【エピローグ】後日談
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フリッツ氏は、約束さえ守ってくれたらどんな脚色も許す。と云ってくれましたが、執筆に協力してくれた訳ですから、一応草稿を見せようと、教室に行きました。
しかし、教室は鍵が掛かって開かないし、小さな看板も取り外されているのです。
と、云うより看板の跡すらありません。
日に焼けた跡や看板を取り付けていたネジやクギの跡さえも。
窓から中を見ても家具の類いは全部無くなっている。
物覚えが悪い癖に、不躾な質問や頼み事をする教え子……私に嫌気がさして黙って転居してしまったのでしょうか?
それともご高齢だし、身体を悪くして入院でも……?
とも思いましたが、不思議な事に人の住んでいた形跡を見出だせないのです。
どんなに綺麗に片付けて掃除や修繕をしようと、ある程度は前の住人の痕跡や気配と云うものは残るものです。
せめて、この話がフリッツ氏の全くの創作なのか、事実なのかだけでもこっそり教えて欲しかったのに。
もし、事実なら結局フリッツ氏はフロイライン・マルテの肉を食べたのか?と云う事も……
これは、私が効果を狙って故意にラストを切った訳ではなく、フリッツ氏はそれ以上何も話さなかったのです。
……年老いたドイツ語講師は本当は存在しなかったのでは無いか?
全部私の妄想だったのでは無いか?
そんな気にさえなって来ました。
近所の人にでも訊いた方が早いのでしょうが、それはやめました。
もしかすると、本当はフリッツ・レヴィンと云う人物は、大戦末期の空爆で亡くなっていたのかもしれません。
フロイライン・マルテと夢見た日本に、魂だけ渡って来て、外国の老人になりすましていたのかもしれません。
収容所の惨劇を私に伝える事により、使命を果たし、やっとあの世へ行けたのかもしれません。
今となっては、確認する術もありませんが。
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※この物語はフィクションです。
「人肉牧場」
DAS ENDE