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彼女、いや、お嬢様がプロの演奏家を目指すと言ったあの日からもう何日たっただろうか。あれからお嬢様はバイオリンを猛練習し、巧さにさらに磨きをかけていった。


そしていよいよお嬢様の初めてのリサイタルの日がやってきた。とは言っても、彼女には単独で会場を借りるお金がなかったので、私たちが暮らすこの施設内でのリサイタルだ。それでも、施設外の人も観覧できるというだけあって、それなりに観客席は埋まっていた。



そしてあっと言う間に開演時間が来た。今日はお嬢様は華やかなドレスに身を包んでいる。やはり緊張しているのか、表情が硬かった。そんな彼女に私は優しく話しかける。


「緊張されてるかと思いますが、頑張ってくださいね」


「うん、ありがとう」


そう言って、彼女も微笑み返してくれたが、その表情はやはりどこか硬かった。




そんなこんなで、リサイタルは開演された。



緊張の面もちで入場してくるお嬢様(とピアノ伴奏者)。それを拍手で迎える聴衆。私もその中に入り、彼女の勇士を見届ける。お嬢様は彼らに向けて挨拶すると、バイオリンを構えた。


まずは挨拶がわりに1曲・・というところか。曲はエルガーの「愛の挨拶」。その音色、その姿があまりにも美しいので、思わず私は彼女に釘付けになる。いや、私だけではないはずだ。きっと、ここにいる誰も彼もが、彼女に見とれてしまうだろう。この1曲を聴いただけで、いかに彼女がバイオリニストとして優れているかがわかるというものだ。


曲が終わると同時に溢れ出す拍手。慌ててお辞儀するお嬢様。観客に好評なのがわかったのか、少し安心したような表情を見せる。ここでお嬢様が観客に向けて一言挨拶を述べる。


「今日は本当に聴きに来てくれてありがとうございます。まだまだ未熟者ですので、至らない部分もあるかと思いますが、どうか最後まで演奏をお楽しみください」


会場が拍手で応える。そうして、彼女はまたバイオリンを構え、演奏を続けた。チャイコフスキーの「ワルツ スケルツォ」、サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」、エルガーの「バイオリンソナタ」そして最後にアンコールとしてラヴェルの「亡き王女の為のパヴァーヌ」。とても難しそうな曲ばかりだが、彼女はそれを見事、こんなに大勢の聴衆を前にして弾ききった。


そして同時にわき起こる拍手と歓声。


皆、口々に「ブラヴォー!」と口にしている。気がつけば、私も座席から立ち、そう叫んでいた。


そういった観客の反応が嬉しかったのか、彼女は泣いていた。そして何度も何度もお辞儀をした。そんな彼女に、施設の子どもたちから花束が手渡される。それを受け取ると、彼女はまた泣いた。



「ありがとう、みんな」


そうして、拍手喝采のうちにお嬢様の初バイオリンリサイタルは幕を閉じた。




それから数日後。




施設にお嬢様宛の1通の手紙が届いた。送り主は、とある富豪の夫妻。ここから少し離れた場所にある豪邸に住んでいるらしい。その夫妻があのリサイタルを聴いて、彼女の才能に魅了されたらしい。それで手紙を送ってきたのだ。


だが、手紙の趣旨はそれだけではなかった。



ある日の夕暮れ時。彼女はいつもの部屋でぼんやりと窓の外を眺めていた。その姿が何となく、寂しそうで、私はつい声をかけた。


「どうしたのですか、ぼんやりなさって。今日は楽器の練習はされないのですか?」


振り向いた彼女は、「あら、あなたいたの?」というような表情を見せた。その瞳は、どこか明後日のほうを見つめているような気がした。


「えぇ・・いいのよ、今日は。楽器を練習する気分じゃないもの」


「そうですか。まあ1年は長いですから、たまにはそういう日があってもおかしくはありませんよ!どこか、具合でも悪いのでしょうか?」


彼女はただ黙って首を振った。


「それでは・・どうして?」


「・・ちょっと考えごと。心配してくれてありがとう。でも、私は大丈夫よ」


お嬢様は口ではそう言っているが、見た感じちっとも大丈夫そうではなかった。


「そうですか・・。でも、もし何か協力できることがあれば、いつでも言ってください。私はあなたの味方なのですから」


「えぇ、ありがとう。そのときは、そうするわ」


そう言うと、彼女は小さく笑った。良かった。少しは安心したようだ。


「ふぅ、夕日が綺麗ね。私、少し外を散歩してくるわ」


「あ、それなら私も・・」


「うんうん、悪いけど、今は一人にしてもらえないかしら?それが、今の私からの「お願い」」


「・・わかりました。お気をつけて」


ありがとう、そう言って彼女は出ていった。ここは彼女に一本取られたな。


にしてもお嬢様は何について考えていたんだろう。


も、もしかして・・す、好きな人が出来たとか・・?私に相談できないような人・・・だったり・・・して・・・は・・はは・・。そんなことは、ない・・よな?


まぁ、まだそうと決まった訳じゃない。仮にお嬢様に好きな人(私じゃない人)がいたとしても、それはそのときに対策を練ればいいのだ。諦めたら、そこで試合終了だからな。


「はははは・・・。って何だこれは?」


部屋にあるピアノの上に何かが置かれているのに、ふと気がついた。思わず、拾い上げる。


「こ、これは・・!!」


て、手紙・・・。それも、先日お嬢様宛に届いた、金持ち夫婦からのものだ・・。


ど、ど、ど、どうしよう。黙って読んでしまおうか・・?お嬢様は散歩中だし・・しばらくは帰ってこない・・よ・・な・・?



ええい、ここで躊躇ためらったら一生後悔する!これを読めば、彼女が悩んでいることが明らかになるかもしれないじゃないか!読んでしまえっ!



恐る恐る、私はその手紙を開き、中身を読んでみた。


「!?」



私は、その内容に驚きと戸惑いを隠せなかった。

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