奇癖
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殺した捕虜の髪で衣類を作ったり、脂肪で石鹸を作ったりと云うのは、他の収容所でもやっていた。
それを誰が使うのかまでは解らないが。
しかし、食肉を取る為と云うのはベッケンバウアー大佐ならではの発想だろう。
「大佐は前線で、殺した敵の兵士の肉を食ってそれから“人肉”に執着するようになった」
と、同僚の看守達が話しているのを聞いた事があるし
他の将校の話だと、大佐は貧しい家の生まれで、いつも飢餓と戦っていたので元々“食”に関する執着が異常らしい。
その話を何処まで信じていいものなのか解らないが、この収容所で造られた人肉の加工品は収容者や兵士の口に入る分以外、殆どが大佐に納められていると云う。
「何処かに売っているのかと思った」
兵士が云う。
「人の肉なんて誰が食うんだ?」
別の兵士が云う。
だが、そんな兵士達も……勿論私も……ほぼ毎日人間の肉を食っている。
今だに人の道から外れている感は否めないが、身体が受け付け無いと云う事も無くなった。
「どうなるんだろうな、俺達。死んだら地獄へ落ちるのかな?」
誰に云うでもなく兵士が呟いた言葉に
「兵士はみんな地獄へ堕ちるんだ」
と、年長の兵士が冷めた顔で返した。
前線の兵士と違い、自分達が死ぬ心配は殆ど無いし、アウシュビッツのように捕虜の殺戮を強要されたりもしない。そんな気持ちの“余裕”なのか、ここの兵士達は皆そんな事を考え、話す。
そんな緩い空気に当たって感化されたのか、側に居たハンスにこう訊いてみた。
「もし……自分の好きだった女がユダヤ人だったらどうする?」
ハンスの表情は変わらないのに、眼だけが凍ったのが恐ろしい。
云ってしまったのを後悔していると
「今の質問は訊かなかった事にしてやる」
アウシュビッツに居た頃の、奴の声と顔。
結局、何も変わっては居ないのかも知れない。