55.5 在りし日の思い出
「こらっ、ハリー!」
「!」
たたたた………
「待ちなさいっ!」
「………わあっ!?」
「捕まえたぞ。何かあったのか、リリー。」
「ヘクター!ハリーがまたヒューに意地悪してたのよ。今日は庭で転ばされて、泥だらけになってたの。
ヒューはあなたより小さいのよ!怪我したらどうするの!」
「………っ!」
「あっ、また逃げた!………全くもう。」
「ハリーもまだ甘えたい盛りだ。弟妹に親を取られたように感じる子は多いと、昔の同僚も話していた。」
「だからって………」
コンコンコン
「あ、あのっ。旦那様。」
「ん………ダン?エイデンも一緒か。」
「失礼致します。主様、少しお時間よろしいでしょうか。」
「構わないが。」
「ありがとうございます。
実は、息子が気になることを申しておりまして………」
「何だ、ダン。」
「………あの、最近ハロルド様についてるメイドが、『このままだと家は魔力が強い弟君が継ぐことになって、ハロルド様は追い出されちゃうかも』ってハロルド様に言ってて。」
「何ですって!?」
「落ち着けリリー。ダン、続きを。」
「そんなはずないってはじめはハロルド様も言ってたけど、だんだん本当にそうかもって思うようになってきたみたいで。」
「そのメイドの名はわかるか?」
「えっ、名前………は、わかんないです。でも、色白で赤っぽい髪色の、背が高い人です。」
「よく教えてくれた。
エイデン、条件に合うメイドを調べろ。ダン、ハリーを呼んでこられるか。」
「かしこまりました。」
「はい!」
「かわいいハリー、私達はあなたを追い出したりなんかしないわ。あなたは大事な大事な息子なのよ?」
「………でも、まほうはヒューの方がゆうしゅうなんでしょ?ぼくはいつかいらない子になっちゃうって。おいだされるまえに、ヒューをおいだしちゃえばいいって、でも、そしたらヒューが一人になっちゃうけど、ぼくもおいだされるのはいや………」
「息子を追い出すなんて、何があってもあり得ないわ!」
「………ハリー、あのメイドはうちを弱体化させるために送られた工作員だった。お前達兄弟が不仲な方が、将来この地で動きやすくなる。
お前は賢いから、わかるな?」
「父さま………ぼくがヒューをきらいになるように、ぼくにうそを言ってたってこと?ヒューがぼくのことまほう弱いからばかにしてるって言ってたのも、うそ?」
「あの女………根拠のない侮辱も罪状に加えておきましょう。
少なくとも私は、ヒューがあなたを悪く言っている所は一度も見たことがないわよ。あなたはヒューに直接何かをされたことがある?」
「ううん、ない………あ、でも、毎日どこまでも後ろついてこられるのは、ちょっといや。」
「あら、あの子そんなことしてるの?ふふ、かわいい。
想像してみてハリー。あなたなら、馬鹿にしている相手の後ろを毎日毎日追いかけたりする?」
「えっと………わかんないけど、たぶんしない。」
「でしょう?きっとヒューはあなたのこと大好きなのよ。」
「………母さまは?ヒューにいじわるした悪い子だから、ぼくのこときらい?」
「そんなことないわ、勿論大好きよ!ハリーもヒューも追い出したりなんかしないし、もしいなくなったりしたら世界の果てまでだって探しに行くんだから!
今まで不安に気づいてあげられなくてごめんなさいね、ハリー。私もヘクターも、あなたを愛してるわ。ね、あなた。」
「勿論だ。」
「………」
「私はね、ハリーとヒューに、お互いを助け合える兄弟になってほしいの。でもヒューはまだ少し小さいから、今はハリーが支えてあげて。いずれヒューもあなたを支えてくれるようになるわ。できる?」
「………うん。ごめんなさい。」
「良い子ね。
さぁ、まずはヒューに謝りに行きましょうか。」
「ほら、ハリー。」
(………さぁ、ここからはできるだけ口を出さないよう隠れて見守るわよ、ダン。)
(じゃあなんで僕連れてこられたんですか?)
(私一人だと飛び出して行っちゃいそうで。止めてくれない?)
(無理ですよぅ………)
「………」
「兄さま?」
「その………さっきころばせたのとか、くつに小石入れたりとか、本のしおりを違うページに変えたりしてごめんなさい。」
(ハロルド様………何て地味な嫌がらせを………)
(ある意味陰湿な気もするけれど、多分ハリーにいたずらのレパートリーが無さすぎるのね………かわいい………)
「えっと………どういたまして?」
(何が!?)
(しかも言い間違えてる!かわいい!)
「………兄さまは、ぼくのこときらいなの?」
「!」
「ついていったら、いつもにげられちゃうもん。いじわるするのも、ぼくがいやだから?
だったら、兄さま悪くないよ。………兄さまがいやがってるのに、ずっとついてってたぼくが悪いから、ごめんなさい。」
(………ヒューバート様、意地悪だってちゃんと気づいてたのか。鈍感過ぎて気づいてないのかと思ってた。)
(気づいていても一緒にいたかったのね。うちの子健気!かわいい!)
(奥様はお二人が何しててもかわいいっておっしゃいますよね………)
「………べつに、きらいじゃ、ないし、ヒューは悪くないよ。」
「ほんと?………あのね、ぼくはね、兄さますきだよ。
はしるのはやくて、父さまにけんじゅつならってるのもかっこよくて、ぼくね、兄さまみたいになりたいの。」
「え………?」
(あら、初めて聞いたわ。興味があるなら、そろそろヒューにも剣術習わせてみようかしら。)
「でもね、ぼく、はしるのへただし、すぐころんじゃうし、兄さまの木の剣もってみたけどもちあがらなかったの。」
(まだやめといた方がいいんじゃないですかね。)
(………そうみたいね。)
「だからね、ぼくはまほうをがんばって、いつか兄さまのお役にたてるようになるからね、その………ぼくのこと、おいてかないで?」
「………!」
(潤んだ瞳での上目遣い!ハリーにも効いてるわ!)
(無意識にやってる所がポイント高いですね。)
「………ぼくが、ヒューより弱くてもいいのか?」
「? 兄さまはつよいし、かっこいいよ?」
「そうじゃなくて………ヒューは、まほうがぼくよりずっとずっと強いから。」
(………あの工作員の言葉、ハリーにかなり影響してしまっているわね。跡継ぎは魔力量で決めるわけじゃないし、家を継ぐ以外にも道はたくさんあるのに。そもそも、ハリーも魔力量はトップクラスよ。)
(家を追い出されるかもって言われたのが効いてるんじゃないでしょうか。
僕だってそんなこと言われたら焦りますよ。親も家もなくなったらどうしたらいいのか、考えるだけでも怖いし不安になります。)
(そうね、子どもにとっては相当怖いことよね………)
(しかもその理由が自分ではどうにもできない魔力量だと言われて、どうしていいかわからなくなって弟に当たってたって所でしょう。僕がハロルド様くらいの年ならきっと同じようなことしますもん。)
(………ダン、あなた本当に10歳?)
「大きくなったら、ヒューはぼくより強くなるんだ。そしたらぼくは………」
「ぼくは、まりょくこわいからきらいだけど………えっと、兄さまはじぶんよりまほう弱かったらきらいになるの?じゃあ、父さまのこときらい?」
「!」
(え、旦那様って魔力弱いんですか?)
(そうよ、ほぼないと言ってもいいくらい。若い頃から色々と苦労してたわ。)
「違うっ、きらいじゃない!」
「うん、だからぼくも、兄さまがまほうよわくてもすきだよ?兄さまだったらなんでもすきだし、かっこいいの。」
(あらあら、殺し文句ね。)
「………っ!」
「え、あれ、兄さまなんで泣くの?ぼく、兄さまのことすきでいちゃだめ?」
「だめじゃない!ぼくもヒューのこと大事にする!もっと剣術頑張るから、これから何があっても、ぜったい兄さまが守れるように強くなるからな!!」
「うわっ!?何、なに??何でだきつくの、おもいよ!」
「あーもう我慢の限界!」
「あっ、奥様!………やっぱり止められなかった。」
「二人とも大好きよ!!」
「わあぁ、母さま!?」
「………なーんてことがあってね?」
「勘弁してください母上………」
「思い付く意地悪があの程度ってのが可愛らしかったですよねー。今じゃ随分腹黒くなっちゃって。」
「せめて君は私の味方をしてくれ、ダン。」
「何をおっしゃいますハロルド様、私はいつ何時も貴方様の味方ですとも。」
「白々しい………」
「そんな所から崩しにかかるとか、貴族社会怖………。
っていうか、ハロルドさんにもちゃんと子どもらしい時代あったんですね………」
「ユウト君が私に抱いているイメージを今度詳しく聞かせてもらってもいいかな?」
「ヒューも、子どもの時はハロルドさんのこと大好きだったんですね!」
「改めて言葉にし直さないでくれファウスト………というか別に昔に限らず今も好………いや、その、嫌いな訳では………」
「! ヒュー、最後までちゃんと聞かせて?今も、何?」
「………」
「そういうことするから避けられてるってまだ自覚できないんですかハロルド様。いい加減本当に嫌われますよ。」
「うぅ………わかってても聞きたいんだ………」
「昔も今もかわいいわね~ハリーは。」
「あ、頭を撫でるのはおやめください母上………」
「兄上も俺のこと撫でるくせに………
それより今の話、欠片も記憶に残ってないんですが、俺そんなこと言いましたか兄上。」
「そこはそれでいいむしろ思い出さないでくれ永遠に。
………私にとってあの頃のことは、日本語で言う所の『黒歴史』なんだから。」




