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ひととせ  作者: SET
2/4

 真木先輩はここのところ、放課後の教室で友人たちと一緒に勉強しているらしい。大学受験の対策で忙しいはずなのに、毎日顔を出し、夜八時を過ぎる練習後のストレッチにも、必ず付き合ってくれる。ときどき、投げ込み練習に付き合うため、

「勉強ばっかじゃ気が滅入るしね」

 と言いながら、早めに来てくれることもある。俺の見えない所で練習しているのか、真木先輩のキャッチングは、春先よりも段違いに上手くなった。左手を痛がる素振りも減り、気持ちよく投げられる。

 特別教室が集まっている校舎の裏。一般の民家に面しているそこは、夏だと言うのに日当たりも悪くじめじめしていて、好き好んで人が来る場所ではない。

 そこで、俺たちは、練習を始めた。

 部費も出ないなか、毎回どこかのグラウンドを借りているほど資金に余裕はない。グラウンドの使用許可が出なくても、要するに、見つからなければいい。日当たりが悪いなりに生い茂る雑草を真木先輩と協力して全て抜き去り、準備をした。一塁から二塁までの直線しか再現できなかった、ベース配置。多少、曲がれる余裕を持たせたから、かろうじてベースランニングの練習はできる。そこから間隔を空け、マウンドも設置した。さらにマウンドの十八.四四メートル先に、ホームベースと、防護ネット。勝手に持ち出したラインマーカーで引いたバッターボックス。

 マウンドを作ったときは、園芸部からスコップを借り、周りの土を掘り返して、マウンドとなる場所に積み上げた。近くの水道から、教室の掃除用具入れにあったバケツを使って水を運び、その水とスコップで土を固めた。そんなお手製のマウンドは、グラウンドにかつてあった――今は平らに均されてしまった――マウンドよりも、安定感に欠けていた。しかしそれでも、久しぶりのマウンドの感覚には興奮し、作り終えた日は、防護ネット相手にかなりの球数を投げ込んだ覚えがある。

 マウンドを作り終えてから二ヶ月以上が経った今日も、ナイター設備どころか夜灯すらもない、校舎裏の薄暗い空間での練習に、真木先輩は付き合ってくれた。

「おつかれさま」

 更衣室がないので、着替えは、備品を覆うために買ってきた、青いビニールシートの上。そこでいつものように制服のズボンに履き替えてすぐ、真木先輩はスポーツドリンクを渡してくれた。最初の頃こそ、真木先輩は気まずそうに目を逸らし、俺も何だか申し訳なさを感じていたが、今ではお互いに慣れた。

 投球練習に付き合う時はジャージ姿の真木先輩も、更衣室がないのは、同じ。けれど彼女は、半袖のTシャツの上にブラウスを羽織って、学校指定のハーフパンツの上にスカートを履くだけでいい。それからハーフパンツを脱げば、もう帰り支度だ。

「今日やってるのは中日対巨人だよ」

「へえ。先発は誰ですか?」

「ローテ通りだと山本昌対西村かなぁ……。四番のブランコは東京ドームと相性いいからね。打線爆発が楽しみ」

「どうせ、外めの変化球で釣られて終わりですよ。三振、ショート併殺、三振、レフトフライ」

「あ、いま、ブランコを馬鹿にしたな? 忘れちゃいけないのは西村にそんなコントロールがあるかってことだよ」

「球威がありますからね。高めでも釣れます」

 俺はどちらかというと巨人びいき。真木先輩は、本拠地のナゴヤドームへ応援に行ってしまうほどの中日ファン。

「けど、今から帰っても終盤しか見れなくないですか?」

「日曜に、ノートパソコンで予約録画する方法を親戚のおじさんに教えてもらったの。明日から学校に持ってきて観るんだー。あ、ちゃんとイヤホンつけるから練習の邪魔にはならないよ」

「明日は、イヤホンつけないでください。俺の予想が外れてないか確かめたいので」

「よし、じゃあ、四打席当てるのは流石に厳しいから、ブランコが三振するかしないかで、予想」

「絶対、三振します」

 最近は、ある程度、砕けて話が出来るようになった。真木先輩も、苦笑いだけでなく、くるくると表情を変えてくれるようになった。入江先輩が居たころには、入江先輩と真木先輩が心底楽しそうに話をしていた。二人は付き合っている、というのが他の三年生部員の間での共通認識だった。そのこともあり、どこか二人の会話に割って入るのを遠慮していた俺は、ときどき振られた話に応える程度で、真木先輩個人とは、それほど話したことがなかった。

 話すようになって分かったのは、真木先輩は本当に野球が好きだということ。練習の休憩中に話すことも、プロ野球の試合結果や、スポーツ新聞などで仕入れた選手同士の逸話、近場の高校のエースピッチャーの噂、より効率のいい練習方法、とにかく野球に関連することばかり。

「わかった。何賭ける?」

「え、賭けるんですか」

「当然」

「分かりました。俺が勝ったら、スポーツドリンク十日分で」

「遠慮なしだね。じゃあ私が勝ったら……」

 真木先輩は、唇に右手の小指をあてて考えている。

「後で考える」

「なんか、怖いですね。まあ、ブランコは一日一善的なノリで三振するから、俺が負けることはまずないでしょうけど」

 それからしばらく黙って歩き、いつものように、駐輪場で別れた。

 翌日の真木先輩は、宣言通り、ノートパソコンを鞄に入れて持ってきた。充電は済ませてあるそうで、録画してある映像が終わるくらいまでなら持つという。

 第一打席。短距離ダッシュを繰り返して肩で息をしている最中に聞こえてきた実況によれば、結果はフォアボール。ピッチャーは西村。

 第二打席。五十メートルの距離を決められた時間内に往復する"十キロシャトルラン"。真木先輩が考案したそのサディスティックな練習を、息も絶え絶えにこなしている最中、またフォアボール。ピッチャーは西村。

 第三打席。防護ネットのすぐ近くでボールを投げこみ、投球フォームの意識付けを行っていると、レフトスタンドへのホームランを告げる実況の声。ピッチャーは野間口。

 第四打席。真木先輩が容赦ないスピードで上げる正確なトスを、バットで打ち込んでいるとき、元プロの解説者は、簡単にショートへの併殺打に終わったブランコに苦言を呈していた。ピッチャーはマイケル中村。

 試合終了。六対一で中日の勝利。

「ブランコ、大活躍でしたね。一打点、三得点か」

 練習を終え、駐輪場まで歩く。

「私の勝ちだね」

「で、俺は何をすれば」

「私とデートして」

「え?」

 思わず、隣の真木先輩を見遣る。入江先輩とはどうなったんですか、と言い掛けると、真木先輩はいたずらっぽく笑った。

「冗談だよ。今度の土曜、夏大の予選、一緒に見に行こ。入場料は学生二百円だから、それを達吉くんにおごってもらいます」


 前日に選んでおいた服に着替えて、待ち合わせ場所の、市民球場前。

 十分くらい余裕をもって行ったが、真木先輩の方が早かった。真木先輩は、くすんだ白色を基調にした袖なしチュニックに、膝下まである黒のレギンスの上下だった。レギンスにかかる部分は、フリルっぽい生地のスカート状。被っているキャップには、サーベルに貫かれたシャレコウベ。黒のカバーで覆われた細長い棒状のカバーを、コンクリートの上に置き、右手で抱き留めている。

「お、時間前行動。感心だね」

「そのでかい荷物、何ですか?」

「ああ、これ? ビデオ用の三脚。他校でマネージャーやってる子に、見に行くなら録ってきてって頼まれたの。あ、入場券、買っておいた」

 真木先輩は三脚を抱えたまま器用に手を動かすと、バッグから入場券を取り出した。俺もポケットから財布を出し、四百円を払った。ブランコを軽んじた罰だ。

「持ちましょうか?」

「いいの? ありがとう、お願いね」

 入場券を受け取るついでに、三脚の入ったカバーも受け取った。

「先輩、早いですね」

「家が近いから。あと、今は学校の外だから、先輩じゃなくて、真木さん」

「じゃあ、真木さん。中に入りますか」

 真木さんは満足げに頷き、先に立って歩き始めた。

 俺は市民球場の煤けた外観を、大した物珍しさもなく見回した後、真木さんの背に視線を落ち着けた。チュニックの背中は大きく開いていて、細めの紐がクロスしている。そこにかかる髪の隙間から覗くのは、健康的な浅焼け。少しどきりとした。入江先輩の彼女、入江先輩の彼女、と言い聞かせ、髪に視線を固定する。

 肌もきれいだけど、髪もやっぱり……。

「いいとこが空いてる。あそこにしよ」

 俺は慌てて視線を球場内へ向けた。

 応援団以外にも、ぽつりぽつりと人は入っているが、内野の、審判の真後ろに近い席は空いていた。真木さんがそこを指差した。

 俺はなるべく真木さんのことを見ないようにして、小さな階段を下りて行った。六つある横並びの座席、その左から三番目に座った。真木さんは左端に座り、左から二番目の席に荷物を置いた。俺は三脚を足元に置く。他は財布と携帯電話をポケットに入れているだけなので、そのままグラウンドで行われている最終的な整備を眺めた。

神西(かんざい)、去年はベスト16で止まったけど、今年も強いよ。達吉くんは、自分が出ない大会なんて、見たくもないだろうけど……。我慢してね。絶対、その悔しさを無駄にはさせないから」

 真木さんが、呟いた。俺は黙って頷いておいた。

 一塁側には、多野(たの)、三塁側には、神西(かんざい)が陣取り、試合前の円陣を組んでいる。神西は、去年の俺が……二十二失点を喫した相手。神西は相変わらず、全校生徒と野球専門の応援団、そして吹奏楽部を引き連れてきていた。あのとき、俺の高校は誰も来てはいなかった。その日が平日だったこともあるが、試合後、いることが分かったのは、入江先輩の母親と、真木さんの母親だけだった。地方大会の三回戦なんて、もともと観に来る人も少ないが、それでも、悲しくなるほどにアウェーだった。

 去年の出来事のはずなのに、そのときの、球場全体が俺一人を嘲笑い、憐れんでいるような感覚は、なかなか忘れられない。ベンチに戻るときに聞こえた「どうせ負けんなら早く終わらせろよ」「あのピッチャー、ゴミじゃん」という声も耳の奥底に蘇るような気がした。多野を応援しようと心に決め、黙って試合開始を待った。ただ、多野のことは、同じ地区の公立高校だということしか知らない。

 双方のベンチから、掛け声とともに選手が飛び出した。互いの対戦相手と、審判に対して帽子を取って挨拶。グラウンドとベンチにそれぞれが散って行った。

 一回表の神西の攻撃はもう、去年の出来事を再現しているような印象だった。とにかく、容赦のないタコ殴り。九番打者に満塁ホームランを打たれ、マウンドの上でがっくりと肩を落としている投手が、去年の俺と重なった。その投手に対して、フィールド上の選手が、ベンチの選手が、激励の声を出す。まだまだ、これから。神西の応援に掻き消され気味なその声だったが、グラウンドレベルの雰囲気は悪くなさそうだ。入江先輩の姿も浮かんだ。

 一回表の攻撃がどうにか七点で収まった所で、軽く息を吐いて左を見た。気付けば真木さんは、三脚を立ててビデオカメラで試合を撮っていた。膝の上にはノートパソコン。キーボードを叩いてスコアを記録している。

「いつの間に」

「え、試合始まってからずっと」

「気付きませんでした」

「かなり入り込んでたんだね。その気持ち、刻みつけときなよ」

 真木さんは、微かに笑った。

 俺と真木さんは、それから、神西が二十対五、五回コールドで多野を下すまで、黙って試合を見続けた。

 そして帰り際、真木さんの提案で、近くのファストフード店に寄っていくことになった。試合が終わったのが十一時半で、店についたのは五分くらい後。昼時の多種多様な人の彩りで、中は雑然としていた。クーラーが寒いくらいに効いた店内に入ったおかげで汗は止まった。

「達吉くん、大丈夫? ここに来るまで、ちょっとふらふらしてたけど」

 奥まった二人掛けの席に座る。真木さんが三脚を壁に立て掛けながら言う。

「大丈夫です」

「帽子、かぶってないせいだと思う。観戦だからって油断してたでしょ」

「野球帽以外、持ってないです」

「本当に? しょうがないなぁ、今度、調節可能なの、持ってきてあげるよ。これは気に入ってるからあげないけどね」

 真木さんは笑い、キャップを取った。俺は席から立った。

「じゃあ、俺、注文してきますね」

「あ、私が」

 俺は立ち上がろうとする先輩を制して、レジに並んだ。

「チーズバーガーセット二つ。飲み物はどっちもオレンジジュースで。氷は抜いてください」

 ストックがあったのか、レジで会計をしている間に、注文した商品を、他の店員がトレイに並べていく。財布をしまい、何気なく真木さんのほうを見遣った。携帯用の鏡を手に持った真木さんも俺を見ていて、目が合った。真木さんはすぐに視線を逸らした。たぶん俺も、同じように。

 ……なんか、知らない人と目が合ったときより、気まずかったな、いま。

「取ってきました。待たないで済みましたね」

「後で半分払うから」

 真木さんはそう言うと、早速、ポテトを手に取った。ひとつのトレイを分け合って、それぞれのポテトを食べる。真木さんは、食べている間は喋らない人のようで、黙々とポテトを消化していく。俺もそれにつられて、黙々と。微妙な間だったけれど、不思議と、焦って話題を探さなくてもよかった。真木さんとぼんやり目を合わせたり、周りに座っている人たちを眺めたり、トレイに敷いてある広告を読んだり。気付けば、俺たちより先に食事を始めていた周りの人間の誰よりも早く、食べ終わっていた。

「真木さん、食べるときは無口になるんですね」

 ご飯を食べている間は黙る。それだけのことでも、学校では見られない、新しい一面を見つけたような気がして、なぜだか少し、嬉しい。

「あ、ごめん……。私、ご飯食べ終わった後に喋る方が楽だから。親から聞いたんだけど、小さい頃、飲みこまないうちから喋って、口からぼろぼろこぼして、それはそれは汚らしい食べ方だったらしいよ。それで親が、食事のマナーの中でもそこを重点的にしつけて、食事中は無口に」

 口をペーパーナプキンで拭き、苦笑い。

「達吉くんは、平気?」

「はい。別に、慌てて話すこともないです」

「そっか。よかった。私の知り合いは、黙ってると、慌てたように話題を探す人が多いから。私はそんなに気にならないけど、やっぱり、黙って食べてると気まずいのかな」

「そうですね。変な間になる感じはします」

 お互いにオレンジジュースをすすりながら、他愛もない話を続けた。

 外で見る真木さんは落ち着いていて、いつもよりも、笑顔や口数が目に見えて少なかった。

 時折、愚痴を零す時に見せる冷めた目が、意外だった。学校では多少、取り繕っている部分があるのかもしれない。それとも、大好きな野球が関わってくると、気分が高揚して笑顔が多くなるのか。

 俺も元々、口数の多い方じゃない。それほど会話が盛り上がることもなく、昼食は終わった。真木さんは最後に、自分の分の食事代金を支払ってくれた。

 もっと、話題を考えてくれば良かった。

 つまらない休日にさせたかな、と思いながら店を出る。俺と真木さんは帰り路が逆方向。他の歩行者の邪魔にならない所まで歩いて、立ち止まった。

「今日はありがとう」

「いや、俺も、神西戦は見たかったので。それに、学校の外で会うのも新鮮で楽しかったです」

「私も、楽しかったよ」

 真木さんは笑んでくれた。

 本当だろうか。

「納得してないね。本当だよ。私、学校では元気がいいキャラって思われてて、少し、それに当てはめられて見られるのが……息苦しくなる時があるんだ。別に、特にみんなと違うってわけじゃないのに。でも、達吉くんは……」

 また少し、冷めた目つきで、話した。そして、その途中で、真木さんは、言葉を切った。

「あ、ごめん、今の、忘れて。じゃあ、また練習でね」

 真木さんは苦笑い交じりに軽く手を振り、俺とは逆方向に歩いて行った。

 

 夏休みに入り、整備の際に根こそぎ刈ったはずの特別校舎裏の雑草も、元気を取り戻しつつある。

 夏休みが始まってから三日が経った昼。俺は一時的に練習を中断し、家から持ってきていたゴミ袋を広げ、一本一本地道に抜いていた。受験を控え、早速、塾の夏期講習に通い詰めている真木さんに、雑草を抜くから学校に来てくれ、とはさすがに言い出せなかった。

 刈り取れば早いかもしれないが、根っこごと抜かないと、また、すぐに生えてくる。炎天下の中、一人で、ひたすら、雑草と向き合い、抜くだけ。ただそれだけのことだから、精神的に、きつい。本当は、太陽が校舎裏に届かない、朝のうちにやるつもりだったけれど、太陽のない間にちょっと練習しようとしたら、やめるタイミングを逸して、結局、いつもの昼休憩の時間まで練習をしてしまった。

 球を投げる左手の指を蚊に刺されたりしたら、変な癖がついてしまうので、軍手を三枚重ねてはめ、虫よけスプレーもしっかり吹きかけた。たまにスプレーをかけ直し、そしてまた雑草を抜く。夏場のユニフォームは、上は半袖だが、ズボンは年中そのまま。そのせいで体温が上がってしょうがないのに、軍手の三枚重ねも加わる。叫んで軍手を取って、ユニフォームも、何もかもを脱ぎ捨てたくなる。身体を滴り落ちる汗の量が多すぎて、水を頭からかぶったようにも感じる。それだけ水分が流れ出ているのに、日に焼ける肌はしっかり痛い。

「だああ!」

 まだ半分以上残っている雑草と目が合い、苛立ちが口から洩れた。両手に握っていた雑草を地面に投げつけ、立ち上がった。終わる気がしない。

 一旦、休憩。校舎裏の、コンクリートで作られた広い出っ張りに座った。後ろ手をついて、空を見上げる。太陽とまともに目が合い、眩んだ。黒に近い紫色の斑点が、視界の大半を覆った。目を何度も瞬かせながら、手探りで、すぐ近くにあるクーラーボックスに手をかけた。家で凍らせてきたペットボトルのうちの一本を取り、首にあてる。

 しばらく目を閉じ、痛いほどの冷気に浸っていると、手に何かが触れ、ペットボトルが俺の手から引き抜かれた。驚いてすぐに目を向ける。なびく灰色のスカートと、ふとももが目の前にあった。視線をあげた。

「練習したあとに、これだけの雑草を抜こうとするなんて信じられない。こういうときこそ、マネージャー、呼びなよ」

 真木さんは呆れたように言った。そしてペットボトルを自分の首筋にあてて気持ち良さそうに目を閉じた。

「雑草くらいで呼ぶのは、申し訳ないです」

「後でスケジュール渡す。夏期講習ない時は、だいたい、見に来る予定だから。してほしいことがあったらメールして」

 制服に身を包んだ真木さんの顔にも、汗が滲んでいる。ふだんと違い、白いブラウスのボタンが二つ外れていて、肌がちらつく。タイも締まっていないし、ベストも着ていない。汗で張り付いたブラウスから、水色の下着が透けて見えている。

「真木さん、それ、もう一つボタン閉めたほうがいいですよ。蚊に刺されます」

 俺は、足元の雑草に目を向けた。

「えー、開けてると少しは涼しくなるんだけどなぁ」

 文句を言いつつも、ボタンを閉めたようだった。

「ベストは持ってきてないんですか」

「暑くて着てらんない」

 真木さんは、ペットボトルを俺に返した。そして地面に飛び降り、雑草を抜き始めた。きっと、ジャージも、持ってきていないんだろう。夏場の真木さんは無防備過ぎて、嫌になる。

「真木さん」

 俺はそう呼びかけた。虫よけスプレーをポケットから取り出して、振り向いた彼女に放り、地面に降りた。

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