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心の奥から声が聞こえる。
「助けて・・・」
女の子の声だ。
「誰?」
その声に僕は答える。
けれども、返事はない。
テレパシー?そんなものあるのだろうか。けれども、その声は確かに聞こえる。
「助けて・・・」と。
いったい誰が、なぜ僕に助けを求めているのか。そうして、それがなぜ僕の心の中に届けられたのか。
・・・わからないよ。君のことが。
明くる日の朝、僕は学校へと向かった。なんてことはない。僕はただの田舎の中学生だ。毎朝起き、学校に行く。家から学校までは歩いて30分ほど。少し遠いのがネックだ。それでもって、学校の規則が厳しくて、自転車通学などは許されていない。なんとも理不尽なものだな、と毎朝通学しながら思うのだった。
教室に入り、何気なく友人たちと話したりする。そんでもって授業が始まり、それをまじめに受ける。代わり映えのしない日常。それこそが、僕の中学生活のタイトルともいえそうだった。
友達が少ないわけでも、いじめられているわけでもない。けれども、友人たちとはあまり深入りしないようにしていた。部活動に入っていない僕は、放課後になれば、そそくさと家に帰る男だ。もうずっと、そうした生活を送っている。
家に帰っても誰も待っているわけでもない。うちは両親が共働きだから、平日でも夕方まで家にいないことが多い。姉弟として、大学生の姉がいるけれど、何となくいつも忙しそうにしており、やはり家にはいないことの方が多かった。
そんなこんなで、学校が終われば、僕はひとりぼっちなのであった。これを僕は、「自由タイム」と呼んでいる。
さて、今日はどうしようか。昨日読んでいた本の続きでも読むか・・・。
そうしてリビングでしばらく本を読んでいると、来客がきたことを知らせる鐘が鳴った。誰だろう。僕は玄関へと向かう。
玄関を開けると、そこには黒いタキシードを着た男性が一人で立っていた。
「ど、どちら様でしょうか」
「・・・来ればわかります」
そういって、男は家の前に止めてある黒塗りの車を指さした。
「・・・な、なにを言ってるんですか」
「・・・車に乗れ、と言ってるんですよ。わかりませんか?」
そう言って、男は僕にピストルを向けた。さもなくば、殺すぞ、という眼差しで。
気がつけば、僕は男の車に乗り、どこか遠くへと連れられているのだった。手には、手錠をかけられている。
「いったい、どこへ連れていくつもりなんだ!」と僕が問いかけても、
「・・・着けばわかるでしょう」としか男は答えない。
かろうじてわかることは、この車が高速道路をひた走っていることと、僕がこの男に誘拐されてしまったということだった。
「着きましたよ」
車が止まったのは、それからかなりの時間が経ってからだった。
「こ、ここは・・?」
「・・・わかりませんか。日本海ですよ。」
に、日本海・・。あれに見えるは、日本海だというのか。もう夜遅いので、暗くてよく見えないが、どうやら港かなにかに着いたようだ・・。
「あなたには、これから船に乗ってもらいます。そうして、ある人のもとへと向かうのです。これは命令です。」
そういって今度は男は近くにある船を指さした。銃口を僕に向けながら。
「・・・くっ」
そうして、僕はそんなに大きくはない船に乗せられ、大海原へと旅立つのだった。
翌朝、目が覚めると、僕は船の上だった。
「こ、ここは・・?」
どうやら、どこかの島か何かに着いたらしい。船はすでに停泊していた。
「おや、起きましたか。」
僕を誘拐した男が現れた。
「こ、ここはどこだ?」
「ふふ・・。少なくともあなたの国ではありませんよ。」
「な!」
「これからあなたはこの国でくらしてもらいます。これは命令です。」
あいかわらず、銃が僕に向けられている。
「・・・日本に返してくれ」
「だめです。あなたを必要としている人がいるので。」
「な、なぜ僕なんだ!そいつのために僕を誘拐したってのか!」
「ええ、そうです。」
「くっ・・。に、日本に返せよ。今すぐに!」
「・・・死体になって、帰りますか?」
そう言って、男は銃口を僕の額に当てた。
「・・・勘弁してください」
「ふふ、いい子です」
それから、僕は船から降ろされ、男の後をついていった。しばらく歩いた後、目の前には豪邸といえる建物が。
「着きましたよ」
「えっ」
「あなたには、これからこちらで暮らしてもらいます」
そうして僕は・・、その豪邸の中へと誘われた。。そこに入る前に、男に「逃げ道を覚えられては困りますので」という理由から、目隠しをされた。
男に引っ張られるようにして、建物の中を移動する。
いくつか部屋や階段を経たのち、男が「ここです」と言い、扉を開けた。そうして、その中で、目隠しと手錠を外された。
そこで僕が見たものは・・
人工呼吸器やら何やらをつけベッドに寝かされた女の子の姿だった。
「な、こ、これは」
「・・・植物状態となった、女の子、いえ、お嬢様です。」
聞けば、この女の子は事故で脳に障害が残り、植物状態になっているという。
「その子と、僕の誘拐とで何の関係があるっていうんだ!」
「ありますとも。気づきませんか?」
「な、なにを言って・・」
「(助けて)」
えっ・・・
今、また心のなかで声が・・
「(助けて)」
ふと、女の子を見た。も、もしかして。
「おわかりになられましたか。そのお嬢様があなたにテレパシーで助けを求めているのです。特別な装置によって、私はそれを突きとめた。そして、あなたをここに連れてきた、というわけです。」
「な、なんだって・・」
「なぜお嬢様があなたに助けを求めているのか、それは私にもわからない。ですが、お嬢様があなたに助けを求めているというのは、事実なのです。だから、あなたにはここに居てもらいます。そうして、お嬢様をどうか、お助けください・・・」
男はそう言うと、僕に頭を下げた。
「・・・わかった。けれど、条件がある。彼女が助かったら、僕を日本に返してくれ。」
「・・・そうですねぇ。検討します」
そんなこんなで、僕は違う国のどこかの屋敷に連れ去られ、僕に助けを求めている植物状態の女の子と一緒に暮らすことになったのだ。