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「皆お待たせ~、ちゃんと仲良くなれたみたいね。」
ローレンさん達が部屋に戻ってきた。後ろにいる侯爵様の額が少し赤い気がするが、どこかにぶつけたんだろうか。
「暴発事故のことは聞いていたが、その裏でもっと大変な目に遭っていたんだな、ヒューバート君。ユウト君と、そちらの君も。ファウスト君、だったね。君のことも名前で呼んで構わないだろうか。家名はあるか?」
「えっと、かめいは無いです、よね?」
侯爵様に聞いてどうする、というツッコミは首を傾げたファウストの純粋無垢な表情にかき消された。
「ユージーン様、元々彼には名前がなく、ファウストという名は私がつけたのです。家名はありません。」
「名前がない世界があるのか?」
「いえ、名前がなかったのは俺と姉さんだけみたいです。必要なかったんですよね。」
言われてみれば確かに、お姉さんの名前も聞いたことなかったな。
「名付けたのは暴発事故の数日後、私がユウトと初めて会った日でした。」
「最近のことだったのだな。ファウストとは、魔導士の君らしい名付けだ。
………ヒューバート君、もう自分のことを俺とは言わないのか?先ほどはずっとそうだっただろう。素を見せてくれているようで、少し嬉しかったんだが。」
「え………すみません、いつからだ………?」
廊下で侯爵様と話してた時、途中からなってたよ。
「ユウト君と話している時のように、とまでは言わないが、私とももう少し気軽に話してくれないか。公の場ではそうもいかないだろうが、せめてここでは。室長も私的な場では私の頭をはたいてきたりするよ。さっきもやられた。」
そう言って、侯爵様が額をさする。
赤くなってるのはぶつけたんじゃなかったのか。侯爵家の当主様に何してんのローレンさん。
「私達、学園での元同級生なの。何度か飛び級して私の方が先に卒業したから先輩とも言えるわよ。
ヒューバートの件で少し疎遠になってたんだけど、和解したならまた遠慮なくはたけるわ。」
「はたかないでほしいんだが?」
「相変わらず良い音するわね~、このおでこ。えいっ。」
「君の奇行も相変わらずだ………」
この二人、先程までは少し雰囲気が悪かったが、本来は仲の良い友人だったらしい。
っていうか侯爵様、本当に寛容だな。身分とか関係なく、頭をはたかれたら怒っていいと思うよ。
………それにしても、俺の母さんは冗談とかほとんど言わないタイプだったから、同じ顔でそんなことをされると脳がバグりそうになるな。母さんと奏江さんを足したら丁度こんな感じになるのかもしれない。
「あの………本当によろしいのですか?」
「あぁ、私は出自のみで人を判断するべきではないという考えでな。侯爵というだけで畏まられるのも正直苦手なのだよ。
他の皆も、この集まりでは私にも普段通りに話して欲しい。皆の意見を平等に聞くためだと思ってくれ。経理部でもそうしている。」
ハロルドさん以外の人達は全員すんなりと了承した。さっき不敬を問わないって書いた紙もらってるしね。
「………何が「出自のみで判断するものではない」だ………魔力量のみでヒューのことを危険と判断したくせにどの口が………」
ハロルドさんがぼそりと呟いたのが聞こえたけど、出自と魔力量ではちょっと事情が違うと思うんだ。出自だけでその人が危険かどうかなんて完全には判断できないけど、膨大過ぎる魔力を持つ人は暴走とかの危険が確かにあるんだろうから。
それに、侯爵様もそのことは反省してるって言ってたんで、今は負のオーラを収めてください。またファウストが微妙に震え出してるから。
「さて、やっとこれで全員に説明し終わったわね。大変だったわー。ヒューバート達はこれを異世界でもやってるのよね。同情するわ。」
毎度大変ですよ、ほんと。
シキみたいに説明のためのテンプレートでも作ろうかと思っている今日この頃だ。
「やっと本題に入れるわね。
まず初めに調査をしたいのは、ヒューバート達が異世界から持ってきた黒い結晶の効果範囲よ。世界中の魔力の流れが徐々に落ち着くけれど、結晶の近くの一定範囲は逆に荒れると聞いているわ。まずはどの程度荒れるのかを調査したいの。」
今は俺達が往き来に使っている空間の穴の安定化も兼ねてその付近に結晶を置いているけど、魔力が乱れる範囲が街にかかったりしていたら移動も考えないといけない。他にもっと良い設置場所があるかもしれないし。
「ここのメンバーは皆魔力が多くて魔力操作もそれなりにできるから、近づくだけで体調を崩す心配はないはず。まずは調べないと、未知の部分が多過ぎるわね。」
「そもそも、その結晶って何なの?副室長なんだよね、持ってきたの。」
「それをくれた者は魔結晶と呼んでいた。あれが何かと聞かれても正直よくわからないし、違う世界のものだから持ってきていいのか少し迷ったくらいだ。
だが王都周辺はともかく、国境沿いや海辺の地域はかなり荒れていると聞いていたから、ひとまず置いてみようと判断した。」
ヒューは俺達と入れ替わっていた間も、世界の狭間から各世界を見ているシキに自国の様子をちょくちょく聞いていたらしい。
元々魔物の多い地域ではかなり被害が増えており、何とかその場しのぎを続けているという所もあるそうだ。
「これをくれた者を俺は信用しているし、これを置くことで俺達三人がいつでも異世界や世界の狭間に行けるようになる。
魔力異常に対してはこれ以外の具体的な対応策がなく、地域によっては既に危機的状況だ。この結晶も魔力異常対策の選択肢に加えようと陛下も判断なさった。
今はまだ魔力を防ぐ結界を張ってもらっているが、調査を進めて安全だとわかり次第徐々に結界を弱めていく予定だ。悪影響が大きいようなら、責任を持って俺が結晶を回収する。」
俺が王妃様と王女様に日本の話をしてる間、ヒュー達は国王様とそんな話してたのか。
ものすごく今更だけど、こうして堂々と話している姿を見るとヒューもちゃんと貴族なんだなぁって改めて実感する。
普段はもっと親しみやすい、頼れる魔術オタクだからね。今のこれは対外向けの、いわゆる「仕事モード」って感じ?
年は俺と一つくらいしか違わないのに、今のヒューは何だかすごく大人に見える。………俺も、こんな風になれるのだろうか。
「ユウトとファウストの世界にも置いているから、そちらでの影響も見たい。そのために俺は定期的に異世界に行く必要がある。」
「だったら、あなたはあまり長期の調査には行かせられないわね。ユウト君とファウスト君も、必要な時にすぐ自分の世界に帰れるよう、遠い国境沿いの調査とかは避けましょう。
で、最初の調査なんだけど。」
机の上にどさっと袋が乗せられた。中身は………縁がついた透明な丸い板。何これ。
「私のモノクルの簡易版みたいなものよ。皆にはこれを使って魔力の流れを見てもらうわ。ついでに………よいしょっと。こういう、実験用のマウス入れた籠を持って行ってもらって、その魔力が暴走、もしくは魔物化した場所を記録してもらいたいの。結晶の大体の影響範囲はそれで推測できるはずよ。二人か三人の組でやってもらうつもり。」
「………っ!」
あれ、不良D………じゃなくてデクスターさんが真っ青になった。
「あー室長、デックは外してやれないっすか?こいつネズミだけはまじで駄目なんすよ。」
「あら、そうなの?」
「い、いや、俺も行く。ただ、その、籠は俺と組んだやつに持ってほしいです。すみません。」
セシリアさんがさりげなく籠に布を被せて、デクスターさんからネズミが見えないようにしている。優しい。
「無理ならいいのよ?でも人手は欲しいわね………誰と組ませたらいけるかしら。」
「じゃあ私が行くよ!普段から研究室でマウス使ってるし。よろしくね、デック。」
「こっちこそよろしくお願いします!ネズミ以外は任しといてください、姉貴!」
アディラさんはマークさんとは逆で、姉貴と呼ばれるのが嬉しいようだ。満足気な笑みを浮かべている。
「じゃ、あとのメンバーはどうしましょうか?ヒューバートは私と残って、集めたデータの解析を手伝って欲しいわ。ジーンは経理と権力行使担当だから別とすると、調査メンバーが奇数になるから三人組が一つでいいかしら。」
「権力行使担当………確かにそうだが、言い方………」
ローレンさん?いくら友人とはいえ、侯爵様の扱い雑過ぎない?この中では一番身分が高い人なんだよね?
「あの、私、攻撃魔法があまり使えないので、魔導士と前衛の方が組んだ所に補助で入るのがいいと思います。」
「成程、確かにそうね。じゃあご要望通りセシリアはマークと組ませて、前衛はファウスト君にお願いしようかしら。純粋過ぎて恋人達の邪魔にはならなさそうだし。」
「俺って純粋なんですか?」
「そ、そういう意味で言ったわけじゃありませんっ!」
ぱたぱたと手を振って慌てているセシリアさんの後ろでは、マークさんがまた顔を押さえて動かなくなっている。國本さんにこの光景見せたら喜びそうだな。
ファウストは男女の仲とかは本の知識で知ってるんだけど、恋愛はよくわかってないみたいなんだよね。純粋と言えるかはともかく、カップルに挟まれて気まずいって感覚は確かになさそうだ。
「ユウト君はイアンと組んでくれる?魔法は上手いけど、直接戦闘は苦手なの。ヒューバートよりはまし、程度よ。
ハロルドはマンダル君と相性良いし、あとはヘイズ君とグレンで良いかしら。」
ハロルドさんとアールシュって相性いいの?カズ兄と潮田君ならそこそこ仲は良かったけど。
「異論が無ければこの組で決定するわよ。早速だけれど明日から調査開始。いいわね?」
「担当の場所はどうするんですか?」
「調査開始までに決めておくわ。各組に一つずつ通信機渡すから、それでお互いに連絡を取りあいながら調査を進める予定よ。明日は朝九時にここ集合。」
「はい!」
異世界で魔力の調査かぁ。ゲームのイベントみたいでちょっとわくわくしてきた。
「じゃあ、これからよろしくね、皆。今日はこれで解散、各自必要な準備を整えておくこと。
ヒューバート達三人とハロルドはこのまま私と来て。国王陛下に昼食を一緒にと言われているわ。」
………は!?
あまりにさらっと言うからスルーしそうになったわ!国王様と?城で?今から??
「陛下に!?と、突然過ぎませんか室長。」
「元々はあなた達と、私と、協力してくれる予定の騎士団長で話し合いの場を設けるつもりだったそうなの。でも急な話だったし、あまりにも私達の都合が合わないから、ご飯食べながら話そうってさっき連絡が来たわ。食べながら話す内容じゃないわよねー。」
ほんとだよ。
「で、陛下待たせるとまずいから早く行きましょ。約束の時間まであと三十分くらいしかないわ。」
「ギリギリじゃないですか………。私達は今正装ではありませんよ?着替えなくては。」
「そのままでいいわよ、正式な昼食会じゃないんだから。友達と一緒にお昼食べる学生くらいの気軽さで呼んでると思うわよ、陛下。そういう方だから。」
そんな軽いテンションで王城に呼ばないで欲しい。俺まだこの国のテーブルマナーとか身に付いてないけど、大丈夫かな。
「ファウスト君は王城に行くのが初めてだよね。また挨拶の仕方とか教えておかないと。」
「ヘイカさんって誰ですか?偉い人ですよね?」
「あ………そうか、そこからか………」
「仕方ないわよ異世界の子だもの、馬車の中で教えましょ。残りの皆はまた明日ね!」
前衛組が憐れみの目でこちらを見てくる。一応全員貴族だから、陛下に会う時の緊張具合とか作法のややこしさを知っているんだろう。憐れむくらいなら代わってくれ。
別れる前に、侯爵は「不敬を問わない」の紙に俺達の名前をそれぞれささっと書いてくれた。紙を渡す時にぽんっと肩を軽く叩いて、陛下はかなり寛容な方だから緊張せずとも大丈夫だ、と言ってくれた。
やっぱ良い人なんだよなぁ、侯爵。なんでヒューとの関係があそこまで拗れたのか、本当に謎だよ。
陛下に前回会った時はそこまで気にしなくていいと言われたが、ハロルドさんにとりあえず、と教えられた作法だけでもかなり細かかった。もうほぼ忘れたから馬車で復習させてもらわないと。




