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14話 謎の女性とルインの酒場

「いったたた……」


手に持った本がばらばらと道端に落ち、少し遅れて何かが割れるような音が響く。


そんな派手な音に、街ゆく人々はちらりとこちらに視線を向けるが、面倒ごとを避けるようにまた街に溶け込んでいく


「……すまない、ぶつかってしまったようだ」


「あ、あの……大丈夫ですか?」


ナイトさんはそんな女性に素直に謝罪をすると、手を差し伸べるが。


「ったいわね!そんなの見ればわかるわよ」


女性は機嫌を悪くしたのか、その手をはたいて自力で立ちあがる。


魔術師だろうか。女性は背中の大きくあいた、独特なゆったりとした袖を持つ黒いドレスの埃を払うと、魔道研究局にてよく使用するトネリコの葉の匂いとチコリの香りが、甘い香りに紛れて漂ってくる。


杖がないということは黒魔術師ではないようだが。落とした本を見てみると薬品についての研究書のようだ。


そうなると錬金術師というのが妥当な線だろうが……彼女からは錬金術師特有の鉄の匂いはしない。


私はそう思案にふけっていると。


「あああああ!!?」


女性は不意に大声を出し、頭を抱える。


視線の先には、地面に落ちた本と……割れた小瓶。


「わた、私の……研究結果が」


どうやら中には研究中の薬品が入っていたらしく、女性は鬼をも殺しそうな形相でナイトさんをねめつける。


「ちょっと!? どうしてくれんのよこれ!」


きぃきぃと騒ぎながら、ナイトさんに詰め寄る女性。


しかしナイトさんは物おじすることなく。


「当然、弁償させてもらう」


そう言葉にする。


「……あんた本気で言ってるの?これかなり高いのよ?生半可な冒険者じゃ到底足りないくらい……」


「あぁ、そのようだ。 今は金貨の持ち合わせが足りない、だからこれで勘弁してほしい」


そういうと、ナイトさんは自らの薬指にはめてあった指輪を取ると、女性に手渡す。


「……これは」


それは赤い宝石の突いた指輪であり、煌々と太陽のように女性の手の中で光り輝く。


その装飾も、そして宝石の加工具合も私の素人目で見ても一級品と分かるほど美しい。


「これで許してほしいが」


ナイトさんはそう言うと、女性は指輪を受け取り、笑顔を見せる。


「何よあんた、堅物に見えて案外話が分かるじゃないの。これなら、薬品の弁償代を含めてもお釣りがくるわ」


「それはよかった……一つ聞いても? レディ」


「ミコトよ、ミコト・イブキ。出身は東の方のちんけな国」


「失礼、ミコト。お前も冒険者なのか?」


「まーね! だけど私はどちらかというと、こうやって研究に没頭してるほうが好きなのよ」


そういい、ミコトさんは呪文をつぶやくと、落ちた本が浮遊し手の中に戻る。


「ふむ、となると冒険者暮らしも捨てたもんじゃないらしいな。こんな見目麗しいレディとともに冒険ができるというのだから」


「あら、贈り物の次は口説き文句? まさか指輪を送ったのもそういうことなのかしら?」


ナイトさんの不意打ちの口説き文句。隣で聞いていた私は自分でも分かるほど耳を赤くするが、ミコトさんはそのきれいな白い髪を軽く指ではじき、鼻を鳴らして妖艶な笑みを浮かべる。


「まさか……だがお前のような美しきレディをお茶に誘わないのは騎士としてありえない」


「……騎士ねぇ。まぁ、あんた面白そうだしね、考えておいてあげる。でも、名前も知らない男とお茶をするほど、私は無防備な女じゃないわ」


「あぁ、それは失礼した。成り行きでな……俺は夜の太陽、ナイト=サンだ」


「ナイトさん……ふざけた名前だけど、気に入ったわ。また今度二人だけでお茶をしましょう?」


「あぁ、できれば今すぐにでも」


「ナイトさん?」


何やら話がおかしな方向に進んできたため、私はコホンと咳払いをしてナイトさんを止める。


「……マスター」


「ふふっ、今はそちらが先約のようね……また今度、楽しみにしてるわ。ナイトさん」


そう笑いながら、ミコトさんは鼻歌交じりに私たちと反対方向へと進んでいく。

その後姿はとても優雅で……可憐で……力強い。私でさえも見とれてしまうその姿にナイトさんが鼻の下を伸ばしてしまうのも仕方のないことだろう。


だが。


「今は冒険者ギルドですよ、ナイトさん」


私はそう、意外と女好きであった従者にそうぴしゃりと戒める。


「むっ……あぁ、当然分かっているとも!」


ナイトさんはばつが悪そうに頭を掻くと、気を取り直すように胸をたたき笑顔を見せる。

恐らく反省はしていないだろうが……素直であるならそれでいいだろう。騎士とはいえ、恋愛は必要だ。私はそれを否定するつもりはないため、それ以上は追及することなくコホンと咳払いをする。


と。


「お待たせ!!クッコロー旅行記によると、冒険者通りの真ん中にある【ルインの酒場】ってところがアルムハーンの冒険者ギルドになっているらしいんだけど」


まるでこちらの様子をうかがっていたかのようなタイミングで、局長の声が響く。


「酒場? 冒険者ギルドって酒場なんですか?」


「うん、ルインの酒場、千年前の魔王討伐のおり、勇者はここで各国から集まった冒険者たちと酒を酌み交わし、魔王軍の情報を仕入れ、同時に仲間を募ったとされているね。

昔はギルドといえば酒場が主流だったものさ。 今では大きな組織になっちゃったから、役所みたいな堅苦しい施設に代わってしまったけど、勇者信仰の残るここアルムハーンに限っては、実際に勇者が利用した酒場が冒険者ギルドを続けているのさ」


「ふむ……俺のいた世界でも、昔は酒場がギルドの代わりをしていたな。酒が入った人間は情報を落としやすいし、酒場は仲間を集めるのにうってつけだ。名曲ルイーダに合わせてタップダンスを踊りつつ、酒を片手に冒険への夢を語り合う……良き時代だ」


「へぇ……」


私はナイトさんの言葉にそんな声を漏らす。

あっちの世界にも、ギルドというものはあったらしい。


「……そういうこと。酔っていればコミュニケーションも図りやすいし、祝杯を挙げながら次の冒険についての相談ができる……いたって合理的だ、それに、ええと……」


局長は何か興奮するようにそうまくしたてるように私に説明できる。


恐らくパラパラとめくられる本の音から、クッコロ旅行記に書かれていることの引用なのだろう……。


「とりあえず、中に入ってみますね」


「あ、うん」


まだ説明したりなさそうな局長ではあるが、私はそのうんちくを無理やり中断させ、冒険者ギルドの中へと入っていく。



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