美味なる肉
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ベッケンバウアー大佐主宰の食事会で供された肉料理は確かに美味だった。
しかし、この物の無いご時世でこれだけのものを用意するのは上級将校と云えども大変だろう。
食事会に集まった我ら下っ派の一兵卒達は、口々に大佐の財力を讃え、労力を労った。
しかし何故、ゲットーやアウシュビッツの収容所で看守をしている一兵卒ふぜいが、このような席に招かれたのか。
嬉しさよりも不安の比率の方が高い。
私は、これが最後の晩餐になるような気がしてならなかった。
やがて、それまで食事を楽しみながら他愛のない話題で談笑していた大佐が立ち上がり、こう云った。
「諸君をこの席に呼んだのは他でも無い、新しい収容所の担当として配属したいと思っての事だ。勿論、諸君等の階級も上がる予定だ」
そら来た……
一体幾つ収容所を作れば気が済むんだ?
きっと、山の中か、とんでもない僻地の収容所だ。物資輸送の車輛すら入れ無いような……この食事が名実共に“最後のマトモな食事”になるのだろう。
きっと、これからは収容所に収容されている奴らと同じような物を食わなきゃいけないのだ。カビたパンとか味の無いスープとか……
絶望に近い感情で頭が重くなっていると、大佐は控えていた他の将校に何やら命じた。
そして、将校に連れられ、入って来た“それ”を見て、全員が凍りついた。
……何なんだ“これ”は?
人間なのだろう。それはかろうじて解る。
将校の腰の辺りに頭のような物がある所を見ると子供の様だ。
しかし、何でこんな格好をさせられているんだ?
捕虜らしいが、収容所でよく見る青と白の縞の服ではなく、袖を着けた麻袋のような服を着せられ、頭からは袋をすっぽりと被せられている。
「取れ」
大佐がそう命じると将校は、頭の袋を“それ”から取った。
思わず叫ぶ者。
嘔吐する者。
優雅な食事会は一転して地獄絵図となった。
“それ”は子供だ。
紛れもなく子供だ。
しかしその子供の顔は、皮膚と云うものが無かった。
正確に云えば、肉が総て削ぎ落とされていた。
目蓋の無い目が不安そうにぐりぐり動く。
剥き出しの歯は笑っているように見える。
私も含めてここにいる者達は酷い状態の死体は毎日のように見ている。
だが“これ”は死体では無い。
生きている。
死体の方がまだマシだと思える程“酷い状態の生きている人間”だ。
大佐は更にこんな事を云った。
「先程“収容所”と云ったが、正しくは“牧場”だ。捕虜をただ殺すだけでは資源の無駄使いだ。私はこれらの捕虜を“資源”として考え、その一環として“食糧”つまり“家畜”として飼うことを推進したい」
それはつまり……
「今、諸君に供した肉はすべて“生きた捕虜”から削ぎ取った肉だ」
駄目だ。
堪えていたが、もう駄目だ。
私は目の前が真っ白になり、次の瞬間には己れの吐瀉物にまみれていた。