哀しい再会
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女達が“浴室”へ向かう。
アウシュビッツでは“浴室”は“ガス室”だった。
「シャワーを浴びさせてやる」と狭い小屋に収容者を詰め込む。なんの抵抗もなく入って行く彼らの、顔をなるべく見ないようにした。だって、総統がユダヤ人にどれだけ敵意を持っているか解らないが、私は彼らに迷惑を掛けられた事など覚えている限り一度も無い。
人間が死ぬ事に
人間を殺す事に
嫌悪を感じるのは同じ人間なら当たり前の事だ。
だが、それは許され無かった。
当たり前の感情を持つ事が許されなかった。
この国が、この世界が、この時代が狂っているからだ。
だが、ここの“浴室”は“ガス室”でなく本当に“浴室”だ。
形だけの監視。誰も逃げるものは居ない。暫くすると、濡れた髪を拭きながらさっぱりした顔で女達が出て来た。
人間の脂肪で作った石鹸の香りと共に。
「フリッツ?」
浴室から出る女達の列から声がして、女の一人がこちらに歩いて来た。
「やっぱりフリッツだわ!覚えてる?私よ、マルテよ!」
覚えているも何も、私の家の隣に住んでいたマルテ。
物心付いた時から一緒に遊んでいた。云わば“幼なじみ”と云うやつだ。
そのマルテがどうして此所に?
「マルテ……君は……ユダヤ人だったのか?」
ああ……もし、他の場所で会ったなら……
再会の喜びよりも、驚きと絶望。
マルテは私の初恋の女性だったのだ。
マルテは、子供の時と少しも変わらなかった。
良く動く大きな目、人懐っこい性格、綺麗な声。
だからこそ、悲しくなる。
いつかこの白い肌が抉られ、艶やかな髪が剃り落とされ、やがて弱りきって死んでゆくのを考えると、この神の仕組んだ残酷な再会を呪った。
否、神ではない。
ドイツ兵は皆悪魔に見守られているのだ。
「マルテ……元気だった?」
我ながら何と云う愚問だろう。でも、マルテは昔のままの人懐っこい笑顔でこう答えた。
「元気よ、フリッツも立派な兵隊さんにになっちゃって」
おかしな会話だ。
石鹸の香りが鼻をくすぐる。
ああ、そうだった。
マルテはいつも石鹸の香りがした。
それは人間の脂で作った石鹸などではなく、高級なフランス製のサボンだった筈だが。




