を経た今でもその恨みは消えないらしく、私は少し項垂れてナイトさんをみると。
「ふむ、埒があかないな。 マスター、一度出直すとしよう」
「……そうですね……私たちがいても、機嫌を損ねるだけのような気がします」
流石は最高難易度クエスト。そうやすやすとクリアはできるものではないらしく、私は内心残念に思いながらも、踵を返して森の外へと向かおうとするが。
【おいおい、何勝手に出ていこうとしてんだ】
不意にドラゴンさんに呼び止められ、私たちは首をかしげて振りかえる。
「あ、いやな予感……」
局長の予感は当然私も感じており、しかし気のせいだろうと自分に言い聞かせながら振り返り。
「えと……なんでしょうか?」
そう問いかけると。
【……無事に出ていけると思ってんのかお前ら?】
嫌な予感の通りにドラゴンさんは殺気を出し始める。
あぁ……やっぱりこうなるんですよね。
「おいおい、お前に殺されるようなことをした覚えはないんだが?」
【あぁ何もされてねえな。 だがお前たちには非常に残念なことだろうが、俺は決めてんのさ! 人間はここに来たら一つの例外なく、この自慢の頭でプチってつぶしてやるってなぁ!】
言うと同時に振り上げられる鋼竜の頭。
「ま、まずい!? 鋼竜の頭は魔物の中でも最高硬度を誇る! それにその巨体……ひとたまりもないぞぅ!」
【鉄頭鉄尾!! 拳じゃねえけど鉄拳制裁タイムだ! 痛い痛いって泣き叫びながら絶命をしやがれ人間!】