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 魔導研究室の建物へ向かう長い廊下を三人で歩いている。

 今は真夏、じりじりと暑いここにはほとんど人がいない。


 ヒューと侯爵様の間は空気が冷えきってるけどね。そんな涼しさは求めてないよ。早く着かないかな。


「………その、副室長殿。」

「何でしょうか。

 ………無理に私と会話していただかなくて結構です。向かっている部屋はそう遠くありません、しばらくの間だけご辛抱ください。」

「………。」


 ヒューの塩対応攻撃!効果は抜群だ!

 ………あれ?


「ヒュー、ちょっと魔力出てない?なんか圧を感じるんだけど。」

「ん?………すまん、無意識に威圧を出していたようだ。

 気をつけているんだがな………?」


 魔力で威圧とかできるんだ、漫画みたいだな。


「無意識に警戒させるようなことを私がしてきたんだろう。

 ………今までの私は君を人として扱っていなかった。強大な魔力を持つもの、としか見ていなかったように思う。

 あの後帰ってからジュリアに全て話して、思いっ切り叱られたよ。自分や息子がそのような扱いを受けていたらどう思うか考えろと。」


 ジュリアさん、山でも軍本部でも侯爵様の足めっちゃ踏んでたもんな。艶のある革靴が土まみれになっていた。帰った後もかなりお怒りだったらしい。


 ヒューは少しうつむき、黙って侯爵様の話を聞いている。その表情は、俺からは見えない。


「トキ君と親しげに話している所や、魔法でさりげなく道を歩きやすくしてくれた所、ジュリアに突然あんなことを言われて困惑している所。この間の件で君の様々な面を見たのもあって、今更ながら考えを改めた。………本当に今更だが。」


 道は気づかなかった。優しいじゃん。


「あの、山道はああしないと私が転ぶので………」

「そ、そうか。………それでも、礼を言う。」


 変な所で正直者だな、ヒュー。

 それとも今のはあれか、「別にあなたのためじゃないんだからね!」ってやつか?


「君の監視や行動の制限を主導したのは他でもない私だ。恨まれても仕方がない。」

「………これは家族にも誤解されているのですが、私は本当に監視の決定を恨んだことはないのです。

 昔は、自分でもこの魔力が恐ろしかった。触れただけで魔導具が壊れたり、周りのものを無意識に動かしたり倒したりする自分が怖かった。警戒されるのは当然のこと、仕方のないことと思っていました。」


 ヒューは淡々と話しているが、幼い頃から自分に制御できない程の力があるなんて相当怖かっただろう。

 俺も小さい頃、霊感がある人にしか見えてないものがあるってわかるまで周りの人と話がかみ合わなくてめちゃめちゃ怖かったし。周りに霊感ある人が何人もいたからまだ良かったけど。


「あのパーティーでのことを貴族社会に広めたのも、無理に監視役を増やしたのも主に私なのに、恨んでいないと?

 君が人付き合いを避け、魔術だけに没頭するようになったのは私のせいではないのか。あの年頃の子は人とのやり取りから様々なことを学ぶというのに、私は魔力の危険性だけを騒ぎたてて………」


 気づくのが遅い、と言いたい所だが、うつむいた侯爵様があまりに悲痛な顔をしているのを見て言葉を飲み込んだ。

 ジュリアさんに怒られたのが相当効いているみたいだし、反省している人への追撃はお互いにとって無駄だよな。


 顔を上げたヒューは、俺の想像に反して晴れやかな顔をしていた。


「確かに監視は煩わしくて嫌だったし、悩みもしました。それこそ、異世界に逃げるくらいには。

 侯爵を避けていたのも事実ですが、それは侯爵が俺を嫌っておられると思っていたからです。俺が未熟さ故に御息女に害をなしてしまったのは事実ですから、避けられるのは仕方のないことだと、できるだけ接点を減らすのが互いのためだと考えていました。」


 ヒューが侯爵様に塩対応だったのは嫌っているからというわけじゃなくて、会話を最低限にするためだったんだな。


「その………今回の件で、少しは認めていただけたと思ってもよろしいのでしょうか。」

「ああ、調子の良いことをと思われるかもしれないが、今では君を好ましい青年だと思っている。私は君のことを、人としての内面を、何も理解しようとしていなかった。」


 ヒューと侯爵様はいつの間にか立ち止まり、真っ直ぐに向かい合っていた。


「私は君の人生を大きく歪めてしまった。許してほしいとは言わないが、これから出来得る限りの協力をさせてもらいたい。

 監視も減らすと言わず、なくすように進言しよう。侯爵家から話を広めれば、むやみに君を避ける者も減らせるだろう。それと………」


 侯爵様は具体案を挙げ始めたが、ヒューは困ったような薄笑いを浮かべている。


「いえ………監視の有無や魔力量に関わらず、俺の行動や人付き合いは今とさほど変わらなかったと思います。

 きっとこれからも変わりません。膨大な魔力の塊で、根っからの魔導研究馬鹿、それが俺なんです。

 悩んだ時期もありましたが、俺はこれで良いんだと最近は思えるようになりました。大きめの魔術を連発していても、突然一人でブツブツ話し出すような変人でも、そばにいてくれる者は案外たくさんいると気づけましたから。」


 そう言って、ちらりとこちらを見る。うん、俺もそうだし、他にもヒューの味方はたくさんいるよ。

 ヒューって基本的にポジティブだけど、魔術の腕前以外の自己評価は意外と低いんだよな。


「………正直に言えば、全てがあなたのせいではないと言えるほど割りきれてもいません。ですが、先程から侯爵が気になさっていることの中には、原因が俺の方にあるものも多いのです。ご自分ばかりを責めないでください。

 あの、よろしければ、これから改めて関係を築き直していきませんか。同じ国を支える者として、これまでの分も。」


 まだ少しぎこちないながらも、侯爵様に向かって初めてヒューが笑いかけた。

 色々悩んだ時期もあったみたいだけど、今のヒューなら侯爵様とも良い関係を築けると思う。


「………ありがとう。今までの非礼は、これからの行動で償おう。

 これからは、私のことをユージーンと名前で呼んでくれないだろうか。公の場でも呼んでもらって構わない。」

「! こ、光栄です。俺のこともどうぞ名前でお呼びください。

 ………あー、すまなかったな、ユウト。長々とこんな話、退屈だっただろう。」

「いや、和解できて良かったと思ってるよ。ただ、その………俺はこの場にいて大丈夫だった?」


 途中で「これ二人だけで話すべきなんじゃ?」とは思ったんだけど、こんな所ではぐれたら絶対迷子になるから離れるに離れられなかったんだよね。


「機密等は話していない、問題ないだろう。

 ………君が良い緩衝材になってくれたのかもな。二人きりだと上手く話し出せなかったかもしれない。

 それに、彼が君と話している時の様子を見て初めて彼も普通の青年なのだと思えたんだ。君がきっかけを作ってくれた。だから、君にも感謝しているよ。」


 えぇと、お役に立てたなら幸いです?


「トキ君とも名前で呼び合いたいのだが、構わないだろうか。ユウト君、といったかな。」

「俺はいいですけど………その言い方だと、名前で呼ぶのに何か特別な意味があるんですか?」

「そうか、君は迷い人だったな。

 深い意味はないんだ。近しい関係になりたいという意思表示だと思ってほしい。

 私達のような高位貴族になると、家同士の関係性や庇護を表すこともあるのでな。身分を問わず相手に許可を得るのが癖になっている。」


 あぁ、侯爵様ともなると「名前で呼んでいる」というだけで政治的な意味を持ってしまったりするのか。貴族って面倒くさ………んんっ、大変だなぁ。


「すまんユウト、常識過ぎて教えておくのを忘れていた。

 貴族の男が名で呼び合うことは、個人的に親しいと周囲に示すことにもなるんだ。そうでないなら基本的に家名や役職で呼ぶのが礼儀だぞ。」

「平民には姓がない者もいるから、間柄に関わらず名前のみで呼ぶのが礼儀となる。この感覚は慣れだ、しばらくは周囲を見て合わせるといい。」


 全く気にしてなかった、大丈夫かな。今まで俺が関わった貴族の人には何も言われなかったけど。


「改めて、私とも名で呼び合う仲になってもらえるか?」

「はい、よろしくお願いします。」


 後で聞いた話だが、侯爵が名前で呼ぶ許可をくれるのは相当すごいことらしい。ヒューとハロルドさんは知り合ったばかりでも名前で呼ばせるから割と普通なのかなって思ってた。


 ヒュー、やっぱり人付き合いに飢えてるんじゃないか?名前で呼ばせるのは親しくなりたいってことなんだよな?


「そういえばヒューバート君、ジュリアに怖がられていると思って避けていたというのは、例のパーティーからずっとか?ジュリアにそんな話をしていたが。」

「………すみません、あれは、その、作り話です。

 学園では選択した科が違いますし、学年も俺が一つ上で更に飛び級もしました。俺はほとんど社交の場にも顔を出していません。」


 それなら、避けるまでもなく会う機会がないじゃん。


「では何故あんな話を?」

「その、御息女は俺と会う機会がなかったのを侯爵のせいだと考えておられるようでしたので。俺の方が避けていたのだと言っておけば、御息女のあなたへの怒りが少しは和らぐかと思ったのです。怒りでかなり魔力が乱れていらっしゃいましたから。」


 あまりに魔力が乱れると癇癪状態になってしまうし、そうならなくても体力を消耗するため、早く落ち着かせなければと思ったらしい。


 ヒューは少し気まずそうにしながら、先ほどジュリアさんから返却されたお香入りペンダントの蓋を開く。


「香と言って渡したこれも、実は鎮静剤です。薄めて香としても使われるので、これは嘘ではありませんが。」

「そうだったのか。助かったよ………私が。」


 あれ、侯爵様の目が死んだ。


「本気で怒っているジュリアの雷は本当に痛くてな。………その香がなかったらと考えると恐ろしい。」

「それは、何というか……ご無事で何よりです。」


 比喩じゃなくて本当に雷落とされたんですか。

 ジュリアさんのことは絶対怒らせないようにしよう。


「そういえばユウト、パーティーでの出来事を知っているのか?さっきから普通に相槌をうっているが。」

「うん、ハロルドさんとステラに聞いた。」

「兄上か………俺よりよっぽど侯爵を恨んでいそうだ。」


 あり得る。ヒューのこと大好きだし。


「君の家の方々にも、改めて直接謝罪する機会をもらえるだろうか。」

「口添えはしますが、家としてのことであれば父に確認をお願いします。父なら冷静に判断すると思いますが………兄上は今から会うだろうから手遅れだが、せめて母上は会う前に宥めておかないとな。」


 今度はヒューの目が死んだ。

 手遅れって何、どうなるの。


「本当に、すまない………」

「あー、リリーさん宥めるのは俺も手伝うよ。ファウストも巻き込んで、三人のヒューに宥められたらさすがに落ち着くんじゃない?」

「俺が、三人………はは、成程な!確かに母上は俺に甘い。三人もいれば何とかなるか!」


 笑いながら俺と話すヒューを見た侯爵様が、また少し悲しげな面持ちに戻った。


「………君はいつも黙々と書物を読んでいて、人形のようだとすら思っていたが………案外表情が豊かなのだな。」


 俺は無表情の方が見たことないけどな。それこそ本読んでる時くらいしか………あ、そうか。


「それ、多分ヒューが魔術書を人避けに使ってたからだと思いますよ。

 ヒュー、侯爵様が近くにいる時も話しかけられないように魔術書読んでたんだろ。ハロルドさん避けてた時みたいに。」

「………あぁ成程、そういうことか。確かにその通りだ。

 その、本は実際に好きなのですが、話したくない人物が近くにいる時も読んでいるふりをしていました。ですので、侯爵は………ユージーン様はその時の俺しかご覧になっていないかと。長年、失礼を致しました。」


 読書中の無表情しか見る機会がなかったから、より一層侯爵様はヒューを人間らしくないと思うようになり、危険な魔力の塊扱いもひどくなってしまったと。


「あの無表情も、私のせいだったのか………」

「いえ、好きで読んでいる時も無表情です。その時の俺は話しかけにくいそうで、それを利用していました。」

「魔導研究で暴走してる時の顔見られるよりはましだったと思うよ、俺は。狂気がにじみ出てるから。」

「そう、なのか?」

「ヤバいよ、ほんと。」

「そこまで言われると逆に見てみたいかもしれないな………」


 やめといた方がいいと思います。


「いつか、君の研究室にお邪魔しても?」

「面白いものをお見せできるかはわかりませんが、どうぞおいでください。」


 ………もう俺が挟まっていなくても大丈夫そうだ。二人の関係がこのまま改善していくことを願おう。

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