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死に切れなかった者たちへ贈る旅〜船編〜

作者: 昼月キオリ


今日、私の家に一通の手紙が届いた。


横須賀中央駅。夜7時。

"死に切れなかった者たちへ贈る旅"



夏島洋子(なつしまようこ)。37歳。マンションに夫と二人人暮らし。

洋子「何かしら・・・」



船の旅のチケットが届く人たちにはある特徴がある。

それは本気で死のうとしたことがあるかどうか。


強い自殺願望、自殺未遂・・・心が壊れてしまった人たちを運ぶ船。



数ヶ月前。自殺未遂をしたばかりだった。

首を吊ろうとしたが上手くいかず、死に切れずにいた。

と言っても、自殺未遂をしたのは洋子ではなく夫の海人(うみひと)なのだけれど。

最初に発見したのは私。





バタン!!ガシャン!!

 


大きな物音が旦那の部屋からして慌てて中に入ると首にロープが巻き付いたまま床に倒れていたのだ。

首を吊っていた照明器具が旦那の重さに耐え切れず切れて下に落下したらしい。



娘の桜湖はその時家にいなかったが、旦那が寝ている時に本当のことを打ち明けた。

桜湖は一瞬驚いていたが、いつかそうなる気がしてたと言った。



妻の洋子は夫が仕事のことで悩んでいることを知っていた。

辞めて欲しいと頼んだが、夫はまだ中学生の子どもがいるからお金が必要だと聞き入れようとせずついには限界を超えてしまった。


自殺未遂をしたその日は一日中洋子に謝り続けていた。


 

今、中学2年生になる娘、桜湖(さくらこ)は祖父母の家に預かってもらっている。

夫がそうして欲しと頼んできたのだ。

祖父母の家に行く直前まで心配そうにしていた桜湖だったが、お母さんに任せるよと言ってくれた。




私は思い切って夫を船の旅に誘ってみた。

私達が住んでいる逗子市からはそんなに遠くないし気分転換になるかもしれないと思ったのだ。

 

夫は最初、断るだろうと思っていたが時間が夕方〜次の日の朝までということで承諾してくれた。

昼間はあまり出かける気にならないのだそう。

確かに、私も疲れてる時は昼間に外へ出るのは嫌かもしれない。

 

この日程なら二人とも二日間休みだ。




 


そしてついに二人は横須賀へ。

駅から徒歩15分。

ようやく船着場にたどり着いた。


すでに人が数名いた。

中学生の男の子と20代くらいの女性が二人。


良かった。そんなに人は多くないみたいだ。

皆んな浮かない顔をしているけれど・・・この人達まだ若いのに・・・。




目の前には一隻の船が見える。


 

船は水色のレトロな見た目だ。

行き先はしっちゃかめっちゃか島と書かれていた。

皆んな首を傾げて頭の上にクエスチョン。

 

"しっちゃかめっちゃか島・・・?"



洋子は思った。

しっちゃかめっちゃか島ってどこ!?ってゆーか何!?

頭の中が大パニックを起こしている。


 

海人「はは、しっちゃかめっちゃか島って何だ」

しかし、隣にいる夫は何故かツボにハマったらしく珍しく笑っている。


まぁ、正直名前はよく分からないけれど、夫が楽しそうだからいいか。

 

 



船に乗り、しばらく走っていると。

船内アナウンス「ア〜♪ア〜♪次は〜しっちゃかめっちゃか島〜しっちゃかめっちゃか島〜ア〜♪」

 

何ともゆる〜い舌っ足らずなペンギンの声が聞こえてきた。



ふざけて流しているのか?と思った一同は船が止まると先頭まで歩き、中を見た。

しかし、そこにいたのは人間ではない。

紛れもなくペンギンだった。

そう、この船の船長はフンボルトペンギンだったのだ。

ペンギンがぬらりくらりと船から降りてくる。

皆んなに挨拶をする。


 

「私はこの船の船長、フンボルトペンギン、ア〜♪

次の日の朝8時に出発する、ア〜♪それまでゆっくり旅を楽しむのア〜♪」



海人「可愛いなぁ」

洋子「え?」



ペタペタと歩き、

小さな帽子を被り、小さなセーラー服に身を包んだその姿は確かに可愛い、可愛いのだけど・・・絶対おかしいわ!!

だって!ペンギンが!ペンギンが喋っているのよ!?

どうして誰も突っ込まないの!


けれど、周りの人達は夫と同じように安心したような顔をしている。

そうか、癒しを求めているから細かいことなんて気にならないのかもしれない。




目の前には白い岩でできた綺麗な街並みが広がっていた。

岩と岩はいくつか繋がっているらしい。


一番最初に目に止まった木でできた茶色の扉の横には看板が付いており、"しっちゃかめっちゃかホテル"と書いてある。

"しっちゃかめっちゃかホテル"は大きな一つの塊の中にいくつも部屋が備わっているようだ。


 

"しっちゃかめっちゃかホテル"、建物とのギャップが凄いわね・・・"

 


「今日はここに泊まるのア〜ア〜♪」

とフンボルトペンギンは言うとペタペタと足音を立てて船に戻ってしまった。



宿の前に取り残された人たちは顔を見合わせる。

戸惑いながらも皆一様に宿の中へ入っていった。


 

受け付けの人(?)は水たまりを立体化したような薄いブルー色に可愛らしい目とにまにまとした口が付いている。

頭には小さな王冠が載っている。

見ようによってはちょっと可愛い?


いや、でもさすがにこれは誰かツッコミを入れるだろう。

と思って待っていたがやはり誰も何もツッコまない。

洋子はもはや一喜一憂している自分がバカらしくなり、考えるのを一旦辞めた。




ホテルは一人一部屋、用意されていた。

洞窟の中もデコボコとした白い岩が剥き出しになっている。

緩やかなカーブな為、触っても大丈夫だ。


洞窟を進んでいくと私達が泊まる部屋が見えた。

私と旦那はツイン部屋だ。

アンティーク調の綺麗な部屋には大きなベッドが二つ、

ソファと椅子が二つ。

ちょっとしたお城にいる気分だ。



宿で夕飯を食べた。

夕飯と朝食が付いているとのこと。

夕飯はオムライス、パスタ、コンソメスープ、コーンスープ、ハンバーグ、ピザなど洋食で

ブュッフェスタイルだった。


味は料亭かと思われるくらいに美味しかった。

それだけで心がほっと温かくなった。



夜、星が綺麗だと聞いていた私達は外へ出ることにした。

海人も大人しく着いて来る。何だかちょっと可愛い。


宿の外に出ると空中に浮いているクラゲを見つけた。

自分の居場所を示すかのように光を放っている。

 

洋子「あら?何かしら・・・」

海人「クラゲじゃないか?」

洋子「ああ、確かによく見ればそうね」



夏坂「ミズクラゲって言うんだ」

すると、後ろから声がして二人は振り返る。


洋子「え?」

夏坂晴舞(なつさかはるま)「あ、すみません急に」

洋子「君は・・・同じ船に乗っていた子よね?」

 

少年は頷く。


洋子「えーと、お名前聞いてもいいかしら?」

晴舞「夏坂晴舞です」

洋子「私は夏島洋子よ、こっちは旦那の海人、晴舞君はクラゲに詳しいのね」

晴舞「クラゲ、好きで・・・変ですよね」

洋子「そんなことないわよ、ねぇあなた」

海人「ああ、好きなものがあるのはいいことだよ」

晴舞「あ、ありがとうございます・・・」



そうか、この子も自殺未遂したのよね・・・。

前髪が長くて大人しい感じの子だけど素直でいい子だわ。クラゲの名前教えてくれたし。

 

洋子は自分の娘と同い年くらいの男の子を見て居た堪れない気持ちになり、放って置けなかった。


そんな私はクラゲについて少し聞いてみることにした。


洋子「ねぇ、ミズクラゲってどんなクラゲなの?」

晴舞「ミズクラゲは真昼の空の海月のようなクラゲで

出会う群れは結構アクティブなんです」

洋子「へぇ、のんびりしてるイメージだったけれど違ったのね」

晴舞「はい、ミズクラゲは僕達の目には海に揺られているだけのように見えるけど、ただ流されてるだけじゃないんです」


海人「ただ流されてるだけじゃない・・・か」

ポツリと海人が呟く。

と、その時。


晴舞「あ!」

洋子「え?」


少年が急に驚いたように声を出し、空を見上げた。

するとそこには・・・。

 

先程まで一匹しかいなかったミズクラゲが大群になって泳いでいる。

空から空へ。一匹ずつ向かう方向が違っていた。

ミズクラゲ達が夜空をキラキラとした輝きで飾っている。


洋子「まぁ綺麗・・・」

海人「ああ、綺麗だなぁ・・・」

隣を見ると海人の目から涙が流れていた。

洋子は気づかないフリをして「そうね」と続けた。



 

部屋に戻った後、そこには久しく見ていなかった妻の笑顔があった。

ニコニコしている洋子を見て海人は質問する。

海人「楽しそうだな」

洋子「ええ、だってこんなに素敵な宿に格安で泊まれて

綺麗なクラゲも見れたんだもの、隣にはあなたがいるし」

海人「!そうか・・・」


 


海人はこの旅を通して気付いたようだ。

自分が不幸になったら周りの人も不幸になるということに。

勝手に頑張って勝手に悩んで、自殺未遂までして家族を悲しませて自分は何をやっていたんだと。

そうだ、この頑張りは"いらない頑張り"だったんだと

この旅を終えて海人はようやく気付いたのだ。





次の日の朝。

朝起きた海人が洋子に話しかける。


海人「なぁ、洋子」

洋子「どうしたの?」

 

海人「俺、仕事辞めるよ」

洋子は一瞬驚くも「そう」と短く返す。

海人「次は無理をしないで働ける会社を探すよ、

これからは給料下がると思うけどそれでも俺の側にいてくれるか?」

洋子「ええ、もちろんよ、当たり前じゃない」

海人「ありがとう」

 

海人のその笑顔にようやく彼の重荷が降りたのだと分かり、洋子はホッとするのだった。






帰宅後。

娘に戻って来て欲しいと海人から頼んだ。


海人「桜湖、お父さんな仕事辞めることにしたよ、無理せず働ける場所を探そうと思う、

それでこれからお給料下がると思うんだ」

 

そう正直に伝えると桜湖は言った。


桜湖「お金よりお父さんが元気な方が大事だよ、

お父さんがいない未来なんて意味ないよ!」

 

そう言われて海人は涙目で頷いた。


洋子は泣きそうになるのをなんとか堪えた。

洋子「さ、ご飯にしましょう」


桜湖「今日のご飯なにー?」

洋子「今日はねー、ビュッフェスタイルにしようかと思ってるの、と言っても残り物と簡単なものの寄せ集めだけれどね」

桜湖「えー!色々なの食べれるの?楽しみ〜!早く食べたーい!」

洋子「はいはい」


洋子は微笑むと夕食の準備に取り掛かった。



こうして三人の温かなビュッフェが始まったのであった。

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― 新着の感想 ―
夜空を彩るミズクラゲたち、とっても綺麗でしょうね。 この旅を終えて海人の心が穏やかになってよかったと思いました。 仕事は生きるためにするものであって、仕事をするために生きるのではないと私は思うのです。…
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