ハイキング
「姫様!おかげんはいかがでしょうか!!」
少し開けてあったドアの隙間からひょこっと顔を出したのは、黒いヒヨコ……じゃなくて類君で。
「類君!昨日はありがとうね!?今ちょうど食べ終わったとこなの!入って入って!」
「私は何も…………1日に一度の短い時間しか人型になれないのです……央柱として情けないのですが……」
「そんな事ないよ!あの中で声を上げてくれたのは類くんだけだもの!」
こんな小さな子が、あの恐ろしい雰囲気の中で声を上げることがどれだけ大変だっただろう。
「類くんは、いくつなの?」
「6つでございます!」
「ふふふ、お兄さんだ。そういえば涼風はいくつなの?」
聞いてみるとキョトンとする。
名前を聞いた時は壱と枝で地面に書いたのに。
「涼風様は、お生まれになったばかりかと思います!」
「そうなの?」
「はい!神力が、その様な感じだとご宗主が!」
赤ちゃんか~可愛い。
「おわっ!頂けるのですか!?ありがとうございます!」
見ると涼風が自分のお茶を類君にぐいぐいと押し付けていた。
そういえば、神饌を類くんに下げて欲しいって言われていたんだった。
今日はカラスの姿のままクチバシを突っ込み上手に飲んでいる。
静かに入室してきたレレさんが、涼風を抱きあげてクローゼット部屋に運んでいく。
類君と遊ぼうと手を伸ばす涼風を見て、慌てて残りを飲みほし一緒について行ってくれる類君に苦笑して三人を見送る。
レレさん達はべったりお部屋にいるわけじゃない。私と涼風がご飯を食べたり遊んだりし始めると席を外す。私と涼風が2人でいる時間を大切にしてくれているのが分かる。
そういう優しい気遣いが、とてもありがたい。
◇◆◇
「類君これ、迷子になるやつ…………」
案内役をかって出てくれた類君に連れられてお屋敷をまわっているけれど、もう既にどちらから来たかもわからない。
「大丈夫です!涼風様が全て把握なさっております!」
えぇ?そうなの?
1日でまわりきれないんじゃないかってほど広いよ?
平屋の日本家屋だけれど、廊下もお部屋も一つ一つがすごく広い。
広大な土地に建つ無限に広がるお屋敷って感じ。
台所もレストランの厨房かなってぐらい広かったし、食堂まであった。
図書スペースも道場まであってお屋敷内で働いている使用人もいっぱいいる。
全員が私を見ると足を止め、その場にひれ伏していく。
挨拶をしようとしたら類君に止められた。
すごく変な気分。
月宗様のお家というより、どこかのアミューズメントパークにいるような気分になる。
中庭が何個もあって、一つ一つにテーマがあるのか違った趣があり、広い外庭には蔵が10個もあるそう。
「す、涼風、お部屋までの道、わかる?」
元気一杯私の腕の中で手を挙げる涼風は、蜂の着ぐるみをきて楽しそう。黄色いポンポンのついた触覚がふわふわ揺れて私の顔をかすめるのがくすぐったい。
「類くん、どこか高い所ないかな?」
迷路のようなお屋敷と、あわよくば里が見渡せたらいいのだけれど。
「ご宗主様が神事を行う八重の塔がございますよ!一番上がちょうど展望室になっております!」
広すぎる終わりの見えない庭に降りて、八重の塔とやらを目指す。
庭に降りて直ぐに目に入る高い建物。
豪華で、金箔と黒の五重の塔の8階バージョン。
庭が広すぎて目的地までがハイキングだ。
涼風を抱き、パタパタと類君が横を飛ぶ。
八重の塔は一階に祭壇があり、2階から上は空洞。八階部分だけが展望室になっていて、グルグルと螺旋階段を上がっていく。
「わぁ、高いね!」
眼下に広がる広大な御屋敷と、その奥に見える街並み。日本家屋に洋風な街灯が建ち並ぶ。和風モダンな街並みは映画のセットみたい。
小さな村みたいなものを想像していたけれどもっと大きい。この高さからじゃ終わりは見えないぐらいだ。
「ここだけではなく、他にもこのような八咫烏の里がございます!」
へぇ、そうなのか。思ったより規模が大きい。
「あれ?あそこは?」
月宗様のお屋敷の裏、広い広いお庭のずっと奥。背の高い木に囲まれてるけどここからなら見える。
淡い珊瑚色の漆喰の家。
荘厳な日本家屋の中にあって、急に絵本から飛び出たような可愛らしい二階建てのレンガ屋根のお家。
「あ…………そこは、私の実家のようなもので…………母が住んでおります」
「あれ?そうなの?ご挨拶したいけど急に行ったらご迷惑になるかな?」
「そんな事は!!兄の気配も致しますし、姫様がよろしければご案内いたします!」
夜臣さん?
類くんが私の側に付くことになったし、ご挨拶はしておきたいなぁ。
「まいりましょうか!」
さぁ、またハイキングだ。




