友の忠告
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「あの後、何とか自力で脱出してお前を探した。鉄条網が切ってある箇所を見付けて、もしやと思って追って来たら……収容所はあの惨状になったんだ」
疲れた顔でハンスは云う。再会を喜んでいるのか、それとも見捨てた事を恨んでいるのか判別出来ない。
「すまん、ハンス、あの時は……」
「いや、お前を追って来たからこそ、俺もこうして命拾いした訳だからそれはいい。それより……」
そう云いながらハンスは何かを探しているように辺りを見回す。
「まさかお前、ユダヤ人の女と一緒じゃないだろうな?」
思わず目線がマルテの隠れている茂みに行きそうになるのを抑えた。やはり、あんな相談などするべきでは無かったのだ。
「何故そんな事を……」
自分でも動揺しているのがよく解る。
ハンスの話が本当ならば、収容所にいた人間は私達三人を残して全員死んだ筈だ。ハンス一人に何が出来る訳でも無い。
どう云っていいか、どうしていいか判らずに居ると、ハンスは拳銃を抜いて構えた。
「居ないんだな?お前一人何だな、フリッツ」
だめ押しをするように私にそう訊くと返事も聞かずに空へ向けて引き金を引いた。
マルテの悲鳴。
それと同時に茂みが動いた。
「やっぱりな……」
ハンスは落胆の表情を浮かべ、哀れむように私を見た。
「フリッツ、悪い事は言わない。女とは別行動をとれ。見付かったら、どう言い訳する気だ?」
「それは……」
考えて居ない。見付かったらおしまいだ。
「お前一人なら空襲で焼け出されたと云えば済む」
そうだ。その通りだ。
だがマルテが一緒でなければ逃げて来た意味が無い。
「厭だ」
「何も殺せと云ってるんじゃない、一緒に居て困った事になるのは他の誰でも無い、お前達なんだぞ」
「ハンス、いくらお前の忠告でもこれだけは聞く訳にはいかない」
暫く睨み合い、ハンスは目を反らすと、溜め息混じりに
「俺は戻るよ、運が良ければ救助部隊が来るかもしれないからな」
「ハンス……」
「まあ、頑張ってくれ、健闘を祈る」
少しだけ微笑むとハンスは背を向けた。
遠ざかる彼の背を見ながら、私はある不安に囚われた。
……もし、ハンスがその救助隊に私達の事を密告したら……?
否、ハンスがそんな事をする訳がない。
でも……
不安要素は全て消去しなければ。
私とマルテの自由の為に。
私は銃を構えると、ハンスの背に狙いを定め引き金を引いた。
轟く銃声。
ハンスは振り返る事も出来ず、その場に倒れた。
まさか連合軍ではなく、友に殺されるなど思いもしなかっただろう。
私も、友を撃ち殺す時が来るとは思いもしなかった。
すっかり夜の気配は消え、朝靄が辺りを包む。
「どうして撃ったの?フリッツ、あの人私達を見逃してくれようとしたのに!」
隠れていたマルテが私を非難した。当然だ。でも
「ドイツ兵は信用しちゃいけないんだよ」
そう、それが友であろうとも。
こうしてはいられない。ハンスと私が撃った二発の銃声を誰かが聞いていないとも限らない。
「行こう、マルテ」
「でも……」
倒れているハンスを気にかける心優しいマルテ。
「誰かが来ないうちに早く」
ハンスの死体は見てはいけない。その訳は……
マルテがいつまでもハンスの亡骸がある場所を振り返る、その訳は……
その後、私達はハンスの忠告の本当の意味を知る事となる。