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赤ずきん君とチャラ狼

作者: 零壱
掲載日:2026/04/07


 

 


 ある日赤ずきん君は、森に住むおじいさんの家へ向かっていました。

 おじいさんは猟師ですが、先日の雨で弛んだ地面に足を取られ、足に怪我をしてしまったのです。


「森には最近、悪い狼が出るようだから気をつけるのよ」


 お母さんが言います。

 そして喉の前で下向きに立てた親指を、勢いよく横に引きました。


「あんまりしつこかったらヤっちまいなさい」

「はい、母上」


 赤ずきん君はしっかりと頷きます。

 真っ赤な頭巾と体を覆うローブの下、腰元に仕込んだ投げナイフと短剣を見せて可憐な微笑みを浮かべました。


「僕に油断はありません。どうぞご安心を」






 おじいさんの家は山の中腹にあります。

 赤ずきん君が大きな瞳で辺りを警戒しながら、足早に登っている時でした。

 ガサガサと茂みが揺れたかと思えば、背が高く逞しい、頭部から真っ黒い縦長の耳を生やした男が出て来たのです。


「かーのじょ!どこ行くの?一人?」

「………」

「あれ?もしかして男?うわ、すっごい可愛いね。ね、俺とデートしようよ」


 にこにこと愛想良く声を掛ける、なんとも軽薄な狼です。

 これが噂のと、つい目がいってしまうぶんぶん揺れている尻尾から無理やり視線を外します。

 触ったらもふもふしていそうな綺麗な尻尾ですが、赤ずきん君は惑わされません。


「断る」

「少しくらいいいじゃー……いでででで!?」


 きっぱりと断ったのに不躾に伸びてきた手を、赤ずきん君は容赦なく捻り上げました。


「軽薄な狼は、嫌いだ」






 おじいさんの家に着き、執事さんにお母さんからの届け物を渡します。

 おじいさんの家はお城のように広く荘厳です。

 何人もの使用人が働いていて、誰も彼もが赤ずきん君の訪れを歓迎してくれました。

 執務室に案内された赤ずきん君は立派な口髭を携えたおじいさんにソファを促され、合図を受けた侍女により、目の前にささっと紅茶や焼き菓子を用意されます。


「よく来たな、赤ずきん。さあ、喉が渇いたろう。ゆっくりして行くと良い」

「ありがとうございます。お怪我は如何ですか?」

「何、大した事はない。一ヶ月もすれば折れた骨もくっつくさ」


 おじいさんは包帯でぐるぐる巻きに固定された左脚を示し、豪快に笑いました。

 怪我は心配ですが、とても元気そうです。

 赤ずきん君はホッとしました。

 それでつい、途中出会った狼の話をしてしまったのですが、途端におじいさんは丸太のように太い腕を組みながら難しい顔をします。

 曰く、件の狼は見た目の良さを活かし、何人もの人間を惑わしているのだとか。

 確かにあの真っ黒いもふもふ尻尾の魅力は非常に高いと、神妙に頷きました。


「可愛いおまえが毒牙にかかってはいけない。怪我が治ったら懲らしめてやるから、此処に来るのはやめなさい」


 大きな手で頭を撫でるおじいさんに、赤ずきん君はいいえと首を振ります。


「あんな軟弱そうな狼に遅れを取ったりしません。明日も来ます」

「だが……いや、確かにそうかもしれんな。しかし、十分気を付けるんだぞ?」

「はい、お祖父様」


 帰りはどうしてもと言われ、おじいさんの家で働く騎士達に送られました。

 行きたくて行っているので困りましたが、心配してくれる好意を無下(むげ)には出来ません。

 迎えだけはなんとか断り、騎士達を見送りました。






 翌日。

 母からの見舞いの品を籠に持ち、赤ずきん君は山を登っていました。

 やはりガサガサと茂みが揺れて、昨日会った狼がにこにこと顔を出します。

 相変わらずぶんぶん揺れている尻尾に、赤ずきん君は、ぐ、と唇を噛み締めました。


「こんちは!聞いたよ、赤ずきんちゃんて言うんだね。お城の子なの?途中まで一緒に行こうよ」

「………」

「え、無視?」


 昨日の今日で一体誰に何を聞いたのでしょう。

 狼の開いた胸元には、昨日は無かった筈の幾つもの赤い痕が刻まれていて、目を逸らします。

 赤ずきん君はとても嫌な気持ちになりました。

 その尻尾は、赤ずきん君の前以外でも揺れるに違いないのです。


「ふしだらな狼は嫌いだ」






 しかし翌日も、そのまた翌日も、狼は懲りずに現れました。

 最初は良く見た首筋や胸元の鬱血はすっかりなくなり、指摘しただらしない服装もきちんと整えられるようになりました。

 狼は赤ずきん君の言葉を、きちんと聞いてくれているみたいです。

 そんな日が三週間も続けば、流石の赤ずきん君も少しだけ絆されます。


「赤ずきんちゃん、こんちは!」

「……こんにちは」

「!?」


 赤ずきん君が挨拶を返すと、狼は目を丸くして息を呑みました。

 少し気恥ずかしくなってきます。

 足早に歩き出した赤ずきん君に、狼は慌ててハンカチに包まれた草の束を差し出しました。


「あ、待って待って。おじーちゃんケガしてんでしょ?これ、良く効くんだって」

「……ありがとう……」

「うん!」


 赤ずきん君がお礼を言うと、狼は嬉しそうにはにかみました。

 尻尾はいつもよりたくさん揺れて、耳も忙しなくピクピクと動いています。


───触ってみたい。


 赤ずきん君は素直にそう思いましたが、少し距離を空けて隣を歩く狼は、機嫌が良さそうに取り留めない事を話しています。

 邪魔するのも気が引けて、狼の声に耳を傾けました。






 いつものように歓迎され、紅茶と焼き菓子を用意されたテーブルの前。

 ソファに座った赤ずきん君は、対面のおじいさんに狼から貰った草の束を差し出しました。


「お祖父様、これは怪我に効くそうですが、こちらのお医者様なら使い方は分かるでしょうか?」


 赤ずきん君は食べられる草や木の実なら分かりますが、薬草の煎じ方は知りません。狼の好意を無駄にしたくなくて、おじいさんの家にいる博識な医者ならばと思ったのです。

 ところが、おじいさんはいつかのように難しい顔をしてしまいました。


「お祖父様?」

「赤ずきん、こいつをどうしたんだ?」

「森の狼がくれました」


 狼が?と唸る声に、赤ずきん君は段々と不安になってきます。


「お祖父様?それは薬草ではないのですか?」

「薬草だ。とても、貴重な」

「え?」


 ふー、と長い息を吐いたおじいさんは、控えていた侍女に医者を呼ぶように言います。

 それからまじまじと薬草を見つめ、丁寧にハンカチで包み直しました。


「これはな、高い崖の中腹にしか自生しないんだ。育てるのも採取するのも難しい、一枚で大金が飛ぶ代物だぞ。それをこんなに沢山、おまえに渡すなど……もしや、何か取引でもしたのか?」


 探るような鋭い視線に、赤ずきん君は茫然と首を振ります。

 そんな貴重なものだなんて狼は一言も言っていませんでした。ただにこにこと嬉しそうに、いつものように笑っていただけ。


「……狼は、何も……」


 おじいさんはそうかと頷き、それきり医者がやって来るまで黙ってしまいました。

 赤ずきん君もとても話す気になれず、目の前のハンカチを見つめていました。






 その翌日。

 狼に会ったら渡しなさい。

 そう言ったおじいさんに持たされた金貨の袋を籠に入れ、赤ずきん君は山を登ります。

 けれどおじいさんの家が見えて来ても、茂みはガサガサ言わず、狼も現れません。


「……狼?今日は、いないのか……?」


 赤ずきん君は初めて自分から声を掛けてみました。

 しばらく待ってみましたが一向に反応はなく、諦めておじいさんの家に向かいます。


───余り遅くなると、お祖父様に心配されてしまう。


 赤ずきん君は急いで足を動かしました。

 きっと明日には会えるだろうと、そう思いながら。






 しかし翌日も、そのまた翌日も、狼は現れませんでした。

 いつまでも渡せない金貨が、次第に重くなっていく気がします。

 おじいさんの怪我もすっかり治り、日に日に気落ちしていく赤ずきん君に気遣うような視線を向けました。


「赤ずきん、あの狼は元々飽き性なんだそうだ。きっと今頃他の事に夢中になっているんだろう。金貨はまた見つけた時に儂から渡すから……忘れなさい」

「……」


 いつもならおじいさんの言葉に頷く赤ずきん君ですが、どうしてもはいと言えません。

 紅茶にも焼き菓子にも手を付けない様子に、おじいさんは困ったように控えている侍女と目を合わせました。長い息を吐き出して、優しく頭を撫でてくれます。


「此処には来たいだけ来て良いから、そんな顔をしないでくれ」


 赤ずきん君には自分がどんな顔をしているのか、よくわかりませんでした。






 赤ずきん君は、その後も毎日おじいさんの家に通います。

 一ヶ月、二ヶ月が過ぎて、そろそろ冬がやって来そうな気配に白い息を吐きました。

 いくら赤ずきん君でも、本格的に寒くなって来たら一人で山は登れません。

 歩みを止め、いつまでも大切に持っている金貨の袋を眺めている時でした。

 ガサガサと茂みが揺れたのです。

 咄嗟に顔を向けた先、ずっと待ち望んでいた顔がひょっこり現れて。


「赤ずきんちゃん、久しぶッ!?」


 赤ずきん君はその場に籠を落とし、片足がまだ茂みの中にある狼の胸元に飛び込みました。

 ぎゅうぎゅうと抱き締めていれば、少し咳き込んだ狼が優しく頭巾を撫でてくれます。


「どしたー、寂しかったの?」


 どことなく嬉しそうな声に顔を上げると、狼の端正な頬にある切り傷の痕が目に入りました。

 眉を顰めながら腕を解きます。

 そうして茂みから完全に出て来た狼は、いつもより随分と着膨れしているのに、頬や腕は少し痩せたようでした。


「怪我、してるのか」


 しっかりと背中に腕を回した為に、赤ずきん君は気付きました。

 狼は服の下に、包帯と固定の添木を隠しているのです。

 ポツリと尋ねた赤ずきん君に、狼はどこかぎこちなく籠を拾いながら笑いました。


「あぁ、ちょっと転んじゃって。ドジだよねー」


 そんなことよりと、赤ずきん君に渡す籠にハンカチに包まれた薬草を乗せます。

 赤ずきん君は籠を受け取って、包みは狼に差し出しました。


「……おまえの怪我に使えばいい」

「ええ?こんなの擦り傷」

「祖父はもう歩けるんだ。だからもう薬草は要らない!」


 思わず大きな声を出してしまい、ハッとします。

 狼はしょんぼりと耳と尻尾を垂らし、困ったように笑いました。


「そっか!治ったなら良かった良かった。じゃあ、それは赤ずきんちゃん用ね。ケガなんてしてほしくないけど、お守り」

「っ、狼、」


 包みを受け取らず背中を向けてしまった狼に、赤ずきん君は手を伸ばします。

 そうして茂みに入る前にその腰に片腕を回して、出来るだけ怪我に障らないように、けれどしっかりと引き寄せました。


「わ、わわ!?何?どしたの?」

「……おまえに会えないのは、もう嫌だ」


 肩に額を押し付けて告げると、ビクッと跳ねた狼に。

 赤ずきん君はようやく、何故こんなにも会いたかったのか気づいたのです。


「狼、一緒に暮らそう。冬になったら会えなくなってしまうし、春まで待つなんて無理だ」


 赤ずきん君は顎先を持ち上げ、ぺたりと伏せられた耳に向かって訴えました。

 狼はあーとかうーとか唸ったかと思えば、両手で顔を覆ってしまいます。

 垂れていた尻尾が小さく揺れるのが、返事の代わりのようでした。

 赤ずきん君は口許に笑みを滲ませながら、狼の首筋に唇を押し当てます。


「好きだ」

「……俺、も……」


 赤ずきんちゃんが、すっごい好き。

 やっと返って来た言葉に、赤ずきん君はとても幸せな気持ちになりましたとさ。




おしまい




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