9話 帰れると思った? 残念、テレポーターでした
「……やれやれ、どうやら命を拾ったようだ」
ナイト=サン、そしてその主と思われる少女と死体が消えた部屋の中で、ストレンジアは一人息をつき立ち上がる。
「我が槍【蜻蛉切】がこうもあっさりか……ただの遺跡の捜査が、とんでもない化け物が眠っていたな……いや……化け物であればまだいいが」
砕け折れた槍を拾い上げ、ストレンジアはため息を漏らしてそう呟き、己の記憶が、見たものが間違いではなかったことを思い出す。
「……間違いなく、あの剣は冠位剣グランド……。 ワールドチャンピオンにのみ与えられる……唯一至高の剣……だが」
間違いではないからこそ、ストレンジアの表情は暗く……そして疑問が渦巻く。
ありえないものを見た……。
思い起こせば思い起こすほど、ストレンジアの額にはぽたぽたと汗が滴っていく。
「なぜ、二本目がある」
疑問は迷宮に不気味に響き渡るが、迷宮はその謎かけには答えかねるといわんばかりに……ただただ不協和音を返すのみであった。
◇
怖い……怖い夢を見た。
ストレンジアに襲われる王都……焼けるお城に、切り刻まれていく騎士団の仲間たち。
私はその光景を、たちすくんだまま見つめている。
勝ち目がなく、戦う気力すら起きない。
みんなみんな死んでいく。 順番に、一人ひとり……。
しばらく血の雨を眺めていると……やがて私の番になる。
その男は白い鎧をまとい……赤き瞳を輝かせる勇者……。
その腕に握られたのは……勇者の剣……翼のような柄に、赤い宝石がきらめく……白銀と黄金色の……そんな剣であった。
「―――!!」
誰かの叫び声が聞こえる……聞きなれた、どこか懐かしいそんな声。
刃が振り下ろされる瞬間、私はその声に振り向き……そして現実へと引き戻されていく。
◇
「―――ヤ君!―――クヤ君! サクヤ君! 聞こえるかい?」
耳元で響き渡る、聞きなれているはずなのに、聞いたことのない慌てたような声。
私はどこか間の抜けたそんな声に安堵をしつつ……ため息を一つついて。
「……えぇ……聞こえてますよバカ局長……」
自分の身に降りかかったことを頭の中で整理しつつ、とりあえず局長に向かい文句を飛ばす。
「よかった……生きてた!? 心配したんだぞぅ! ストレンジアに襲われて直後に連絡が取れなくなって!!いったい何があったんだい!?ストレンジアはどこに!? あぁ、いやそんなことよりも君が無事でよかった!」
私の文句に対して反応をする余裕はもはやないようで、局長は音声だけでもわかるほどボロボロと泣きじゃくりながら私に対してそう言ってくる。
何が起こったのかを知りたいのは私の方なのだが……どうやらこの様子では通信が回復したのはついさっきのようだ……。
私はとりあえず喜びと混乱により言語中枢が壊滅状態になっている局長は落ち着くまで無視することにし、自分の眠っている場所、そしてあたりを見回す。
どこからどう見てもいたって普通の宿泊施設のベッド……そして寝室。
外には朝日が昇っており、ベッドの横にある机にはご丁寧に朝食のパンとスープが用意されている。
……湯気が立っていることから、ついさっきまで誰かが私の看病をしていてくれたのだろう。 誰かはおおよそ予想はつくが……。
窓の外を見てみると、そこには活気にあふれる都会の町の様子が映し出され。
宿泊施設の庭には、私でも知っているような春の花が私に見せつけるかのように満開で咲いている。
朝日が差し込んでいるのに寒気を覚えるのは……どうやら私が冬まで眠りこけていたから……というわけではなさそうだ。
寒気以外に体に異常はなく、脅威もない……とりあえず私は一つ安堵のため息をつき。
「局長……とりあえずは危険はない場所に移動したようです……」
そう短く報告をする。
「そうか、それは何よりだ……そこがどこだかわかるかい?」
「宿泊施設のようですが……どこの町かまでは」
「そうか、じゃあ君がどうしてそこにいるのかも不明と?」
「ええ、気を失っていたので」
「そうか、では落ち着いて聞いてくれ。君がいるのは、ノエールズ地方の最東端……国境の町アルムハーンだ」
「アルムハーンって……私たちがいたのは最西端じゃ……」
「ああ、つまりおおよそ500キロの距離を半日で移動したことになる」
馬車や龍車を使っても……そんな距離を半日で移動できはしない。どんなに早くても三日はかかるだろう。
「そんな……ありえない」
「あぁ、僕たちもそう思って通信魔術や魔力探知のエラーを疑っているんだが、窓の外から何か紋章のようなものは見えないかい?」
「紋章?」
私は言われるままに、再度窓の外を見ると……巨大な時計塔のようなものが見え、そこには剣に竜が巻き付くようなデザインの紋章が描かれた垂れ幕が大きく下がっている。
よく見まわすと、家にも、外套にも同じ紋章の旗がかかっている。
「龍と、剣の紋章が……多数」
「驚いたね。どうやらエラーではないようだ……その紋章はアルムハンの紋章……1000年前、先代勇者がドラゴンを倒し町を救った伝説から、この町は竜と剣の紋章をシンボルにしているんだ……いやしかし、どうやって半日足らずでそこまで移動したんだい?」
「……私にもよく」
「何か心当たりは?」
うーんと私は混乱する頭を再起動し。
【転移を開始します……】
という無機質な声を思い出す。
「そういえば……気を失う前に……転移という言葉を聞いたような」
「転移魔法だって? うらやましいな、君はまたその体でロストマジックを体験したんだね……。なるほど、それならこれだけの距離を移動しても不思議じゃないな……おとぎ話では、石の中だろうと天空だろうと好きな場所に移動できるという話だしね……にわかには信じられないが、ストレンジアの召喚をこの目で見ちゃったからね、もう驚かないよ……何はともあれ、その転移魔法のおかげで君は助かったんだろう! 喜ばしい限りだ……まぁ、新たなストレンジアがこの国に放たれたという事実は正直気が重いけど」
こういう時に本音が漏れるところが局長の悪いところだが、いつものことなので気にせず私は報告を続ける。
「……召喚されたストレンジアは撃退しました。 この目でしっかりと、消滅を確認したので、この国の新たな脅威とはならないでしょう」
その言葉に、ざわりという音が響く。 どうやら局長の背後にも多くのスタッフが待機しているようだ……どうやら、思っていたよりも大事になってしまっていたらしい。
報告書が大変そうだな……。
「えっ?撃退したのかい!? いや、確かに倒せないかと聞いたのは僕だけど……」
「い、いや、撃退したのは私ではなくてですね……どう説明したらいいか私も分からないのですが……とある騎士に命を救われたんです」
「騎士? ストレンジアを倒せるほどの騎士が……たまたまあんな洞窟の中にいたというのかい?」
「いえ……それが……えぇと」
「そこからは私が説明をしよう、マスター」
私が説明に困り頭を悩ましていると、不意に部屋の扉が開きナイトさんが現れる……その手にはティーポットとカップを持っていた。