本庄 凛(ほんじょう りん)2-1
祥子さんに不謹慎な言葉を注意された後、肝心な事は何一つ思い出す事も出来ず、まして本も読む気にもなれず、椅子の背もたれに体重をかけてゆらゆら揺れていた。
「お母さんに見られたら…怒られるだろうな」
ぽそっと呟いた。
今回の声は祥子さんに聞こえなかったらしく、何も言われない。
首だけ動かして、祥子さんが居るバスルームの方を見る。
ドアが開かれたままだから、タオルを補充している祥子さんの背中が見えた。
その背に母親を重ね、もう一週間会っていない事を寂しく思う。
「お母さん…元気かな…大丈夫かな」
学校で襲撃に遭った事で、この世界は危険に満ちていると実感した。
そうなるとやっぱり身近な人達が無事なのか、大丈夫なのか心配と不安が襲って来る。
今日にでも、父に聞いてみようと思いながら、窓越しに空を眺める。
暗い、どんよりとした色の空。
そこから激しく降りそそぐ雫…雨はまだ止みそうにないなと思う。
「危ないですよ」
椅子が起こされた。
「座るならちゃんと座ってください」
洗濯物の籠を脇に抱えながら、注意する彼女は「お母さん」の様。
でも、大人の女の人って全員そんな感じがする。
子供がいる人はもちろんなんだけど、子供がいない人でもそうだと思う。
体育の先生も保健室の先生も、音楽の先生もそうだった。
だからか、男子が甘えてる様な態度でいた事もあったっけ。
怜と誠也はそんな事はなかったけど…。
「祥子さんって子供いるの?」
「いませんよ」
「でも、お母さんみたい」
「そうですか?」
黙々と私の身の回りの…出来ていない所を、片付けたり整理したりしている。
「大人の女の人って誰でもそんな感じがする」
「大体そう、育てられますからね。今は『男の子だから』とか『女の子だから』が減りましたけど、一昔前はもっとうるさかったんですよ」
「男の子だから良いとか、女の子は走っちゃダメとか?」
「ええ。今も完全に無くなった訳ではないですが、研究は男の仕事だとか、女は家庭にとか…ね」
祥子さんは苦笑いを浮かべた。
だいぶ言われて来たんだろうなと、予想が出来る。
何だか一層、空が暗くなった様に感じた。
「仕事は好き?」
ちゃんと座りなおして、彼女の方を向いた。
「えぇ…そうですね、好きです」
そう答えながら、眉毛が眉間に寄っている。
本当は好きじゃないのかな。
それとも、好きだけれど嫌な事もあるって事かな。
私達の学校生活と同じ様に。
「質問は終わりましたか?」
祥子さんがドアの前でこちらを向いた。
ドアの向こうは外へ出る廊下…私は行けない所。
ドア一枚だけれど、遠いな。なんて思いながら頷く。
「では、また来ますから…」
ドアが閉まる直前に、微笑んで会釈をしながら閉める。
ガチャンッと外から鍵が掛かる音がした。
雨の音だけがするこの部屋に、1人で取り残された気がした。




