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その日はたぶん水曜日だったかと思う。大学の講義を聞き終わり、友人たちと大学内のカフェでダラダラと話し込んだ後、私は電車に飛び乗った。何を隠そう、その日は平日にも関わらず、Jリーグの試合があったのだ。私は、私の敬愛するチームを応援するために、スタジアム行きの電車に乗った。右手には、サッカー雑誌。鞄の中には、大学のテキスト・ノートなどと一緒に、観戦用グッズが入っている。
「やはり、サッカーはスタジアム観戦が一番よねぇ・・・」
私はしみじみと思う。
「いい女には、煙草とスタジアムと、そしてレプリカユニフォームだわね・・・」
まぁ、今はまだ着替えてないから、ヒラヒラした私服なんだけど。
そうして、電車を降り、喫煙所に行くと、私は煙草に火を付けた。
「喫煙所がビルの屋上にあるって、どうなのよ・・・」
その後、しばらく煙草を堪能した。それにしても喫煙所なのに、私しかいないわね・・。屋上なんて来るの、私くらいだからか?
「おっと、いけない。もうこんな時間だ」
ふと時計を見ると、もうすぐ試合が始まる頃だった。私はトイレでユニフォームに着替えた後、スタジアムへと向かった。
・・・
・・
「さすがに平日は人が少ないわねぇ」
スタジアムを眺めると、普段より観戦者が少なかった。まぁ、このクラブが最近落ち目だったのも原因かもしれない。去年のJ2降格劇(劇っていうより悲劇)なんて・・・もはや思い出したくもないわ・・。
おっと、アンセムが始まったわ。周りの人たちと私も立ち上がり、それを歌う。しっかりとゴール裏を盛り上げてなくっちゃ。
「ちなみに、「えっお姉さん、一人でサッカー観戦かおwww」ってツッコミはなしの方向でお願いね」
って誰に言ってるんだろう。
試合が開始して、しばらくたった頃だろうか。不意に私の携帯が鳴った。
「もう、誰?!人がせっかくスタジアム観戦してるっていう時に・・・」
相手は母だった。人が多くて動けそうもないので、私はその場で電話に出る。
「あっ、もしもs」
母が話題を切り出す前に、私は断りを入れる。
「もしもし、お母さん?ごめん、私今、観戦に必死なの。とりあえず、試合終わったらかけ直すね!ごめん!!」ガチャっ。
この時私は、弟があんなことになろうとは、まったく思わなかった。
その後、試合は終わった。
「5ー0の大勝よ!おっほっほ!見たか、これが我が軍の実力よ!」
はよ、J1上がってくれ・・。
勝利の余韻に浸りつつも、満員でギュウギュウな電車に飛び乗って、家路についた。
・・・・
・・・
・・
「えっ、あの子がいない?」
家に帰った私を待っていたものは、父と母のうなだれる姿だった。
「そうなのよ、いつものように私が仕事から帰ってきたら、あの子がいなくって・・・。それで今まで待ってたんだけど、普段なら帰ってくるのに、今日は帰ってこないの」
「どっかで遊んでるんじゃないの?」
「うーん、どうかしら。あの子、携帯持ってないし、確認できないから・・・」
「あいつがこんな時間まで遊んでるなんて、俺は思えないなぁ。あいつは真面目で、学校が終われば、いつも家にいるような奴じゃないか」
母に代わって、父が自分の意見を言う。
「う~ん、まぁ確かにね。あ、そうだ。ところで、置き手紙とかメモか何か残ってないの?「どこかへ行ってきます」みたいな、さ」
「それが、残ってないのよ・・・」
母は相当落胆しているようだ。無理もない。
「代わりに残っていたものは、リビングに置かれたこの本くらいさ・・」
父が「これだ」と弟の本を差し出す。
「こっ、これは・・・!!」
「「モテ学~めざせ、リア充マスター~」・・・って何この本www」
思わず苦笑。
「あぁ、ちょっと読ませてもらったが、あいつもこんな事に興味を持つようになったか、と内心感動したよ・・。我が子よ、成長したのだな、と」
父はしみじみとしていた。その様子に母も「そうねぇ」と同調し、軽く微笑んだ。
本の内容は弟の名誉のためにも、ここでは割愛するとして、問題は彼がどこにいるか、ということだ。
すると私はあることに気が付いた。
「もしかして、この本が弟のメッセージそのものなのかもよ!?」
「な、なんですって!」「なんだとぅ!!」
いや、そこまで驚かんでも。
「弟はリビングにこれを置いていった。なぜか。それはこの本のタイトルとか中身そのものが、彼からのメッセージに当たるからよ!彼はこの本を置いておくことで、彼の居場所とか行き先を私たちに暗示しようとしたんだわ!」
どう、この名推理。
「そ、そうか・・・そういうことか」
両親は妙に納得してくれている。
「と、言うことは、それを読み説けば、あいつの居場所がわかるかもしれない、ということだな?」
父が少し興奮して聞いてくる。
「えぇ、そうよ!そうに違いないわ!」
いや、本当はそんなに自信を持って言えることじゃないんだけどさ。
「「モテ学~めざせ、リア充マスター~」か・・・、そういえば、このくだり・・・どこかで見たような・・」
「はっ!!!」
一同、気づいてしまった。それがポケ○ンの主題歌のタイトルと酷似していることに。そうか、それのパロディなのか、この題は。
「と、なると・・・、奴は「リア充」を目指して、旅に出たということか・・・?」
父が真剣な眼差しで推理する。
「そうよ、きっとそうだわ!」
今度は父が見せた名推理に、私と母は思わず感嘆した。
「そうか・・・あいつも相当「リアルの充実」を欲していたのだな・・・。少年よ、大志を抱け、とは言うが、ここはあいつの意志を尊重して、しばらく放っておいてやろうか・・」
しみじみとした様子で我が子の気持ちを汲んだ父は、私たちにそう問いかけた。
「えぇ、そうしましょう」「そうだね」
特に反論もなかったので、私たちはそれに賛同した。
「頑張るのだぞ、息子よ!」「頑張って!」
胸が熱くなってしまったのか、両親は泣いていた。どこか遠くにいった弟の「活躍」を祈りながら。
「あっはは・・・これで、良かったのかしら」
その日から今日で何日たっただろうか。一向に弟の消息はつかめない。やっぱり警察に捜索願いを出した方がいいのではないか。
なんだか、ますます弟のことが心配になってきた(いろんな意味で)。
「・・・まっ、いっか。あーあ、早く次の試合の日にならないかなぁ~。次は因縁の対決よ!ここで勝たずして、いつ勝つというの?!行くわよ!!!」
そうして、私はベランダで煙草をふかす。
いい女には、煙草とスタジアムと、そしてレプリカユニフォーム・・・だわね。
「頑張るのだぞ、弟よ!」
そして私は大学へと向かった。