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契約



 竹刀を持った熱血女性監督(30〜40歳位?)は目をギラつかせて、俺に手を差し伸べ、慌てて引っ込めた。

 あぁ、そっか。ここは男女の仕組みが変わった世界だから、若い男性と握手をするとセクハラになるのかもしれない。いや、違うかもしれないけど。


「ああ、もちろん合格だ。入学を楽しみにしている。」

「ハイッ!」

「明日ご両親に挨拶に伺うから、今すぐ電話で合格を伝えなさい。」


 超ショートヘアの赤髪の女性監督の顔には「天才は逃さねぇぞ、買い時だ」って書いてある。ほんっとに野球が好きなんだろうな。

 でも、困ったな。俺は節約の為に、スマホを持ってないんだよなぁ。


「公衆電話はありますか?」

「なるほど、スマホを持っていないのか。今どき珍しい……確か職員室の前に1台あった気もするな。桜庭、星野、コイツを公衆電話の前に連れて行け。セクハラはすんなよ。」

『ハイッ!』


 監督の命令で来た2人は、片方は少しピンクっぽい茶髪の人で、もう片方は少し紫がかった深みのある黒色のツヤツヤした髪に、紅葉みたいな綺麗な色をした大きな猫目が印象的な人だった。

 めっちゃ可愛いな。母さんが死んでしまう前に甲子園優勝っていう夢が無かったら、本気でアタックしてたかもしれない。


「さっきのストレート、見たよ。」

「あ、はい。どうでしたか?」


 女性の平均身長は超えてそうだけど、俺より大分低い猫目の人は大胆不敵に歯を見せて笑った後、真剣な顔をした。


「そりゃ高校最速でしょ、そもそも130kmを超えた奴なんて日本に居ないんだから……でも野球は、球速だけじゃないんだから!私は変化球がウリだし!だから、エース争いで負けるつもりは無いよ!」

「うわぁ、鳴ちゃん大人気ないね〜。」


 ビシッと決めゼリフを言った鳴さんに対して、茶髪の人が困った顔をしている。

 まあ確かに、初めて会った人に宣言されてビックリはしたけど、別に悪い事は言ってない気がするんだけどなぁ。


「俺も、負けるつもりはありません。俺が目指しているのは甲子園優勝投手ですから。」


 そう話したら、鳴さんが俺の表情をジロジロ観察してきた。別に、変なことを言ったつもりは無いんだけどな。


「フーン。甲子園優勝投手、ねぇ?――その重み、分かってんの。」

「全て理解しきれているとは言いませんが、全国4000校の頂点に立つという事は理解しているつもりです。

 どんな練習だって耐えて、俺が日本一のピッチャーになります!」


 俺は利き手を強く握って、そう力説した。

 すると鳴さんは、俺の指を掴んで広げて、少し嬉しそうな顔をして笑ってくれた。


「利き手でしょ?大切にしないと。ピッチャーの生命線なんだから……それと、男にしては分かってるみたいじゃん。球児のロマンって奴をさ。」


 そっか。ピッチャーをやるなら、手の指を大切にしないと行けないんだよな。確かにマニキュアで爪をコーティングするとか、野球本に書いてあったし。


「――だから、今日から私達はライバルだね。」

「負けません、鳴さん。」


 鳴さんは俺と手を繋いだまま、挑戦的な目付きで、口角を上げて俺に宣言をした。

 そんな俺達を、茶髪の人は困った顔をして眺めている。


「ちょっと鳴ちゃん、それセクハラだよぅ。」

「あっゴメン、監督には言わないで!ワザとじゃない!」

「分かってます、言いませんって。」


 鳴さんは俺の手を慌てて離して、平謝りしている。

 そっか、女性から手を繋いだらセクハラになるのか。

 ……努力してきた証拠の硬い手が、温かくて気持ちよかったから少し残念だな。







 緑の電話機の前に連れてきてくれた、鳴さんと茶髪の人に一礼した後、俺は母さんに電話を掛けた。


「もしもし母さん!今大丈夫そう?」

「……ええ、大丈夫よ。」


 病気で苦しんでいるのか、少し声が掠れている母さん。

 でも母さんも俺と同じで話すことが好きだって知っているから、何も気付かなかった事にして今日の大成果を報告する事にした。


「合格だって!明日挨拶に行くってさ、体調とかは大丈夫そう?」

「……ホントに?嬉しいわ。明日ね、分かった、私は大丈夫よ。父さんにも伝えておくから、涼は戻りなさい。」

「分かった、じゃあね母さん!」


 投入した100円分は話さないで、母さんとの電話を切った。本当はもっと話してたかったけど、今から母さん達も忙しいから。

 後ろを振り向くと、複雑そうな顔をした2人が近寄ってきた。あれ、もしかして待っててくれたのかな。


「待たせちゃいましたね、すみません。」

「別に、すぐ終わってたじゃん。」

「いえ、これ位は女性として当然ですから。」


 鳴さんはどうでも良さそうな顔をしながら、茶髪の人は少し嬉しそうな顔をしながら、待っててくれた事を謙遜していた。

 初めて来た場所に置いて行かれたらグラウンドに戻るまでに時間が掛かるかもしれないし、先輩方が親切な人達で助かったな。

 部活とかって虐めが怖いって聞くけど、案外そうでも無いのかもしれない。


「ありがとうございます、鳴さんと――」

「そういえば、自己紹介をしてなかったですね。私は副キャプテンの桜庭 結月、ポジションはセカンドです。そして――」

「駒大藤巻、絶対的エースの星野鳴!北のプリンセスって呼ばれてる、すっごいピッチャーなんだから!あっ、ちなみに春から2年生ね。」


 副キャプテンの桜庭さんは少し驚いた顔をした後、丁寧に自己紹介をしてくれた。

 俺のライバルになる予定の現在エースの鳴さんは、自信満々な顔をして堂々と胸を張った……可愛い。


「俺は来年から1年生になる、北瀬涼です。ポジションはピッチャーで、鳴さんと同じく左利きで、速球がウリです。春からよろしくお願いします!」

「よろしく!」

「よろしくね。」


 ハキハキと自己紹介をしたら、2人は笑ってくれた。

 よし、楽しく話せたな。







 母さんはまだ病院から出られないから、スカウトの人にも病院に来て貰って、家族3人て入部条件や掛かる費用を聞こうとしている。


 高校の入学費や授業料は3年間で約150万円。

 貯蓄が無いどころか借金のあるうちでは厳しい額だけど、奨学金を借りて入ろうと思っている。


 だけど、野球部の寮費や設備費は話が別だ。

 軽く調べた感じだと、3年間で合計約270万円。

 野球部に入る事は確定事項のつもりだけど、どうやってその額を入手すれば良いのか全く分からない。


――カラカラ


 病室の扉が開いて、知らない人と監督が入ってきた。

 あれ、部活動だってある筈なのに、何で監督が来てるんだろう?

 監督の隣の人は多分、スカウトだろうな。


「北瀬くんの推薦入学の件についてお伺いに来ました、駒大藤巻高校野球部スカウトの橘田 功子と――」

「監督の赤岩 静流です。」


 割と若そうな黒髪のスカウトの方と、この間見た監督が挨拶してくれた。やっぱり俺は、あの甲子園常連校の駒大藤巻に入れるのか!

 色々な事があり過ぎて、正直本当の事なのか不安になってたから、内心少し安心した。

 まあ入学金の事とか、不安な事は沢山あるんだけどな。


「ありがとうございます、私は涼の父親の北瀬 葵です。こちらが妻の――」

「ご挨拶がベットの上からで申し訳ありません、北瀬 千晶と言います。そして、こちらが息子の――」

「北瀬 涼です、よろしくお願い致します。」


 父のお礼から始まり、こちらも出来るだけ丁寧な自己紹介をした。

 これからお世話になるつもりの監督達だから、どれだけ丁寧にしても足りない位だ。

 大体の高校の監督って凄く厳しいって言うし、目を付けられないに越した事は無い。


「ええ、知っていますとも。お父さんの方は、我々のチームから希少な男性球児が甲子園に出場したと、OBの間でも噂になってましたから。」

「えぇ、なるほど。そうですか。」


 甲子園に出場した事は覚えていても、希少な男性球児だった記憶は無い父さんは若干焦りながら返事を返している。

 どんな風に周りの人達の記憶が改竄されているか分からないから、友達とか会社の人と話すのも大変そうだ。

 俺は人付き合いが悪くて親しい友達は居なかったから、あんまり関係ないけど……


 前までの父さんはバリバリ働いてたのに、この世界に来てからお茶くみと書類整理になったって嫌そうな顔をしてた。

 それじゃ残業が出来ないから、少し給与が減っちゃってたみたいで……それに父さんは、そもそも仕事が嫌いじゃないし。


「貴方の息子さんであれば、それはもう期待が持てますね。女高校球児と同じだけの練習力と根性を、北瀬 葵は持ち合わせていたと評判でしたから。」

「過分な評価をくださり、ありがとうございます。ええ、息子は俺なんかより根性がありますよ。涼は新聞配達のバイトと家事をしながら、野球の練習を1人でしていたんですから。」

「えっ、知ってたの?父さん。」


 野球がやりたい事がバレちゃったら、父さんも母さんも罪悪感が出てきちゃうかなと思って、隠してたのに。バレちゃってたんだ……

 やっぱり2人には、隠し事が出来ないなぁ。


「知ってるよ。家族なんだから、見てるさ。まあ、それなのに不甲斐ない俺のせいで、お前に負担を掛けまくっていたんだけどな……」

「いえ、負担ばかり掛けているのは私ですから……」


 父さんと母さんは、悲しそうな顔をして自分を否定した。そう思って貰う為に、言った訳じゃないんだけどな。


「不遇な環境だけでは無くしきれない、熱意と才能のある子ということでしょう。

 ですから我々は、彼に推薦入学枠を特例で用意しました。つまり、入学費無料、寮費無料、授業料半額と言う事になります。」

『えっ!』


 モヤモヤとしていたら、監督は話をぶった切って凄く有り難い提案を持ってきてくれた。現金な俺達は、目を輝かせて話に飛び付こうとしている。


「ありがたい、ありがたい話ですが……女性ばかりの寮に息子を入れるのは……」

「……ルール上アリなら良いんじゃない?他の人達は多分、そんなに困らないだろうし。そうしたら、俺の食費が掛からなくなるよ。」


 父さんの発言を聞いて、異性の住む場所に飛び込む事になるのかと気後れをした。

 けど性別が逆転してる世界なら、他の人は困らないんじゃないかと気付いて、寮生活を始めようと思った。


 異性の場所に住むなんて、痴女(?)扱いされたり考え方で揉めそうで不安だけど、背に腹は代えられないし。

 ……それに、嬉し恥ずかしハプニングとか、ぶっちゃけ歓迎だしな。まあ、顔に出したりしない様に気をつけなきゃいけないけどさ。


「そんな場所に住ませる訳が無いでしょう、こちら側の責任問題になりますよ……入寮する場合は、吹奏楽部の男性寮に入れさせて貰う事になりそうです。」

『なるほど〜。』


 良かった、1人だけ放り込まれる事にはならなさそう。

 流石に、ちょっと楽しむ為に変な悪目立ちをしたい訳じゃないからな。

 俺は普通の人だし、世間体には勝てないよ。


「近隣の高校ではここまで出来るのはうちだけですし、遠方の高校だと推薦枠を今から開けられるか怪しいです。

 ですから、是非この書類にサインをして頂きたいと思います。無理やり追加の推薦枠を空けた為、これ以上の時間が経ってしまうと更に上に睨まれてしまうので。」


 赤岩監督は俺たちを急かす様に書類を差し出してきた。

 ……確かに夏にもなって、こんな良い条件の枠が空いてる訳がないよな。本当に、ムリをして開けたんだろう。


「それはマズいですね!涼、駒大に入学で良いよな?」

「うん、早くサインをしよう!」


 父さんも同意見だったみたいで、慌ててサインをした。

 監督もスカウトも、ニコニコしながら父さんのサインを確認して、丁寧に鞄にしまってくれた。


「――これで涼も、我々駒大藤巻野球部の一員だ。期待に応え、選手として活躍してくれる事を期待している。」

「不安な事があったら、スカウト担当の私に相談してくださいね。では我々は時間が押しているので――」

『失礼します。』


 こうして俺は、由緒正しい名門校である駒大藤巻に入学する事になった。

 俺たち家族の夢になった甲子園優勝までの道は、ここから始まるんだ。



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