橘 誠也(たちばな せいや)3
しゃがみ込み、落ち着きを取り戻そうとしている頭が、何かを出し続けようとする胃との闘いに苦しんでいると、背中に温かいモノが触れた。
後ろを振り返ると凛がいた。
「大丈夫?」
背中を摩ってくれる。
頷きたいが、まだ嘔吐きは治まらなかった。
「こっちへ…」
俺の身体を支え、職員室の奥のパーテーションに囲まれた洗面台まで、連れて行ってくれた。
途中瓦礫に足を滑らしたけど、凛のおかげで転ばず辿り着けた。
蛇口の上にかけられている鏡に、血の気が引いた顔色をして、酷い顔になっている男が映った…俺だ。
洗面台に突っ伏す俺の背中を、ずっと擦ってくれる。
凛の手の温かさで、少し落ち着きを取り戻した。
「大丈夫…顔…洗う」
声を振り絞った。微かに「ん」と凛の声がし、身体が離れた。
凛の体温が離れ、少し寒く感じ涙が出たが、それは水と一緒に流した。
差し出してくれたハンカチで顔を拭い、一呼吸ついた。
ハンカチからは薄くフローラルの良い匂いがした。
「ありがとう…凛、ハンカチはまた今度洗って返す」
「良いのに…」
「ところで、何がどうなったのか知ってるか?凛は何してたんだ?ここで…巻き込まれなかったのか?大丈夫なのか?怪我とかは…」
「落ち着いて…私は大丈夫。誠也が入ってくる前に来たけど、巻き込まれはしてない。ここへは…電話をしに来たの。お父さんに…」
凛の父はどこぞの組織の指揮官…偉い人だとは聞いていたが、救助要請でもしたんだろうか。
「お父さんは出た?」
「うん…。現状を話したら救助隊を向けてくれるって…」
「良かったぁ…」
俺は心底ほっとした。現状はどうであれ助けは来る。
どう外がなっているかも、あの黒い棒状のモノが何なのかもわからないけど…。
「避難場所は?指定とかあった?」
「体育館にって…そう言えば、怜に会った?誠也の所へ行くって言ってたんだけど…」
「いや、会ってない。…部活に行ってると思ってた」
「そう…合流した方が良いと思うんだけど…」
「放送流すか?校舎内に残ってるやつらにも避難促した方が良いだろ。お父さん、来てくれるなら…」
「そうね、でも…ここの校内放送は使えなかった…。後は放送室だけど…」
「じゃ、俺が放送室に行くから、凛は怜を探してくれ、多分着替えに行ってるなら二階のA組の教室だろ、ここからならそっちの方が近いし安全そうだから…な」
確認の為にも語尾の「な」を強めに言った。
そして、何か言いかけた凛の口を塞ぐ意図も含んでいる事は、頭の良い凛には伝わっているだろう。
放送室は入ってきたドアの職員室を挟んで逆から出た三階。
どうなってるか分からない。
不安はあるが、仕方ない。気力も回復してきた。
大丈夫。そう自分に言い聞かせる。
「気を付けてね」
「凛もな」
凛と離れ、二手に分かれる。
教師達の遺体を見ないようにして進み、ドアを開けた。




