再会 2
「紹介が遅れた。俺は狛犬一族の天道寺恭。久しいな、花嫁殿」
ガゼボの中で待っていたもう一人が、私達に笑いかける。
栗色の短髪を片側だけ後ろに流し、紺地の軍服を身にまとっている。この方も端正な顔立ちで、カラスのお兄さんほどは鋭いお顔ではないものの、どこか柔らかさを兼ね備えたイケメンだ。たくさんの勲章と銀の飾緒が日の光にキラキラと反射する。
「軍服?狛犬一族は軍部の一族なの?」
桜子が問うと狛犬の当主が答える。
「ああ、我ら狛犬、神の守護が一族の定めだ」
狛犬さんが椅子に座りながら言う。
「それは皆同じ。得意な事と、方向性が違うだけです」
妖狐の笹音さんがむすっとした声で答えた。
「笹音に月宗に、恭ね。あともう1人いるはずよね?以前もいなかったけれど」
「ええ、龍の当主は気まぐれですので…………我らよりも神格が高いためご進言もできず……不快に思われたのなら私から謝罪を」
「いいえ?お会いした事はないし、べつにかまわないわ?」
ポンポンと流れていく会話に頭がついていかない。
私の隣に座る烏の当主さんは飄々とした態度で紅茶を飲んでいる。
あの時のお兄ちゃんなはずだけれど、忘れられているかもしれないし、話しかけづらい。
「次期当主が変更になったのはカラスだけ?」
桜子が笹音さんに聞く。
そういえば、あの時は耀って人が次期当主と紹介されて、お兄ちゃんはスペアだって言っていた。同じだねって話した記憶がある。
「そうですね。八咫烏の青幽殿の所だけです。後は…………既に私と青幽殿は当主の座についております」
「ふぅん」
桜子が興味なさげに答える。
それを笹音さんはニコニコとみている。
「月宗様、ご用意整いましてございます」
先ほどの執事のお爺さんがカラスの当主さんにうやうやしく何か報告をした。
この執事さんはなぜか彼にだけすごく気を遣っている。
「ああわかった。待たせておけ」
「御意に」
「花嫁殿、庭園を案内するか?」
「え~来たばかりじゃない!ちょっと休憩したいわ?」
カラスさんは桜子にうなずいて見せ、私を見る。
「あ、わた、私は……」
カラスさんと目が合う。鋭い目が、優しく細まって私を見る。
「あ、行きたい、です……」
私の返事に桜子はさほど興味が無いようで、もう笹音さんと恭さんと談笑を始めている。
私と違ってコミュニケーション能力が高い妹は、どこでも話の中心だ。
手を差し出されて、これであっているのかとためらいながらも上に手を重ねると、流れる様にふわっと立ち上がらせエスコートしてくれた。
ガゼボから出て、私の歩幅に合わせて小道を歩いてくれている。
庭を案内、と言っていたのにカラスさんは何も言わない。
皆が見えなくなり、なおもまだ歩く。
——手入れのされていないエリア。
——彼と出会った場所。
「結衣、会いたかった」
「っ————」
低く掠れる声が脳を溶かしていく様で困惑する。あの時の高い声じゃ無いのに安心する。
「————つき、むねさま……」
「ああ、あの時は烏とだけ伝えたんだったか。ようやく会えた、結衣」
「もう、スペアじゃないの?当主って……」
あの時は彼が兄上と呼ぶ耀という人がいた。だから彼は会場に入れないと言っていたはず。
「ああ、今は俺が当主だ」
「私はまだスペアのままだよ」
「花嫁に優劣はないぞ」
そうかな。
桜子は巫女としても優秀だ。
三歳で神託がおりたあの日から、私も桜子も月に何度か各地の神社に巫女として参拝する仕事がある。
桜子が参拝する日は、人々が大勢押し寄せる。
彼女の祝詞には邪気を払う力があって、就活が決まった、とか子供ができた、とか、中にはDV男から離れられた、とかそんな話がSNSを中心に広がったからだ。
ちなみに私にはそんな力はない。
同じ巫女の着物を着て、祝詞は覚えたけれど言ってるだけ。何の効力もない。
「あの時は、ありがとう」
「おう」
話し方がどんどん崩れていくのが面白い。
「今回は離れた別の部屋を用意させた。あの時は人間の持ち物だったから耀に言っても対処してやれなかった」
桜子と同じ部屋だった事を言ってるのかな。
「この洋館?今は人間の持ち物じゃないの?」
「ああ、俺が買い取った」
「え!?この日の為に?私達、ここには数日しかいないんだよね?」
「ああ」
この屋敷での私の部屋の位置を決める為にここを買い取ったということ!?
「何日使うかなんて関係ないだろ、その方が守りやすいってだけだ」
唖然とする私の頭をポンポンとする。
雑誌から抜け出た様なイケメンがまっすぐに私を見る愛おしそうな目に余計に面食らってしまう。
「あ、あの、あの時もらった口紅!大切にしてて!お稽古の発表会にだけ付けたの。勇気が、もらえる様な気がしてっ!けどっもう無くなっちゃって、どこで買ったのか教えて、ほし」
最後まで言い終わらないうちにガバッと抱き寄せられて気付くと月宗様の腕の中にいる。
「あぁ~~~くっそ!羽がいうこときかねぇ!」
抱き寄せられただけなのに、視界が真っ黒だ。
一呼吸の後、原因が分かって赤面してしまう。
月宗様の綺麗な黒い羽根が私を包み込んでる。ふんわり空気を入れ込んで膨らんだ羽根の中はあたたかくって、森みたいな匂いがする。
「今、持ってるか?」
頭の上から憮然とした声がする。私の頭に顎を乗せて不機嫌そうなのに、羽根はそのままなのが面白い。
「あ、うん、御守りにしてるからいつももってるよ」
持っていた巾着袋から、胡桃の紅を取り出す。
子供に似合うような明るいピンクの紅。数年前までここぞという時に使ってきた。
今は中身が無くなって、可愛らしい胡桃の小物入れになってる。
「預かっていいか?」
「返してくれる?」
上を向くと、溶けそうな笑顔で私を見るイケメンがいる。
会ったのは15年前の一週間だけ。けれどずっとずっと会えなかった恋人同士みたいな気分になる。
そんな気分に、させてくる。
ドキドキする心臓がうるさい。




