17話 ナイトさんは何でも食べる
「というわけで、半ば強引に依頼を受けたわけだけど……本当にこの依頼でよかったのかい? サクヤ君」
「仕方ないじゃないですか、歩いて行ける距離の高難易度の依頼がこれぐらいしかなかったし、ナイトさんがこれがいいっていうから!」
そう、あの後、高難易度クエストを受けられるようになった私たちであったが、いざ高難易度クエストを受けようとすると、そのほとんどが国境を超えるかもしくは移動に馬を要するものばかりであったのだ。
あれだけの騒ぎを起こしておいて、今更お金がなくてできません……といえるはずもなく。
最終的に一番近場の依頼を受けたのだが。
その内容は、満月草と呼ばれる薬草の取得が目的であったようだ。
「……三日月草ならご存知の通りだよね、あらゆる薬を作る下地になる薬草で、単体で食べても頭痛や吐き気に聞いて、少量の鎮痛作用のある薬草だけど……満月草も同じものなんだろうか……見分けはつくのかい?」
「一応スケッチはもらいましたが……」
召喚魔術に使用する草花には覚えがあるが、正直薬学には全く精通していないため、見分けがつくかどうかは怪しい。 スケッチも確かに特徴のある見た目だが、大量にある草花の中からこれだけを探し出せ……といわれたら難しいかもしれない。
しかし。
「満月草は、万能薬、さらにはポーションを作成するために必要な素材になる。三日月草よりも扱いは難しく、薬学の練度は必要になるが、俺たちの世界でも薬の下地になる薬草の中でも最高級のものに当たる……ゆえに、俺ほどのナイトがほかの雑草と見間違えることはあり得ない」
ナイトさんは思い出す……というよりも、本に書いてある内容を読み上げるかのようにすらすらと、そう満月草について語る。
「驚いたな、君が満月草知っているなんてね……いや、それよりも三日月草が君の世界にも自生していることを驚くべきか……意外な親近感がわくよ」
満月草はともかく、三日月草は私たちの間でも身近な薬草である。
特に頭痛持ち―――主に局長の世話のせいで発生する―――の私にとっては、副作用が一切なく、即効性も日持ちもするこの薬は、薬バッグに常備するレベルでは必須アイテムだ。
しかし。
「違う世界、違う次元でまったく同じ植物が生えるわけがないだろう……。三日月草、満月草はもともと、俺たちの世界の植物だ」
「え?」
ナイトさんはのんきな私に忠告をするように、そう呟く。
「……おそらくストレンジアが持ち込んだものが、千年の時をかけてこの世界になじんだのだろう……アーリーの言う通り、それだけこの世界になじんでいるとなると、三日月草のせいで絶滅した草木もあるのだろうな」
「そんな……」
私たちの生活を助けるはずの植物……身近で、場所によっては国のシンボルにしている国もあるほど、この世界に根付いたそんな植物であるが……。
「……ストレンジアと同じさ。本来この世界に存在していたはずの住人を淘汰し、気が付いたらこの世界の住人に成り代わっている……気づかないうちにな」
「く、草木一つで大げさだなぁナイト君は……現に僕たちの役に立っている薬草だし、こうして僕たちの世界と共存ができているんだ。 悪いものと断ずることはできないんじゃないかい?」
「確かにな……一概にすべてが悪いといっているわけではないさ。現に、栽培をするだけならば害がなく、人の助けになる素晴らしい植物だ。多くの命を救ってきたことだろう」
「ほら……」
「そう、だから問題なのは……それをコントロールできていないことだ」
「コントロール?」
意味不明な言葉に局長はそう怪訝そうな声を漏らして問いかけると、ナイトさんは少し考えるようなそぶりを見せ。
「まぁいい……先を急ごう」
「あっ! ちょっとナイトさん! 待ってくださいよ!」
説明を中断し、ずんずんと先に進んでいってしまうのであった。
アルムハーンの町を抜け、私たちは地図をもとに、国境沿いにある、妖精の森へと向かう。
距離にして約20キロほどのその場所に到着するころには、すっかり日も高く上っており、森の入り口前で立ち止まり、一度ナイトさんに声をかける。
「到着しましたね……ここに満月草があるみたいです」
「のようだな……妖精の森といったが……妖精が出るのか?」
「え、どうなんですかね?……局長、ここなんで妖精の森っていうんですか?」
ナイトさんはそう私に問いかけるが、私は分かるはずもないため局長に話を振ると。
「よくぞ聞いてくれました! クッコロー旅行記にもちゃんと妖精の森についての記述があるよ! 妖精の森の妖精というのは、森に住んでいたエルフ族のことを言うらしいね。かつてはこの森にはエルフ族が住んでいて、動物や自然を管理していたらしいよ」
「エルフといえば、森を美しく神々しく保つ種族の代表ですが……管理していたというのは?」
「最近はめっきり見なくなったって噂だね。 女騎士クッコローが森に入ったときにはいたらしいけど。まぁ、エルフが住処を変えることはさほど珍しいことでもないらしいけどね」
「……つまりは、この森には今誰もいないということだな……それは好都合だ」
「あっ、ちょっとナイトさん置いていかないでくださいよ!」
局長の言葉に、ナイトさんはそう漏らすと、一人草木をかき分けて森の中に侵入してしまい、私は慌ててそのあとをついていく。
◇
森の中はとても幻想的で、とても居心地の良い場所であった。
草や木はどれも緑色に輝き、木々の間から差し込む光を吸収し、森の中を美しいエメラルドグリーン色に染め上げている。
その場所に咲き誇る花々、そして生い茂る三日月草。
森の中の草木は、一本の例外もなくまるで自分たちは主人公である……そう誇るかのように胸を張っていた。
「……澄んだ魔力がたまっているね。 森はもともと命にあふれているから魔力が濃い場所だけど……とても純度の高い魔力が流れているよ」
そう局長はモニター越しに呟き、私は大きく森の空気を吸い込む。
魔術研究所の葉巻と汗のにおいが入り混じったよどんだ空気とは異なる、暖かく新鮮な空気。ほんのり香る花の香りを吸い込むと。
―――――ぐぅ。
おなかが鳴った。
「あっ……まって今のなし」
そういえば、朝ご飯も食べずにアッガスさんたちの様子を見に行ったから……。
色々とありすぎて、思えば昨日の昼から丸一日何も食べていないことになる。
簡単に何か食べてくるべきだった……。 酒場の料理おいしそうだったなぁ。
「……マスター。すまない食事をとるのを優先すべきだった……ちなみにこのアントニオゲジゲジは生でも食べられる。味も鶏肉の皮のような味だ、食べるといい」
瞬間、ナイトさんは私の目の前に、巨大なゲジゲジをだらんとぶら下げる。
「ぎゃああぁ!?」
おいしい料理を想像していただけに、衝撃はひとしお。私は悲鳴を上げると同時に、件の鞘で頭をぶん殴る。
「こ、鋼鉄製のサヤで頭を打ちぬいた!? サクヤ君気は確かかい!?」
し、しまったつい……。あまりの衝撃に渾身の力を込めてフルスイングをしてしまった。
刃を抜かなかっただけまだましだが……普通の人間なら頭蓋が陥没する勢いだ。
「……お気に召さなかったようだな……」
しかし、ナイトさんは何でもないという様子で痛がる素振りもなくそう小首をかしげる。
「当たり前でしょ!? そ、そういうゲテモノ禁止です!」
「そうか、うまいんだがな……」
「おいしかろうが、サーロインみたいな味しようが、そんなグロテスクな見た目のものはぜえったい食べません!」
「了解したマスター……食事は味と見た目を重視しよう」
「そうしてください……」
「ちなみに」
「なんです?」
「俺も食べちゃだめか?」
「ダメ……とは言えないですが!? できれば私の見てないところでお願いします!」
ナイトさんはしばらく固まったのち、そっとゲジゲジを野生に放ったのであった。