崩壊の序曲
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その頃にはもう、戦況が悪化している事など殆どの兵士が悟っていた。
スツーカやメッサーシュミットの他、ジェットエンジンやロケットエンジンの戦闘機や爆撃機を開発しても、燃料が乏しい。そもそも機体の原料が乏しい。
もし、ドイツにアメリカやロシア程の広大な国土が有り、資源に恵まれていたならこの戦争には間違い無く勝っただろう。
だが、それを計算に入れなかった。
狂ったオーストリア男の狂った戯言に惑わされ、誰もそれに気付かなかったのか?
収容所の上空を、イギリス軍の爆撃機が飛ぶ。
モスキートか?迎撃の戦闘機は出動していない。
遠くで爆弾が投下され、爆風が兵舎の窓を震わせる。故意に外している感もある。
残酷だが、この国がやって来た事に比べたら可愛いものだ。
―連合国軍は捕虜収容施設を攻撃しない―
嘘か本当か解らないが、この収容所をドイツ国内に置いたのも“盾”としてなのだろう。
その情報が上手く漏洩していれば、の話だが。
盾どころか、収容所を避けているだけで他は派手に爆撃されているが。
殺す相手を見なくて済む爆撃機の操縦士を心底羨ましいとさえ思った。
マルテはどうしているだろうか?
他の女達と肩を寄せあい、爆撃の恐怖に耐えているのだろうか?
……直ぐにでもマルテの所に行って、その華奢な身体を抱き締めたい衝動に駆られる。
イギリス軍の爆撃機の操縦士よ、後生だから此処を狙ってくれ。
もう何もかも終わりにしてくれ。
だが、その夜は収容所にはただ一つの爆弾も投下される事は無かった。
私は、遠ざかる爆撃機の爆音を聞きながら、マルテの事だけを考えて居た。
そして、ある決意をした。
―次に空襲が有ったら、マルテを連れてここから逃げよう―
……と。