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10話 ナイトはそんなことしない

「……ナイトさん……」


「申しわけないマスター……話を盗み聞きするつもりはなかったのだが、あまりにも通信が駄々洩れすぎてな……意図せず拾ってしまった。……あぁ、紅茶はのめるか?」


「え、ええまぁ」


「それはよかった、話の前に紅茶をいれよう……テレポーターの影響で体温が低下しているはずだからな」


どうやら、朝食につける紅茶を取りに席を外していただけらしく、慣れた手つきで紅茶を入れ始める。


「えっと……あれ? おかしいな、その人が君を助けてくれた人?」


いきなり現れたかと思ったら急に紅茶を入れ始めた人間に、局長はきょとんとした表情で私に確認を取る。


「ええ、驚くとは思いますが」


「えと、本当にその騎士は人間なのかい? 魔力計でこちらから見える情報だと、台風が君の部屋で紅茶を入れているように見えてるんだけど」


それは面白い光景だな……なんて私は想像してしまう。


「ええ、まぁ……確かに嵐のような人ですけど」


「ありえない……人間に許される貯蔵魔力量をはるかに超えているよ。こんな魔力、最古のエルダードラゴンだって持ちえない……こんな魔力を持てるとしたら、それこそストレンジアぐらいしか」


ありえない……。そう局長が言葉を漏らそうとすると。


ナイトさんは紅茶を私に手渡し。


「俺は夜の太陽……ナイト=サン……この世界の人間でもなければ、ストレンジアではない、理想の騎士だ」


そう局長に自己紹介をする。


「この世の人間ではないし、ストレンジアでもない?」


局長は意味が分からないといったトーンでそう問い返す。


「簡単な話だ……俺はマスター、サクヤ・コノハナによって召喚された、名前すらない至高の騎士だ」


意味が分からない。名前すらないのに自分のことは至高の騎士というし、召喚されてやってきた存在なのにストレンジアではないと言い張る……。


「名前すらないというのはどういうことかな?」


しかし、局長はその矛盾を突くわけでもなく、ナイトさんに対してそうさらに問いを重ねていく。


と、ナイトさんは口元をゆるめ。


「言葉の通りだ……召喚された際、俺という存在の個としての記憶は全て抹消された……ゆえに自らの名前すら存在はしていない」


「えぇっ!?」


「むっ? どうしたマスター……紅茶に何か入っていたか?」


その発言に私は素っ頓狂な声をあげてしまうが、そんな驚愕の真実を述べた張本人は首をかしげている。


「き、き、記憶がない!? な、な、ナイトさん……それはいつから?」


「いったはずだが?マスター……召喚されたときからだ」


「は……はにゃぁ……」


ナイトさんの言葉に、私は全身の血の気が引いていき今更になって眩暈を覚える。


「じゃ、じゃあ今までナイトさんは……記憶もないのにストレンジアと交戦をしていたっていうんですか?」


「……もちろんそうなるな」


よくもまあ、自分のことを至高の騎士だとかなんだとか言えたものだ……。


実際強かったからよかったものの、そうでなかったらと思うと私は身震いをする。


「記憶がないのに……自分を至高の騎士というのはどういう意味なんだい?」


その疑問は、流石に局長も突っ込みを入れざるを得なかったのか、乾いた笑いを漏らしながらナイトさんに問いかけるが。


「個としての記憶は失ったが、俺が至高の騎士であるという記憶と、そうあるべしという使命は残っている……ならば自らを至高の騎士と名乗るのは自然だろう」


「随分と自分に都合のいい記憶喪失ですね……」


「こればかりは仕方ないだろう……俺だって好きで記憶喪失になったわけではない」


それはそうなのだろうが……しかし通常記憶喪失の人間は記憶のない不安から明るい人間でも少し大人しめ性格になるはずなのだが。


この人に限ってはその限りではないらしい……。


「まぁ、貴方が至高の騎士かどうかは置いておくとして、ストレンジアではないといったけれど、記憶喪失だというのにどうして君は自分をストレンジアではないと言い切れるんだい?」


「彼女と契約を結んだ。 ストレンジアとはお前たちに敵対している異世界の人間をさすと先ほど本で学んだ。 ならばマスターの従者である俺は、ストレンジアという区分には入らないはずだ」


「……随分と、言い訳じみた言い草だ。そもそも契約の証はあくまで契約書のようなもの、召喚主を召喚された人間が殺すことだって可能なはずだ……君が敵対していない証拠は?」


いつになく、局長はナイトさんに対しとげのある言い方で絡む。


その口調も攻撃的で、初めて見る局長の一面に私は緊張で鼓動が早くなるが。


「ふむ、彼女をストレンジアの手から救い出していることがその理由になると思うのだが」


ナイトさんは動じることなく、椅子に腰かけて堂々とそう返答をする。


「彼女に取り入って王都に侵入をする魂胆かもしれない」


「それはあり得ない」


「なぜ? 勇者を呼び出した国は勇者の裏切りで滅んだ……ありえないと断ずるには……」


騎士ナイトはそんなことしない……」


己の存在にかけて……とそのあとに続けて言い放つナイトさん。


窓の閉め切った部屋に一つの風が吹く。


ナイトさんは詮索をする騎士団に対して、威嚇を込めて魔力を放出したのだ。


迷宮の中の吐き気を催すほどの魔力ではなかったが……。


魔力計でこちらを見ている本部にとっては天変地異にも似た映像が映し出されているのだろう。


誰もが息をのみ、静寂が訪れる。


ナイトさんはこちらに視線を向けてなんとも言えない表情をする。


どうやら、どうするかは私が決めろということらしい。


「……はぁ……局長。 不安な気持ちもわかりますし、彼の素性は確かにうさん臭い人間でしょう」


「おいマスター……この至高の騎士のどこがうさん臭いというのだ」


何やらたわ言をナイトさんは呟いているが、無視しよう。


「ですが局長。私はストレンジアを圧倒するナイトさんの姿をこの目で見ました……確かに危険はあるかもしれません、ですが彼が私をマスターと呼ぶ以上……彼の力は、ストレンジアに対抗するための大きな戦力になる」


「……そ、それはそうだけど」


「私は彼を信じます」


「…………~~~~~っ」


苦渋の決断を迫られた人間独特の声にならない声が通信越しから聞こえ。


しばしその声を響かせたのち……局長は短く。


「わかった……君を信じるよ」


そうつぶやいた。


「……ありがとうございます」


「礼を言われるほどのことじゃない……危険なのは、今のところは君だからね……」


「局長……」


呆れるように局長はそう言い放つと、大きなため息をわざとらしくつき。


「ちなみにナイト君……君、中途半端に記憶があるみたいだけど、いったい何を覚えているんだい?」


そう問いかける。


「……ふむ、どこまで……というよりかは、失った記憶は自我……つまりは人としての記憶のみだ。 騎士としての在り方、剣術、魔法……騎士として必要なものは全て覚えている。当然……お前たちが異世界と呼ぶ世界のこともな」


確かにそこにいて、歩んでいた世界……その世界のことを覚えているのに……自分がそこにいた記憶がないというのは……一体どういう感覚なのだろう。


想像しただけで私は胸が苦しくなったが、ナイトさんは気にする様子もなく、続きを始める。


「……そうか、じゃあ聞きたいんだけど、君やストレンジアが出てきたあの施設……あれはいったい何だったんだい?」


「あれは拠点ポータルだ……プレイヤーは広大な世界を旅する際に、【転移テレポーター】の魔法を利用する。 拠点はすべて黒曜石という魔力を生み出す石から作られ、その拠点自体が大きな魔力だまりとなる。その魔力だまりを目印に、俺たちは転移魔法で世界を移動しているのだが、どうにもあれは手が加えられているようだ」


「手が加えられている?」


「拠点があんなに迷宮のように入り組んでいたら、意味がないだろう。 文字通りあの建物自体は転移の目印程度……中もショップだったり宿泊施設だったりと冒険者プレイヤーのためになる構造のものしか存在しない」


「確かに、拠点と呼ぶにはあの施設は少しばかり気難しいね」


「おそらくは、あの召喚陣を作るためにわざと迷宮化させたのだろう……本来黒曜石は魔力を外に放出する。 だがあの施設は中心……つまりはあの召喚陣に魔力が集まるように作られていた、あれでは拠点の意味をなさない」


「……召喚陣っていうと僕たちが見た?」


「あぁ、ストレンジアが召喚された魔法陣だ。黒曜石の魔力を用いて、契約も何もなしに異世界の人間をこちら側に引きずり込む恐ろしいものだ……あれはこの世界の魔法だな? 随分と趣味が悪いが」


「僕もそう思うよ……だからこそ失われたんだろうけどね」


「ふむ……では今は存在しないのか」


その言葉に、ナイトさんんは一つ考えるような素振りを見せる。


「……どうしました、ナイトさん」


「いや、俺たちの世界にも今の世界にも存在しない魔法となると……俺たちを襲ったあのストレンジアの目的は……あの召喚陣か?」


「……襲った?」


その言葉に、局長は首を傾げ、私はその時の状況を局長に説明する。


「……実は、召喚されたストレンジア以外にも、ダンジョンに潜入してきたランサーのストレンジアと交戦になったんです……」


「に、二度もストレンジアの襲撃にあったのかい? 本当によく生きてたねサクヤ君……ちなみに、それも召喚されたストレンジアなのかい?」


「いいや、新たに召喚されたものではない……何者かの依頼で、あの拠点を調べていたと語っていた」


「そんな……この前の地震で遺跡が発掘された際に、戒厳令は敷いたはず……情報が国外に漏れ出すことはあり得ない。そもそもあんな辺鄙な土地にストレンジアが潜伏する理由もない」


「ならば、そちらの内部にストレンジアが潜り込んでいるのかもしれないな」


「そんな馬鹿な……」


ありえないという言葉を局長は飲み込み、私も言葉を失う。


恐らくほかの騎士たちも、考えたこともなかった発言をナイトさんはさらりと言ってのけた。


「ありえない話ではないだろう……奴らも化け物ではない、人との関りが多かれ少なかれ必要になる……それなりの知識があれば、その力を隠して人に溶け込むのが一番効率的だ……この世界に友好的ではなくてもな」


そう、ありえない話ではないのだ。 実際ストレンジアのほとんどは見た目だけでは人間と区別がつかない。 町に潜伏されれば……その強大な力を振るわなければ、誰も見分けることなどできないのだ。


「それは、どれぐらいあり得る話なんだい?」


まだ信じられないのか、局長はそうナイトさんに問いかけるが。


「落ち着け局長……あくまで可能性の話だ。だが、お前たちの敵はそういう存在だということは忘れないでおけ……」


「っ」


ナイトさんの言葉に、私でさえも姿勢を正してしまう。


知っているつもりだったが……私たちはストレンジアのことを何一つ識ってはいない。


「あ、ああ……肝に銘じておくよ。 取り合えず、どうしてこのことが漏れたのかは保留にして、こちらで調査をする。今は、その槍兵のストレンジアに襲われたのち、どうなったのかを教えてくれ」


局長も同じことを考えていたのか、語気に少しばかり力がこもっている。


「……槍兵との戦闘にナイトさんは応戦、追い詰めたのですが」


「……とどめの際に迷宮の魔法が起動し、転移魔法でここに飛ばされた」


「……ここに?」


「あぁ、理由は分からないが、ご丁寧に正門前に転移をされていたところを見ると、何か意味があると考えたほうが無難だろうな……その後は転移の衝撃で気を失ったマスターを宿泊施設へと運んだ後……隣の教会で死んだ冒険者三人を蘇生した……教会が運営している宿泊施設があって助かったぞ、流石に普通の宿泊施設に死体を担いで上がりこむのは、騎士の矜持に反するからな」


騎士の矜持それ以前の問題のような気もするが、私はあえて突っ込むことはせずに。


「あ、アッガスさんたち……本当に生き返ったんですか?」


「もうしばらくしたら目を覚ますだろう。先も言った通り、レベルが低いせいでまだ歩ける状態ではない……これから治療が必要になるだろうが、命に別状はない」


「え、悪い冗談じゃないよね?」


騎士ナイトは無駄な嘘はつかない」


「いや、疑ってるわけじゃないんだけど、うち二人は両断されてたよね……」

「至高の騎士に不可能はない……」


ナイトさんはそう言うと、もう一つのカップにも紅茶を入れ、立ったまま静かに飲み始める。


「……あの、ありがとうございます。ナイトさん」


「気にすることではない。この程度のことは騎士としては当然のことだ」


人を三人も生き返らせて、二人ものストレンジアから私を守ってもなお、当然のこととあっけらかんと言い放つ謙虚なナイトさん……。


私はそんな彼に頼もしさを覚えながらも、三人の命を救ってくれたことに心から感謝をする……が。


「……ってちょっとまって……ナイトさん、教会で蘇生したって……いったいどこで蘇生したんですか!?」


当然、胴体が両断された死体をもって教会に行けば案内されるところはだいたい決まっている。


「……あぁ、彼らを安眠できる場所に案内してくれと言ったら快く蘇生用の祭壇まで案内してくれたな……最後の別れだとか……祈りがどうとか言っていたが、とりあえず蘇生を済ませてマスターの様子を見に来た次第だ」


「ちょっそれ!? 遺体安置し……」


つまりは今頃……教会の神父さんが最後の別れを済ませた後のお祈りをしている最中で……。


【ぎゃああああああああぁ!?】


不意に、宿泊施設の外から叫び声が響き渡り……私は慌ててベッドから飛び降りると、ナイトさんを連れて教会へと向かうのであった。


                 

                   ◇


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