再会・3
陽は中天を過ぎていた。
蒼い空には雲が流れ、ときおり強い風が吹き抜ける。風はわずかに湿気を帯び、まだ遠い雨の存在を知らせてくれた。
そして昨日とは一転して、街には人があふれていた。
荷をいっぱいに積んだ馬や馬車、えっちらおっちら荷を引くロバが通りを歩き、その両脇では店に出された様々な品を物色する人々が渦を巻くように流れている。呼び込みも盛んに行われ、遅れていた荷が着いたとか中央公路は徐々に落ち着いてきたとかそんな話もちらほらと聞こえていた。
左隣を見下ろせば、フードの奥からカイルが笑う。その姿はこれまでと変わらない。なにも変わっていないはずなのに、けれどどこか照れくさかった。
「この街のお店って、不思議ですね」
「不思議?」
「だって。表側には三角の屋根がついていたり煉瓦造りに見えたりするのに、裏から見るとソマにあったお家と同じ木造なのですよ?」
ほら、と指差す先には確かに奇妙な建物があった。表通りに面する壁だけが帝国風に整えられ、他の三方はアクサライ様式である。というよりもむしろ、元々アクサライ様式だったところに帝国風の壁が張り付いていると言っていい。
「あれはだな。帝国風の店だと高級感が出せると上っ面だけ真似してるんだ」
「……じゃあ、あちらの丸い屋根は?」
「あれも丸い屋根が乗っているだけの張りぼてだ」
「そうだったのですか……」
ラウルは本当になんでも知っていますね。感心したように頷くと、カイルはまたにこりと笑んだ。
ソマを過ぎて、カイルはすっかり復調したように見えた。しかし食欲は戻らない。この年頃の娘が食べる量としては妥当だが、国境でみせた豪快な食欲はすっかり鳴りを潜めていた。そしてこの街に入ってからずっと感じていた恐怖。いくらか落ち着いてきたようだが、身体のどこかがラウルに触れていないとカイルは怯えて外に出られなかった。
あの騎士とは別行動だ。食事と風呂を済ませると、用事があると言って出て行った。夕方待ち合わせる約束をしているが、それまでカイルを一人にもしておけない。それで思案の末にラウルは手をつなぐことで妥協した。
(なにも変わらないはずだが……)
手のひらにすっぽり収まる小さな手。そして指の間に絡められた細い指。その柔らかい感触が触れているだけなのに何故かとても気恥ずかしい。けれどどこか心が踊り、いつの間にか頬が緩んでしまっている。
人の流れに乗りながら、二人はゆっくり街を歩いた。
金を引き出し情報を得るために、護衛士組合に行かなければならなかった。場所はルッカレ東部、官公庁が多く集まる場所である。
しかしその前に、商店街を抜けるのだからとラウルはまず買い物をした。カイルの寝間着だ。店では襟の詰まった長袖の上下と自分用の下着を買った。「またわたしのものばかり」とカイルがじとりとねめつけるので、あくまで自分の買い物のついでだと言い訳するためである。寝間着もラウルの心の平穏のためであるのだが、これを説明する気にはなれなかった。
視線を流せば繋がれた手が見える。
こうやって手をつないで街中を歩くなど、いったい何年ぶりだろう。かつては弟妹だったが今は親子に見えるのだろうか。少々照れくさいが悪くもない。この不思議な感覚に、ラウルは少々戸惑っていた。
「ルッカレ護衛士組合」
本物の煉瓦造りの建物には、ものものしい表札が掛けられていた。入り口は2つ。一般人向けのこぎれいな入り口と、裏口のような護衛仕向けの無骨な木の扉である。重い方の扉を開けて、二人は中に入っていった。
中は広間になっており、中央が受付によって仕切られている。一般人向けの区画は窓も大きく花まで活けられ、女性職員が応対して明るい雰囲気となっている。対して護衛士向けの区画の方は装飾など一切無く、丸椅子と小さな机が数個ずつ置かれているだけだ。椅子は半分ほどが埋まっており、数人で集まってなにやら話をしているようだ。今回のこの事態に、みな一様に張りつめた空気を纏っていた。そして荒事を扱うだけあり護衛士たちの目つきは鋭く大柄で、どことなく近寄りがたい。
その中を、ラウルはカイルを連れて奥に向かった。
「……けっ。子連れかよ」
「手ぇなんか繋いでよお、舐めてんのか」
あからさまな侮蔑が飛ぶ。
こんな時分にここにいるのは仕事にあぶれた者達だろう。よそ者にシマを荒らされまいと警戒するのか、こういったことはよくあるのだ。しかし依頼を受けるつもりもないのに挑発に乗ってやるなど憂さ晴らし以外の益はない。
突き刺さるような視線を無視してまっすぐに窓口に向かい、ラウルは受付に声をかけた。
「金を引き出したいのだが……」
「それはいかほど?」
手元の書類にペンを走らせながら、眼の細い受付の男が返事をする。
とりあえず帝国金貨5枚分。少なくとも1枚は銀貨にして欲しいとそう告げると、男は呆れたように顔をあげ、そしてラウルを見るなりひょいと肩をすくめてみせた。
「あのですね。ご存知かと思いますが、ただいま現金が不足しておりまして。……次に届くのは明後日以降なりそうのなのですが」
「明後日? そんなにかかるのか?」
「ええ、帝国領事とここの領主の要請を受けまして。我が組合でも現金を供出していますからね。まとまった額ですとどうしてもそのぐらいには」
受付を済ませておけば金が届いたときにすぐお渡しできますが。ふたたび視線を落としてそう言う男にラウルはためらうことなく頷いた。アクサライではこの街が帝国とテネルス王国に最も近い。金を引き出すならここで待つのが一番早いのだ。
書類を受け取るとカイルの手を上着に導き握らせる。灰色のざらついた紙に必要事項を書き込みながら、ラウルはこれまでの状況を詳しく聞いた。
国境の封鎖に伴う軍の動向。飛び交う得体の知れない噂に現金の取り付け騒ぎ。皇帝崩御の報に帝国人がこぞって腑抜けになったうえ物流が止まってしまい、どこもひどく混乱したらしい。さらにどさくさに紛れて荷が奪われる事件なども発生し、そのため護衛士の需要は高まっていた。
「……まあ、稼ぎ時ですからね。子連れでもなんとか……」
ラウルが仕事も捜していると思ったのだろう。依頼票を繰りながら、ここ最近の情勢を語ってくれた受付の男は書類を受け取り記載された名を見ると、細い眼を驚愕に見開いた。
「ルシンガー!? 貴方が、あの?」
男の声には怯えと緊張が含まれていた。さきほどとは別の意味で、ラウルに護衛士たちの視線が集中する。
「……それが、なにか?」
片眉を引き上げて見下ろせば、受付の男はひっと声をあげて青ざめた。
「い、いえ……ルシンガーさんとはつゆ知らず、大変失礼なことを……」
「そんなことは構わない」
「支部長がお会いしたいと! しょ、少々お待ちください」
慌てて席を立った男を見送りラウルはそっとカイルを引き寄せた。ここに来てからずっと護衛士たちの無遠慮な視線にさらされて、ずいぶんと緊張しているようだ。手を握れば両手でしがみついてくる。大丈夫だと指に力を込めれば不安に揺れる黒い瞳がラウルを見上げ、そっと視線を逸らして俯きながらもすり寄ってきた。
組合の支部長が伝言ではなく直接会いたいとはどういうことだろう。重大な問題が発生したとき上級以上の護衛士は指名されて解決を図ることもあるが、話というのもそういったことだろうか。しかしラウルはいま、ほかの依頼を受けるつもりにはなれなかった。
受付の前に立ったままの二人の耳に、後方から囁き声が聞こえてくる。
山のような、血が緑。他にも牙とかツノとか、不可解な単語ばかりが飛び交っている。余程やっかいな案件なのだろう。どうやって断ろうか。そんなことを考えていると、ばたばたと足音が聞こえてきた。
息せき切って飛び込んできたのは初老の男だ。アクサライの長衣を身につけた、一見すると商人風だが姿勢もよく物腰には隙がない。
「あんたがルシンガーか。……ほう、確かに背は高いがツノもなければ牙もない」
「しっ……支部長!」
無遠慮にラウルを眺め回すと支部長は意味不明な言葉を口にした。その後ろでは、受付の男が真っ青な顔でしきりに袖を引いている。それを一顧だにせず腕を組むと、顎に手を当て初老の男は何度も大きく頷いた。
「まあ……こぶ付きとは思わなかったが……」
目尻に深い皺を刻んで笑みを浮かべ、男が右手を差し出した。
「ようこそ、特級護衛士殿。ルッカレ護衛士組合はあんたを歓迎する」
結局、動く山だとか緑の怪物だとか、それはただの根も葉もない噂らしい。そういった不可思議な事件の解決を依頼されるのかと警戒したが、違ったようでラウルもひとまず安堵した。用向きというのは別件のようだ。
「ケネスという坊主があんたを捜してる。どうしても会いたいってな。なに、ウチの若造だ、怪しい奴じゃあない」
「……ケネス? 知らないな」
「まあそう言わずに。今晩、南町の『草原の白兎』亭で待つと言っていた。ちょっと会ってやってくれないか」
知らない場所ではない。今晩にでも顔を出そうと思っていた酒場である。しかし。
(なぜ俺がいま、この街にいると知っている?)
見下ろせば、カイルはますます緊張しているようだった。
この街に来てなにかに怯える少女。それとケネスという男が関係ないと言い切れるだろうか。用心に越したことはない。幸いモーブレーという騎士とも再会できた。あの男なら番犬ぐらいにはなるだろう。
ケネスという若造の裏にいる人物、それを吐かせるためにも一度会ってみなければならなかった。
◇ ◇
今日の予約はすべて捌けた。あとは明日、残りの客をこなしてからは休業し、奴を捜すことに専念する。
ジュリアは妙に生真面目なのだ。本当は仕事をするどころではないというのに、予約をしてくれた客に迷惑はかけられないと笑顔で依頼をこなしている。しかしそれもこれで終わり。今日はまだ陽のあるうちに終わったから、暗くなるまで奴を捜すことができる。
そしてジュリアを家に送り届けたら、組合と酒場に行って奴の情報を収集する。昨晩手が空いていた護衛士仲間にも声をかけておいたから、なにかしらの手がかりがあるはずだった。
室内の掃除を済ませ、あとは鍵をかけるだけ。その段になって、どたどたと階段を駆け上ってくる男があった。
「あなたがジュリアさんですかっ!」
「ちょっとお客さん、しばらく休業って書いてあんでしょ」
「ああ、そうだ。ジュリアさんといえば女性だ。そう、あなたじゃない」
肩を押しのけ室内に踏み入ろうとした男の前に、ケネスは扉を背にして立ちふさがった。
巫山戯たことを抜かすのは、白髪混じりの中年だ。髪はぼさぼさ、眼も血走って大きな隈ができている。顔は青白く、なにか思い詰めた様子である。冷静さを失ったこうした輩はともすると逆上することがある。ジュリアにはとても会わせられない。
お引き取りを。そう言って促せば、男はケネスに縋りついた。
「お願いします、娘が! 娘がいなくなったんです! どうか娘を……娘を捜してください……」
「すみませんがね。こちらにも事情ってもんが……」
「承知しています! けれど話だけでも!」
「ですが……」
「ケネス待って!」
扉の影からジュリアが顔を出していた。
いま厄介ごとに関わるのは止めておけ。そう告げるケネスの視線に気づいているのに、ジュリアは扉を開けると男を招き入れた。
「お話……聞かせてもらえますか」
「ジュリアさん!? ああ、ああ……」
娘を、娘をどうか。何度もそう言いながら、男はその場に泣き崩れた。
要領を得ない男の話をまとめると、つまりはこういうことだった。
男はこのルッカレで商いをする豪商である。数年前に妻を亡くし、それでも後妻を迎えることなく子供二人を立派に育てようと頑張ってきた。それが1週間前の夜、15になる娘が突然部屋から消えるようにいなくなったのだ。まずは誘拐を疑った。必死になって現金をかき集め、犯人からの連絡を待った。しかし3日経ってもなにもない。身代金が目的ではないのかと、今度は警備隊に届けを出した。しかし室内に争った形跡がないこと、娘がひとりで外に出てゆく姿を目撃した使用人がいたことから家出だろうと推察された。ほとぼりが冷めれば戻ってくる。警備隊はそう言って、まともに調べてもくれないのだ。
「娘は家出などするはずがないんです。弟想いの本当に優しい子で……確かに最近は忙しくてじゅうぶんに相手をしてやれなかった。けれど家出なんて……っ」
ケネスは正直、家出だろうと感じていた。子供たちには護衛士がつけられていたからだ。その護衛士は古株の、良く知る男とその弟子だ。それを撒いて逃げるなど家出以外考えられない。
(おやっさん、ここしばらく顔を見ないと思ったが……それでか)
ケネスは必死になって目配せした。もうすっかり暗くなった。今日はもう「あいつ」を捜せない。なにか安心できるようなことを言ってやれ。そして明日に備えてゆっくり休め。
ところがジュリアは男の瞳をじっと見ると、とんでもないことを口にした。
「あの。……明日の昼頃までは依頼が入っているので動けないのですが……それからでもいいですか?」
「……捜して頂けるんですか!」
「……はい」
「ああ、ありがとう、ありがとう! なんとお礼を言ったら……」
「お力になれるかどうかはわかりません。でも精一杯やってみます」
「ええ、ええ結構です! どうか、どうかお願いします……!」
涙を流し、それでも安堵の表情を浮かべて男は帰って行った。知らない人間を捜すのは魔術でも難しい。準備のため、これから数日は男の屋敷に逗留することになるだろう。
(どうしてこんな。まるで見計らったように!)
ケネスでさえ腹立たしいのだ。いったいジュリアはどれほど悔しい想いをしているのか。確認するように尋ねれば、青ざめながらも柔らかな微笑みが返ってくる。
「……良いのか?」
「うん……きっと。きっと私の本当の両親も……ああやって捜したと思う、から」
私が協力しないわけにはいかないじゃない。
そう言うが、ローブの胸元を握る手は震えていた。
詳しい経緯をケネスは知らない。けれどジュリアは物心つく前に攫われて、ずっと閉じ込められていたらしい。助け出されたものの結局身元はわからずじまい。今の両親の元に引き取られ、そして二人の愛情を一身に受けて育ってきた。
「私はプランシェの娘よ」とそうは言ってもやはり血を分けた親のことは忘れられないものだ。一目会って無事を知らせたいと、そう願うのも当然だった。だから娘を捜すあの父親に、ジュリアは自分の親を重ねているのだ。
でもせめて1日待ってもらえば「あいつ」に逢えるかもしれないのに。
「ジュリア……」
「だから、ね? 私これから捜してくる!」
「えっ? おい待て、夜は『雲』が見えないんじゃ……」
口をつきかけた言葉を制し、身をひるがえして駆けていったジュリアを追ってケネスも階段を駆け下りた。女の足に追いつくことは簡単だ。それでもケネスは距離を置いて後を追う。
きっとあのローブの下で泣いているから。
抱きしめて慰めることもできない自分が悔しくて情けない。
沈みかけた半分の月のもと、顔を伏せ肩を震わせるジュリアをケネスはただ見守ることしかできなかった。
◇ ◇
(ケネスー……なんで来ないんだよー)
(俺、明日早いんだ。だからそろそろ……)
(おお、出れるもんなら出てみやがれ)
(無理いうなって。それができりゃ、とっくにやってら)
(だよなー)
(だよなー)
(だよなー)
とん、と置かれたグラスの音に、顔を突き合わせていた護衛士たちはびくりと身体を震わせすくみあがった。そっとうかがえば例の特級護衛士から肌を焼くような怒気があふれ出し、酒場全体を覆っている。
(ツノ……でっかいのが生えてるじゃねーか)
(噂は本当だったのか……)
(俺には緑色の瘴気が見える……)
(マジ洒落になんねーだろ。マスター、早く店閉めてくんねーかな)
このままでは閉店まで出られない。しかし横目でカウンターを見てみれば、すでに店主の姿は影も形も存在しなかった。
((……いない!?))
護衛士達はゆっくりと顔を見合わせた。
例の護衛士の前には酒のボトル。それを彼奴は手酌で飲んでいる。
(うっそ)
(まさか)
(マスター……)
(……とっくに逃げた?)
昼間の威勢はどこへやら、その夜たまたま酒場に居合わせてしまった護衛士たちは、どうすることもできずにただ夜明けを待つことになったのだった。
酔えない酒を飲みながら、それでも彼らは誓い合う。
((ケネスの野郎──覚えてろ!))
◇ ◇
「……ザックさん」
もぞ、と身じろいで横になっていたカイルが身を起こし、足を降ろすと膝に手を当て寝台に腰掛けた。
どこか思い詰めた様子である。夕食時からどこか心ここにあらずといった感じだったが、なにか相談したいことでもあるのだろうか。
「どーした。眠れねぇのか?」
手入れをしていた剣を置き、ザックはカイルの足もとに片膝を立てて跪いた。
目の前には白く細い小さな手。それが、新品の寝間着に皺が寄るほど力を込めて握りしめられている。これでは手に傷がつく。そっと手を重ねれば、少女は言い難そうに口を開いた。
「……噂は噂だって、わかっているのです。悪気がなくとも、恐怖や人の願いは真実をねじ曲げる」
「ああ、そうだ。しかも同じものを見ていても、『真実』は人によって違ったりするからな」
厄介なことだ。そう呟くと、同意するというようにカイルは小さく頷いた。
「わたしが知っている真実と、噂は違う。なら『事実』は?」
眉間にわずかに皺を寄せ、闇を宿した黒い瞳が縋るように見つめてくる。あまりにも苦しそうなその表情に、重ねた手のひらに知らず力が込められた。
「……チビ、俺になにを訊きたいんだ?」
「ザックさん。わたしが知っていることは『事実』でしょうか。わたしは『真実』であると、そう思っています。けれどそれが『事実』であるかは……自信がないのです」
「俺にわかることなら答えてやる。……言ってみろ」
重ねられたザックの手に、もう一方の手を重ねてカイルは強く眼を閉じた。一拍後に開かれた瞳は嘘偽りは許さないというようにザックを射抜き、絡めとる。
「ラウルが……『ラウルの血は赤い』。これは『事実』ですよね? 血が緑だったら肌に赤味なんてささないし、唇の色だってもっとどす黒くなるはずです」
「……あ、ああ……」
いったいチビはなにを言っている? おっさんがどうした?
わからなかった。必死になって言い募る、少女の言葉が右から左へ通り過ぎる。
「けれどわたし、わからないのです。ラウルにツノなんてない。でも! わたしにとってそれが『真実』でも『事実』は違うかもしれない。……だってわたし、いつもラウルを下から見上げるばかりで上から見下ろしたことなんてほとんどないもの!」
(ツノってなんだ? おっさんにツノ? 血が緑? ……はっ! もしやこれは、なにかの隠語!?)
俺は、試されているのか。
皇家の騎士たるに相応しいか、チビはこの答えによって見極めようとしているのだろうか。「真実」と「事実」。これを混同するなと、そういうことか? 事実の中から真実を見出せと、これはそういうことなのかっ!?
眼を見開き思考の渦に意識を飛ばす騎士の耳に、少女の小さな呟きは届かなかった。
「やっぱり護衛士さんは偉くなるとツノが生えるのですか……わたし、ツノならヤギのツノが素敵だと思うのですが」
その夜、二人は遅くまで、そうして思索にふけっていた。