56
気持ちの良い朝だ。こんなきれいに晴れているのは久々な気がする。
昨夜も一応シキの所に三人で行ったが、特に話すことがなかったのですぐに帰ってきた。昼間喋ったしね。
「おはようございます、ユウト様。ステラですぅ。」
「おはよう。起こしに来てくれた?」
「ユウト様を起こしたことはほとんどないですけどねぇ。ヒュー様にも見習ってほしいですよぅ。最近ましですけど………」
「そうなの?」
「事故の前よりは寝起きが良くなられてますよ、今の所。
優秀な弟が二人できた気分だ、安心して頼ってもらえるようにもっとしっかりしなくては、とかおっしゃってました。」
ファウストの世界で俺がうっかり踏んじゃっても起きなかったのに、前はもっと起きなかったってこと………?
「えっと、今日は先日の誘拐事件に関する事情聴取ですね。終わり次第、研究室長の所へ。ファウスト様は朝からそちらに向かっていただく予定です。」
「わかった、ありがとう。」
事情聴取なんて久々だなぁ。話すこと整理しとかないと。
「実は聴取はもういらなくて、事実確認を建前にエクセルシス侯爵がお嬢様を連れて会いに来られるだけだそうですよぅ。」
「あ、そうなんだ。」
「ヒュー様の出した報告書と他の方々の証言が一致したから聴取は不要、だそうです。
お召し物はこちらを。簡易ですが、丈もユウト様に合わせて直しておきましたぁ。」
「そんなことまで、ありがとう。
ここに来てから服借りてばっかで申し訳ないな………」
一昨日は焦がしちゃったし。
「ヒュー様がほとんど魔導士のローブしか着ないので、むしろどんどん使ってほしいです。お渡ししたそれも、ヒュー様には少し小さくなってしまったものですのでお気になさらず。
さて、そろそろヒュー様を叩き起こしませんと。ユウト様、朝食の用意が出来たらまたお呼びしますね。」
パタン
………起こすんじゃなくて、叩き起こすんだ………。
屋敷の料理人達が味噌にハマってくれたらしく、朝食は和風な味つけで美味しかった。今度は昆布と鰹の出汁を布教しよう。
「で、ファウストは何してんの?」
「気にしないでください。」
気になるわ。何で俺とヒューに引っ付いてんの?
「ヒューとユウト君が少しの間別行動だから、寂しいんじゃないかな。私がずっと一緒にいるつもりだけど、やはり君達がいた方が落ち着くんだろうね。」
「そうなのか?では、できるだけ早くそちらに合流するようにしないとな。」
「むぅ………絶対ですよ?」
ファウストによる無自覚の上目遣い。ハロルドさんとリリーさんは「かわいい………」と呟きながら悶絶し、その二人を見てヒューとダンさんが苦笑している。
同じ顔でも俺とかヒューがやったら多分キモいんだけどね。不思議。
「はぁ………私、無理を言って様子を見に来させてもらったから、もう領に帰らないといけないのよね。一人くらい連れて帰っちゃ駄目?」
リリーさんが、半目のヒューを抱き締めたままため息をつく。
「駄目ですよぅ奥様。またスケッチ送りますから。」
「お願いねステラ!これ以上ハリーとヒューが不足したら、仕事が手につかなくなっちゃうわ!」
「………母上?スケッチって何ですか?」
「私も初めて聞いたんだが。ステラ、母上に一体何を送っているんだい?」
さすが兄弟、同時に同じポーズで固まった。
ステラがポケットからメモのようなものを取り出し、パラパラと中身を見せてくれた。写真のようにリアルな、日常の一場面を描いた絵が大量にある。あ、これ俺だ。
これ全部ステラの手描き?すご過ぎない?
「この絵は、アールシュがいるから昨日だな。」
「いつの間に………まぁ、これで母上が落ち着くならいいか。いつもありがとう、ステラ。」
「いえいえ~、奥様に追加で賃金いただいてますので。」
盗撮されてたようなものだと思うんだけど………それでも暴走されるよりはましなのか。
ステラもちゃっかり追加料金もらってるし、win-win-winの関係なのかもしれない。
「名残惜しいけれど、さっさと領の魔物狩ってまた会いに来るわ!皆、無理はしちゃ駄目よ?」
「母上もお気をつけて。
………時間だ、俺達はそろそろ行かなければ。」
リリーさんは俺達が軍本部へ出発した後、昼頃に領へ向かって出発するらしい。家の人達とリリーさん達に見送られて、俺達は軍本部へ出発した。
ファウストとハロルドさんとは一旦本部入口で別れ、俺とヒューは応接室のような所に通された。
あっ、もう侯爵様来てる!偉い人待たせたら駄目じゃん!
「お待たせしてすみません!」
「私達が早過ぎたんだ、構わない。昨日から娘がずっとそわそわしていてな………」
「そ、そわそわなんて、しておりませんわっ!」
「いやめっちゃしてるやん。現在進行形で。」
ジュリアさんと國本さん、喋るまでどちらがどちらかわからなかった。よく見れば所作などに違いはあるものの、外見は本当にそっくりだ。
………ん?瞳の色は違ったと思うんだけど、同じになってる?
「本来であれば私達が君達の所に出向くべきなのだが、我が侯爵家とウィリアムズ家の不仲は有名だ。国の情勢が不安定な今、妙な憶測を呼ぶのを避けるためにこのような形を取らせてもらった。
ウィリアムズ家の本邸にも手紙は送らせてもらったが、落ち着いたら改めて礼をしに伺いたいと思っている。本当に、ありがとう。」
侯爵家の二人が優雅に礼をする。
王城に行く前の馬車で聞いたけど、貴族はあんまり頭をしっかり下げるような礼はしないらしい。
あの時はいつも通りで大丈夫って言われたけど、いずれは俺もこっちの礼のやり方教わらないとな。またヒューのふりをする機会があるかもしれないし。
「私は指令に従っただけです。全員無事で何よりでした。」
ヒューはまだ若干塩対応ではあるものの、侯爵に歩み寄り握手を交わした。
「ヒューバート様、お借りしていたこちらをお返しいたしますわ。とてもリラックスできました。
お礼に今王都で流行りの香水をお持ちしましたので、よろしければお使いくださいませ。男性に人気のブレンドだそうですわ。お好みの香りだと良いのですが。」
「あぁ………ありがとう、ございます。」
ジュリアさん、頑張ってヒューにアピールしてるな。ペンダントを返す時にしっかり手を握ったりしているけど、ヒューは全く意識していないようだ。ラブコメの鈍感系主人公かよ。
後ろの侯爵様の方がよっぽどそわそわしている。その様子を見ている國本さんは何だか楽しそうだ。女子ってこういうの好きそうだよな。
俺の視線に気づいたらしい國本さんが、こちらに向き直ってお辞儀をする。
「二人とも、ほんまにありがとう。翻訳ペンダントも。これのおかげで、一緒に捕まってたあの子達の言葉もわかるようになったらしいで。」
「え?」
「皆異世界の子やってんて。」
喋らない子達だなぁとは思ってたけど、そもそも言葉が通じてなかったのか。
「何で集められてたんかはわからん。うちのことはジュリアちゃんとすり替えて時間稼ぎとかする予定やったんちゃう?」
喋れないようにすれば見分けつかないからね。
侯爵様はよくわかったよな、やっぱり親子だからか。
「その可能性は高いね。レイラさんが噛みついてくれなければ、娘ではないと気がつくのにもっと時間がかかっただろう。ジュリアが吸血人で助かった。」
「噛みついた!?」
ってかジュリアさん吸血人なの?
「侯爵様、刀伎君も吸血人知らんと思いますよ。
あ、吸血鬼とちゃうで。血ぃ吸った相手の持つ属性の魔法と、身体能力が一時的にブーストされる感じ。ほんで、そん時瞳の色が変わるんやて。」
なんか、想像してた感じと違う。
でもこれで瞳の色の謎は解けたな。あの時のジュリアさんはブースト状態だったわけだ。
「例えば、お父様の血で一番強化されるのは地属性なので、私がお父様の血を摂取すれば瞳が黄色っぽくなるのですわ。今朝も体力の補完のために、うちの治療士に少し血をもらいましたので、今日の瞳は青なのです。本来の色は銀ですわ。」
「うちは勿論そんなことにはならへんから、侯爵様の手に噛みついて血舐めて、目ぇ指差したらわかってくれたで。直後にとっ捕まったけど。」
そりゃまぁ、普通に傷害罪だし。
「あの時はかなり気が動転していてな。騙すための偽物なら、自らそんな正体がバレるようなことはしないと気がつくのに少し時間がかかった。」
「家の者への合図に、メモを私の髪留めに挟んでレイラに渡しておいたはずですわよ?」
「それ見せる前に連れて行かれそうになって、うちがテンパって先に噛みついてしもたんや。
すぐ髪留めにも気づいてくれたから大丈夫やったで。メモは擦れて半分くらい読まれへんようになってたみたいやけど。」
「紙もペンも、乾かす時間もなかったんですもの………」
異世界だし声出ないし体力も奪われてるしで大変だったはずなのに、國本さんすごいな。俺なら心が折れてそうだよ。
「犯人はまだ捕まっていませんが、もう時間の問題ですわ。あとは、レイラのことなのですけど………」
「刀伎君達に頼めば元の世界に帰れるかもってローレンさんに聞いてん。最悪帰れんでもええけど、手紙くらい届けられへんかな?」
本当に帰れなくていいわけがない。無理だった時でも俺が言いやすいよう、気を遣ってくれてるんだろうか。
一昨日は関西弁のインパクトが強くて印象に残らなかったが、あの時もジュリアさんや子ども達のことを気遣っていた。自分だって大変だっただろうに。
「来られたなら帰れるはずだから、言ってくれればいつでも送るよ。
ただ、体調が万全じゃないと。この世界に来た時、体調悪くならなかった?」
「んー、それが覚えてないんよな。気ぃついたらもう村で介抱されとってん。それからしばらくは起き上がられへんかった。えらい熱も出してもうてなぁ。」
相当ギリギリだったんじゃないか、それ。
「せや、あの村の人らにもお礼言わんと。どこやったんやろ、あそこ。」
「どんな村か聞かせてくれ。私の方で調べよう。」
侯爵様が國本さんに向ける表情がとても柔らかい。國本さんも自分の娘枠に入っているらしい。
「ありがとうございます、侯爵様。
ほんなら、やることやって体調戻ったら改めて刀伎君、というかウィリアムズ家に連絡したらええかな?」
「そうだね。あ、ご家族に手紙だけでも先に送る?連絡先教えてくれれば。」
「それ助かる~、ほな両親宛ての手紙書くから投函だけ頼んでええ?郵送料は後で絶対返すから。」
「了解。他には?國本さん、おばあさんの家の近くで行方不明になってるんだよね?親戚の人達とかには無事を伝えなくていいの?」
「いや………それは一旦ええわ。しばらく殺人の罪悪感で苦しんだらええねん、あのアホ共。」
「え」
なんか不穏な言葉が。
目元が笑っていない國本さんから黒いオーラが吹き出てきたので、詳しく聞くのはやめておこう。怖い。
「刀伎君はいつ帰るん?そっちも体調整うの待ってる感じ?」
「え、あぁ、俺とヒューはいつでも行き来できるから。」
「そうなん?それ、うちもできる?」
「それは………」
どうだろ。こっちに来た時はギリギリだったっぽいし、ちょっと難しそうだけど。
「ヒュー、どう思う?」
「………今のままなら厳しいだろう。魔力量は充分だが、感知と操作がまるでできていない。」
「うー、さよかぁ。残念やなぁ。」
「いや、練習さえすれば行き来も可能だと思うぞ。魔力操作は俺が教えてもいい。」
「ほんまに!?嬉しい!」
國本さんがヒューの手を握ってぶんぶんと振りだした。それを見るジュリアさんが眉根を寄せて不機嫌な様子。もしかして、やきもち焼いてる?
「えっと、ジュリアさん、國本さんに魔力の扱いを教えてあげてくれませんか?魔力が同じですし、魔力量も感覚も近いはずなので説明が伝わりやすいと思うんです。」
「そうなんや。ほなジュリアちゃん、教えてくれへん?また会いに来れるように頑張るから。」
瞬間、ぱあっとジュリアさんの顔が明るくなった。裏表なさそうな人だなぁ。
「ええ、勿論構いませんわ!その、よろしければヒューバート様も一緒にご指導いただけませんこと?」
お、ジュリアさん積極的。ヒューと二人きりじゃなくても良いんだ?
………國本さんがその後ろでまたにやついている。ジュリアさんが妬きそうな行動をしたのはわざとだったようだ。完全に楽しんでるな。
「空いた時間で良いなら………あと、侯爵のお許しがいただければ。」
「………あぁ、君は世界でも指折りの魔導士だ。できる範囲で構わないから見てあげてほしい。後程、互いの予定を確認しよう。」
ジュリアさんがヒューへの好意を隠すことなく全開にしているからか、侯爵様の表情がまた若干固くなっている。気持ちはわかりますけど、ヒューに他意はないんでそんな顔しないでください。
「………あらレイラ、少し顔色が悪くなってきたのではなくて?」
「ん、まだ大丈夫やで。でもやっぱ本調子ちゃうなぁ。」
「ジュリア、レイラさんを連れてもう帰りなさい。私はこの後魔導研究室長に用がある。」
ローレンさんに?俺達もこの後会いに行くけど、別の用件かな。
「わかりましたわ。それではヒューバート様、ユウト様、ごきげんよう。お父様、わかっておられますわね。」
「ああ。」
?
「ほな刀伎君、何かうちにできることあったら連絡してな!産業チートとかやったら多少力になれるで!」
「そんなことする予定はないけど、ありがとう國本さん。お大事にね。」
飾り気のない部屋に華を添えていた女子二人が去り、ずしりと空気が重くなる。
「私も、君達と魔導研究室長の所へ行くことになっている。」
「そう、ですか。」
うあぁ、気まずい!!




