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「実はね、わたし・・今日の演奏会、あなたと一緒に来られて本当に良かったと思っているの」
とっさに彼女はそう私に告げた。
え、そ・・それって、まさか・・・
告白?!
・・・なわけないよな。まぁ待て、待つのだ私。まだ慌てるような時間じゃない。
「コホン。そうですか、それは良かった。誘った私もそう言っていただけて、うれしいですよ」
そう言って、お互いに微笑み合う。
「でね、私思ったんだけど・・」
ごくり。私の緊張の度合いが最高潮に達する・・。
「私・・プロの演奏家を目指そうと思うの」
え、あ、はい?
「プ、プロって、バイオリンの?」
期待を裏切られただけでなく、彼女の思いつきに驚きを隠せない私。
「そう。バイオリンの・・。今日の演奏会を聴いていてね、本当に綺麗だなって思ったんだ。それで、私もあんな風にコンサートホールで弾けたらいいなって、思ったの。うんうん、前々から思ってたけど、今日の演奏会を聴いたことで、やっぱりそうしようって決心がついたわ」
彼女が話している間、その真剣な口調、眼差しに翻弄されていた。
「そうですか・・・、ならば、私にできることはそれを支えること、ですかね」
「えっ?」
「考えてみれば、私はあなたのバイオリンのファンなのかもしれません。あの日、あなたが奏でるバイオリンコンチェルトを聴いて、私はなんて美しいんだろうと思った。そして、それがきっかけで私とあなたは出会ったのです。これは運命的なものだと、私は感じています。ですから、私にぜひお手伝いさせてください。」
「い、いいの?」
「えぇ、私がそうしたいのですから」
そう言うと、彼女はにっこり笑って、
力強く「ありがとう!」と言って、私に抱きついた。
「うわっ、あ、雨で濡れますよ!?」
嘘。本当はもうほとんど雨なんて降っていなかった。私がそう言ったのは、ただの照れ隠しだった。
「ふふふ、いいのよそんなの」
しばらくして、彼女は私から離れた。
「私があなたの奏でる音に魅了されたように、様々な人を魅了できるといいですね」
「そうね。そんな日が、来るといいなぁ。あっ、そうだ、私がプロになったらあなたには私のマネージャーをやってもらおうかしら」
「マ、マネージャーですか。い、いいですとも!おやすいご用です!」
「うふふ、じゃあ決まりね。一緒に頑張りましょう!」
そう言って彼女は私に握手を求めた。
「えぇ」
私はこうして、彼女の付き人となったのだ。正直に言えば、このときは彼女が本当にプロになるとは微塵も思っていなかった。このときの私は、ただ彼女と一緒にいたいという目的を果たすために、彼女への協力を願い出たまでだった。
「ふんふん~ふふふふ~ふ~ふふふ~んふふ~ん♪」
「そ、それはラヴェルの・・」
「そう、亡き王女の為のパヴァーヌ。さっきの演奏会のアンコール曲」
あぁ、そういえば。
「とても綺麗な曲ですよね」
「えぇ、本当に・・。私、この曲大好き。よく覚えてないんだけど、小さい頃、ピアノでよく演奏した気がするのよね」
「へぇ、そうなんですか。じゃあ、今度、私にも聴かせてくださいよ」
「ふふ、いいわよ。帰ったら、早速、聴かせてあげる」
「えぇ、でも帰ったら夜遅いですから・・また明日にでも」
「走って帰ればまだ大丈夫な時間でしょ?行くわよ!」
「わっ」
そう言うと、彼女は私の手を引いて走り出したのだった。変わりはじめる私たちの関係を象徴するかのように。