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ある少年の死





 施設敷地内の端に建つ“特別宿舎”には、肉を削ぎ落とすだけ落とされて動く事が出来なくなった捕虜が収容されている。


 食肉用の肉は大抵顔から取る。何故ならば、腕や脚だと運動機能に支障が出るからだ。 


 顔の肉が全部無くなれば、当然表情が無くなるし、何より見た目が恐ろしい。


 なので、ベッケンバウアー大佐の食事会で見た捕虜のように、目の所を少し開けた麻袋を被って生活しているのだ。


 しかし、その少年は違った。


 他の少年達のように、顔から、では無く脚や腕や尻の肉を提供し続けた。


 なので、宿舎で横たわる彼の顔は愛くるしい子供のそれなのだが、身体を覆う毛布を捲ってみると、目を覆わんばかりの惨たらしい有り様になっていた。


 想像出来るだろうか?小さな胴体に肉が全部削ぎとられ殆ど骨だけになった四肢が生えている様を。


 それでも彼は生きていた。


 名はジーモンと云った。  


 “特別宿舎”の収容者の世話は同じ捕虜の女達が交代でしていた。


 が、あまり彼女らにとっても気の進まない役らしく、三人に二人はさぼっていた。 

 だからと云って咎められはしない。


 “特別宿舎”の収容者は“死を待つだけの者”だから。



 「痛むかい?ジーモン 」


 もう彼が何も食べなくなってどのくらいたったろう?


 痩せこけた顔は目だけが大きく見える。

 喋る体力も残っていないかと思ったが、意外にも私の言葉に反応し、応えて来た。


 「痛くないよ。それより、僕が眠っている間に顔の肉を取ったりしないでね。他の所ならいくらでもあげるから」


 女なら、“顔”を最後まで残しておきたいと思う気持ちも解るが、何故男児の彼が“顔”にこだわるのか解らなかった。


 「大丈夫だよ、そんな事はしない」 


 「ここの兵隊さんはみんな優しいね。前に居た所とは全然違う。待っててね、もう少ししたらまた“肉”が生えてくるからね」


 ……もう肉は再生しないだろう。

 私には医学の知識など無いが、それだけは解る。


 子供達は肉を切り取られる時、こう云われるのだ。


 ―少し我慢すればまた元通りになる―


 ……と。


 確かに、彼の云う通り、ここの看守達は闇雲に銃を向けたりしない。大事な“家畜”を簡単に殺したりはしない。 


 他の収容所では子供は真っ先に殺されるか、大人の捕虜と同じ重労働を強いられるかだ。


 だが、こうして、人の形をとれない状態で生かして置くのも残酷だ。


 ありもしない“希望”を持たせるのも。



 

 ある日“特別宿舎”にマルテが入って行くのを見た。

 世話係の当番の日らしい。

 彼女は子供の頃から責任感が強かった。だから他の女達のようにさぼったりはしないのだろう。


 だが、子供好きな彼女の事だ、ここの収容者……殆ど子供……の惨状を見るのは何より辛いに違いない。 


 入って行って声を掛けようかと思案していると、今入ったばかりのマルテが青ざめた顔で出て来て、助けを乞うような顔で辺りを見回している。


 やがて私を見付けると、彼女は私の名を呼んだ。


 「どうした?マルテ」


 震えている。泣いている。 


 その彼女の様子を見て私は悟った。



 ―誰か死んだんだな―


 と。


 そう思った時、ジーモンの顔が浮かんだ。


 

 中に入り、ジーモンの所へ行くと、確かに彼は息をして居なかった。


 とうとうこの収容所初の死者が出た。


 ジーモンの死に顔は天使のように安らかだった。


 「ジーモンは……」泣きながらマルテが云う。


 「ジーモンが顔の肉を最後まで取らせなかったのはね」


 云いにくそうな彼女。


 私が兵士だから云いよどんでいるらしい。


 「大丈夫だ、云って。ここに居るのは兵士じゃなくて君の幼馴染みだ」


 それを訊いて安心したのか彼女は更に涙を溢れさせ、声を詰まらせながら云った。


 「はぐれた親と会えた時に……自分だと解るように、顔は最後までそのままにしてるんだ……って云ってたの」


 ……そうだったのか。


 ふいに、ジーモンのあの言葉を思い出した。




 ―僕の眠っている間に顔の肉を取ったりしないでね―



 ああ、約束するよ。











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