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運命の環は巡る  作者: らみ
終末を望むもの
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  閑話 〜 とある領事館職員の日記・1  〜

 


 * 帝国歴2576年 秋風月 19日(金)


 目が回る……キモチワルイ。

 これが馬車酔いってヤツですか……

 尻も痛い。じんじん熱持ってる感じがする。

 それもこれもあと1日。耐えなければ。





 * 帝国歴2576年 秋風月 20日(地)


 やっと新しい任地に着きました。

 アクサライ王国西部最大の都市、ルッカレでございます。

 これから5年間、立派にこの地で勤め上げたいと思います。

 そうすれば昇進が早くなるんです!

 スミマセン。「昇進」につられての国外勤務です。


 思い返せば帝都を出発したのが草月の25日。ですからもう3週間以上、といいますか1月近く馬車に揺られていたわけです。長かった……。すっかり尻の感覚が麻痺してます。もうね、最後の4日間で尻の肉がそげ落ちたかと思いましたよ。


 今回の旅で感じたことと言いますと、やはり帝国が一番だということです。

 いえ、帝国民だからって身びいきしているわけではありませんよ?

 道がですね、ええ。道が違うのです。

 帝国内では街道は滑らかに舗装されているのでそれが当たり前だと思っていたのですが、国外は違っていました。

 それでもテネルス王国の首都、クリナムまではマシと言えましょう。まあ、イエーツ〜クリナム間には高速馬車専用道路なんてのもあるぐらいですから、ここまではきっちり整備されているわけです。

 ところがその先となるとですね、がったがたなのです。

 いえ、整備されてないわけではありません。舗装もされているし、ぱっと見段差が多いようにも見えません。しかしですね、どうしても微妙な凹凸があるんです。それが馬車の中で増幅され、尻に直撃するワケです。

 アクサライ近くになると振動が次第に大きくなってきて、何度舌を噛みそうになったことか。

 ……ああ、尻が痛い。


 一応解説しておきますと、アクサライではほとんどの人が自分用の馬を持っているので街道は馬が歩ければ良いわけです。だから街道を滑らかにする、という考えがそもそもありません。荷馬車が轍にハマったりしなければ良いな、とその程度なワケです。

 でもでも、少ないとはいえ人用の馬車だって通っているのですからもう少し整備して欲しいです。そう思いませんか? 思いますよね!

 こういう要望ってどこに伝えれば良いんですかね?


 それにしても、日がな一日馬車で揺られるというのも辛いものです。

 2刻に1度の小休憩、食事と寝る時以外はずっと揺られているわけです。本を読もうにも目が踊るし、一度やって気持ち悪くなって以来、ずっと目を閉じていました。それがもう退屈で退屈で。帝都では仕事に追われてましたから、馬車で思う存分寝てやるぞ、だなんて浮かれていたのもクリナムに着くまでです。そこから先は忍耐の一言でした。

 尻の下に着替えを敷くと多少楽になると聞いたのですが、ワタクシ、そんな余分の服は持っておりませんで。ただただ耐え忍ぶばかりでございました。

 それにワタクシ平の公務員でございますから、貴族の方々のように移動するのに専用馬車などないのですよ。いえ、自腹を切ればもう少し乗り心地の良い馬車にも乗れますが、そんな金、あるわけないじゃないですか。なけなしの貯金をこんなコトに使うわけには参りません!

 公費で負担してくれるのは「激安乗車券」だけですからね。

 ……せめて「格安乗車券」にして欲しいと願うのは、贅沢でしょうか。


 それでも無事に任地に到着しました。

 もう夕刻でしたが、まずは先任の皆様方にご挨拶をさせていただきました。

 帝都から買って来たお菓子は大好評で、喜んでいただけたようです。ほっと一安心でございます。


 実は手荷物の大部分がお菓子だったのです。

 これで最初の印象が決まりますからね、気合い入れて持ってきましたよ! 

 蒸留酒をたっぷり染み込ませた香り高い焼き菓子です!

 これなら保存も利くし、熟成させている間は移動ですからね。今が丁度食べごろで一石二鳥でございます。


 で、早速明後日からの話だけど、って先輩? 明日じゃないんですか?

 暦? ……ああっ、明日は公休日ではないですか!

 やった!

 正直、膝と腰が笑ってるので明日から仕事は辛いなー、って思っていたんです。明日はお休みですね!

 明後日から一生懸命働きますっ!





 * 帝国歴2576年 秋風月 21日(陽)



 お店が……軒並み閉まっています。

 いえ、開いているところもあるということですが、どこにあるのかわかりません。

 食事するにはどこ行けば……と途方に暮れていたら、先輩が連れて行ってくれました!

 先輩、ありがとうございますっ!

 奢りだったらもっと嬉しかったです!


 こういうとき官舎って便利ですね。先輩方がすぐ傍にいてくれるのは心強いですし、領事館の隣ですから朝もぎりぎりまで寝ていられます。

 え? 夜中でも容赦なく叩き起こされるって? 

 まさかそんな、はは。冗談、ですよね?

 ……ね、先輩? 否定してくださいよっ。

 公務員って、定刻上がりじゃないんですか? え? 定刻で閉めるのは窓口だけ? ええっ? アクサライの人はのんびりしてるんじゃないんですか?

 領事館に来るのは帝国人がほとんどだって?

 まあ、帝国領事館ですからね。そうですよね。

 帝都よりキツい職場はないって聞いていたのに……

 ちょっと先輩! 頭撫でないでくださいよ! 泣いてなんていませんから!

 笑わないでください!


 ……先輩、イイヒトなんだけどなー。

 絶対おもしろがってるよね。うん。

 ああ、部屋もなんとかしなければ。寝台の上しか居場所がありません。

 ……ワタクシ、荷物は少ないですよ? 官舎は家具付きですからね。辞令が出た時点で送っておいた私物は着替えやら食器やら、少し大きめの木箱3つです。これで部屋が埋まるってのは、部屋そのものが小さいんです。

 独身者用ですから、まあこんなものでしょう。

 あとは荷解きするだけなんですが、身体が痛くて服すらまともに取り出せていないんです。なんだかまだ揺れてる感じがするんですよ。

 今日は洗濯するだけで精一杯でした。


 こんなとき、民間人の方なら明日から着る服どうしよう、と悩むところでしょう。

 ところが公務員は違うのですよ。

 ふふふ。

 官服ばんざい!

 上から羽織れば中がボロでもシワシワでも大丈夫!

 素晴らしいでしょう?

 貴方も公務員になってみませんか?





 * 帝国歴2576年 秋風月 22日(月)


 聞いてください。

 尻に……大きな青あざができていました!

 あざの周りは茶色とも黄色ともつかない変な色のシミになっていてね!

 道理で腰を曲げる度に痛みが走っていたわけです。勇気をだして鏡を見て良かった。


 そして任地での初仕事は荷運びです! 荷受けから地下室まで、運んで運んで運びまくりました。

 辛かったです。ほんっとにもう、辛かったです。それでもワタクシ、湿布を貼って乗り切りました!

 部屋ひとつ、荷物で埋めました!

 箱は小さいのに重いから、ひとつずつ運ぶしかないんですよね。今日は風呂を忘れないようにしなくちゃ。


 あ、先輩! 終わりました!

 明日の仕事は……え? 明日もこれ?





 * 帝国歴2576年 秋風月 23日(炎)


 あの、ワタクシ、平とはいえ領事館職員ですよね……?

 帝都でも机仕事ばかりでしたから、力仕事は得意でないのです。あ、計算は得意ですよ?

 非力なのに、ワタクシどうして荷運びしてるんでしょうか。

 身体中がぎしぎし軋んでいます。

 荷受けまで運んでくれたのは騎士の方なのですが、荷物を置くだけおいて、さっさと帰ってしまいました。ついでに地下室に持って行って欲しかったのですがー。騎士の人なら力が有り余ってるんじゃないですか? 服の上からも凄かったですよ、あの筋肉!

 なのに、きらっきらな笑顔で帰っていってしまいました。

 ヒドイです。

 まだ尻も痛いのに。

 しかもこの荷物、載ってた馬車がまた豪華でして。

 ワタクシ、今ほど荷物になりたかったコトはありません!


 それにしても、これは一体なんなのでしょう?

 地下室で厳重に保管されてますが、まだ開けちゃいけないんだそうですよ?





 * 帝国歴2576年 秋風月 24日(水)


 ルッカレの街にも少しずつ慣れてきました。

 尻の痛みも徐々に引いてきています。

 湿布って素晴らしいですね!


 この時期帝都はまだまだ蒸し暑いものですが、ここは乾燥して過ごし易いです。

 夜もすーっと涼しくなるし、うっかりすると寒いほどです。

 意外に食事もおいしいです。それに安いし。

 お給料は帝国にいたときと同じ額ですから、すっごく儲かった感じがします。

 ここで精一杯貯金しなければ!


 不満といえば、少々埃っぽいことと新鮮な魚が食べられないことです。魚は塩漬けだけじゃないんだぞー! と声を大にして言いたいです。まあ、海が遠いから仕方がありません。

 あ、あとあの変な味のする香草。あれだけはどうにも受け付けませんでした。

 部屋がまだ片付いておりませんので食事は外で食べていますが、早急に自炊したいです。だってあの香草、どの料理に入っているのかわからないんですよ。

 食事の度にハラハラドキドキするのも疲れます。

 先輩は慣れるよ、って言ってたけど、本当かなあ?





 * 帝国歴2576年 秋風月 25日(樹)


 食べてばかりじゃありませんよ! ワタクシちゃんと仕事もしてます。

 新人は新人なりに、先輩方の邪魔にならないように手伝ってます。

 やっと流れというものがわかってきました。

 こういう案件は誰が担当しているかとか、その程度ですけどね。


 そしてワタクシ、どうやら受付に回されそうです。

 領事館で受付といえば、一般の方々が最初に目にする帝国の顔なワケです。ワタクシの言動ひとつが帝国の評判に繋がるわけですね。先輩方が築き上げた評価を落とすわけにはまいりません。心して取りかかろうと思います。

 先輩方は「無理するなよ〜」と優しいことを仰ってくれます。

 けれど公務員であるからには、あまり悠長なこともできません。早いところ一通りの仕事を覚えなければ。


 それになんといっても、来週は新年度が始まりますから!

 年度明けはなにかと忙しいのです。たくさん人が来て、この申請はどこに出せば良いのかとか、締め切りはいつだとか、他にもいざこざに巻き込まれたりする人も多いそうです。

 それらの人を捌くだけでも大変なんだとか。

 あ、それで受付なのか。





 * 帝国歴2576年 秋風月 26日(金)


 あの大量の荷物は、全部お金でした。

 地下の小部屋が2つ、天井までお金で埋まってます。

 なんか震えが止まらないんですが。

 怖い。


 そして領事が明日大切な話があるから少し遅くなると言っていました。

 なんだろう? 嫌な感じ。





 * 帝国歴2576年 秋風月 27日(地)


 もうなにも考えられない




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