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暴走した魔物が来る………と思っていたが、見た目ただの馬だな。っていうか、見覚えある馬だな。
「あれ、さっき俺が乗れないからって残った馬じゃないですか?あんなに魔力ありましたっけ?」
「いや、あそこまでは。鼻革が、黒………?普通の馬だったのか。すまない、こちらの手違いだ。ファウストがあいつに乗らなかったのは幸運だった。」
ハロルドさんの白馬や、軍で使われる馬の一部は魔物か、魔物の血を引く馬だと前に教わった。維持費はかかるが、その分魔力への抵抗力が高いとか。
「穴の近くに行く時は魔物の系譜に連なる馬を使うよう命じられているんだが………誰かが間違えたようだな。」
「もしかしてあれ、癇癪ってやつ?触ったら治る?」
「可能性はあるが、暴れている馬に近寄るのは危険だ。蹴られて死ぬ事故も起きている。被害が出ないよう、軍では基本遠くから倒す決まりだ。俺がやろう。下がれ。」
「え、でも」
安全のための決まり事とはいえ、可能性があるなら治してあげたい。俺なら蹴られる前に避けられるはずだし………
「アールシュ、試したいことがあるんですけど、その決まり破っていいですか?上手くいけば治してあげられます。」
お、ファウストに先を越された。しかも脳筋戦法の俺と違って、何か策があるようだ。
「………お前は軍人ではないから構わんが、十分注意しろ。危ないと判断したらすぐに首を落とす。」
心配して言ってくれてるのはわかってるけど、無表情でその台詞はだいぶ怖いよ?落とすの、俺達の首じゃないよね?
じゃあやりますね、と軽く言って、ファウストが袖からワイヤーを出し始めた。左腕に着けている機械のようなものが袖の中で淡く光っている。
「これの強度を試す機会がなくて。大丈夫だとは思いますけど、ちぎれちゃったらユウト、お願いします。」
「了解、任せて。行ってらっしゃい。」
「?」
日本で合流した時にちらっと見せてもらったやつだな。魔力をこめるといくらでもワイヤーが出てくるとか言ってた。カゲと戦う時のように、馬をワイヤーで縛り上げるつもりらしい。
ファウストは地面にワイヤー先端のフックを刺すと、馬の動きを誘導しつつ周囲を駆け回り始めた。地面にワイヤーで模様を描いているようにも見える。
「できました!馬の動きを止めるので、二人で落ち着かせてください!」
「わかった!いつでもいいよ!」
「これは………いつぞやの罠か。成程、かかってしまえば身動きは取れんだろうな。」
「いきますよ!せーのっ!」
ファウストが掛け声と共にワイヤーを引くと、地面に張り巡らされていたワイヤーが一気に馬の脚に絡みつく。お姉さんのカゲを縛った時もそうだったが、相変わらずワイヤーをどうしたらそうなるのかさっぱりわからない。
馬はバランスを崩して倒れ込む。ワイヤーが切れる様子はないし、近づいても大丈夫そうだ。よしよし、落ち着け~。
聡馬おじさんの時は魔力が荒れてるのが何となくわかったけど、なんか今回はもっとぞわぞわするな。この感覚、よく知ってる気がするんだけど………何だっけこれ………
「うん、治ったと思うよ!」
「良かったです!ワイヤー消すんで離れてください!」
へー、任意で消せるんだ。超便利じゃん。
馬は大人しく立ち上がり、俺達に礼を言うように鼻をすり寄せた。治ってるな、よしよし。
「ユウト、さっきまでの馬の魔力、カゲになりかけって感じしませんでしたか?」
「あぁ、カゲか!何か覚えのある感覚だと思ったんだよ。穴の近くは異質な魔力が多いのかな。」
「カゲとは何だ………と、外で立ち話もな。後で聞かせろ。
ファウスト、礼を言う。こいつの命を奪わずに済んだ。」
「むようのせっしょうはごはっと、ですからね!」
なんか、ファウストが変な言葉覚えてる………
「今のような夕暮れ時に、鼻革の色を識別するのは無理があるな。これまでは主に厩舎での確認用だったから問題にならなかったが………」
「馬の種類、鼻革で見分けてるの?鞍とかの方が大きいし見間違いも減るんじゃない?」
「そうだな。この件の報告ついでに、上に提案してみる。」
「マンダル軍曹、何事ですかー!!」
門の詰所から異変に気づいた兵士達が応援に駆けつけてきた。もう大丈夫ですよー。
「問題ない、こいつが癇癪を起こしていた。」
「そうだったのですか!」
その言い方だと、子どもが我が儘言って大変だった、みたいな感じに聞こえるな。
「やはりあの穴の近辺は危険なのですね。助かって良かったなぁ、おまえ。」
「ブルルルル………」
「はは、こらこら髪を食うな………馬は私達が本部に帰しておきますんで、軍曹殿は早くそのお二人連れてってください。ウィリアムズ様の所から詰所に連絡きてますよ。まだ来てないのかーって。」
「そうか、では頼む。
ヒューとハロルド様がお待ちのようだ、急ぐぞ。」
歩いてウィリアムズ家の屋敷に到着すると、兄弟と一緒に女性が出てきた。
「まぁまぁ、本当にそっくりだわ!いらっしゃい!」
「………カナエさん?」
「奏江さんだね………」
「ユウト、ファウスト、アールシュ、よく来たな。こちらは俺達の母だ。」
赤みがかった黒髪に青緑の瞳、ヒューはお母さん似だったんだな。
………ここでは奏江さんと秋次さんが本当に両親なのか。不思議な感じだ。
「ローレンさんに聞いてます。えっと、リリーさん?」
「そうよ!あなた達がユウト君とファウスト君ね?私も話は聞いてるわ!あぁ、もっと早く会いたかった!二人ともヒューより少し幼くてかわいい!!」
テンションたっか。勢いに押されてファウストが俺の後ろに隠れちゃったよ。性格も少し奏江さんに似てるっぽいな。
ハロルドさんが苦笑いを浮かべながら俺達の後方に向かって声をかける。
「アールシュ君もようこそ。君はうちに来るの初めてだよね。ゆっくりしていって。」
「お招きいただき、ありがとうございます。」
アールシュはいつもの無表情を更に強張らせているが、あんな風に緊張するのが普通なんだよな、多分。ここ伯爵家の邸宅だし。
「さぁさぁ、お話を聞かせてちょうだい!ダン、ステラ、部屋の用意は出来ているのよね?」
「はい。皆様、こちらへどうぞ。」
ダンさん?は初めて会うな。赤っぽい茶髪に同じ色の瞳、キリッとした人だ。ハロルドさんより少しだけ年上って感じかな?
「あぁ、ユウト君はダンと初めて会うのか。彼は私の補佐をしてくれているんだ。頼りになるよ。」
「ハロルド様がよく黙って消えるから、私がフォローする羽目になるだけです。」
「私だって必要で消えてるんだし、できるだけ控えるようにするから許してくれよ。」
「必要で消えるって何ですか。消えるならせめて仕事してからにしてください。領も忙しいんですからね。………今は仕方ないとは思いますが。」
「最近任せきりで悪いとは思っているよ。埋め合わせはするから。」
ヒューにとってのステラみたいな感じがするな。仕えている相手に対して遠慮がなさそうな所とか。
「………っと、失礼しました。よろしくお願いいたします、ユウト様。それでは皆様、こちらへ。」
「王に直接伝えているなら、国での対処は問題なくしていただけるわね。
ハロルドはそちらの対応に専念させろ、とヘクターも言ってくれてるから領は任せて。爵位継承も先伸ばしを決めたわ。」
「ありがとうございます。父上にも、私が感謝していたとお伝えください。」
「ええ。急ぎ領の方で対処した方が良いことはある?」
「そうですね、領にも手紙を送りましたが魔物が………」
奥様はたまに暴走する、とか前に聞いたからちょっと不安だったけど、普通に話聞いてくれてるし頼りになりそう。
暴走するって聞くとお化け見た直後の、髪を振り乱して塩を撒く奏江さんを想像しちゃうんだよね。同じ顔だから。
「ユウト………俺、もう人の名前覚えきれないです。ユウトはどうやって覚えてるんですか?」
ファウストが俺の隣で遠い目になっている。確かに、ここ最近で知り合いが一気に増えたからなぁ。
「小説とか漫画を三つ同時平行で読み進めてると思えば、俺はまだ大丈夫かな。
でも未だにハロルドさんをカズ兄って呼びそうになるし、正直覚えられてない人もいるよ。」
「各世界に知り合いができたからな。ややこしいのは確かだが、頑張って覚えるしかないだろう。」
人数的にはまだ大丈夫だけど、ちょいちょい異世界の同一人物がいるのが問題なんだよな。顔で覚えるとこんがらがっちゃう。
「………その、少しいいだろうか。」
端の椅子で彫像のようになっていたアールシュが突然ヒューに向き直った。何だろう、今まで心の準備でもしてたのかな。
「ウィリアムズ殿。俺も、あなた方三人が一時入れ替わっていたことを聞い………聞きました。一昨日が初対面だったそうですね。改めて、アールシュ・マンダルと申します。」
「む、誰に聞いた、のですか。ユウトか?」
「話したのはローレンさんだってさ。イアンも知ってるよ。入れ替わっていた時に関わった討伐隊の人達には大体話すつもりだって。」
「そう、なのか。」
動揺を隠そうとはしているけど、ヒューの目が激しく泳ぎだした。アールシュも無表情で緊張してるっぽい。二人とも頑張れ。
「えー、マンダル殿。事情を黙っていて申し訳ありませんでした。あと………今まで通りに話してもらえますか。呼び方も気軽に、ヒューと。」
「わかった、俺のこともアールシュと。そちらも、楽な口調で話して欲しい。俺が親しくなったのはそちらの二人だが、できるならあなたとも、親しくなりたい。」
「………ああ。では改めて、よろしく頼む。」
良かった、二人とも人付き合いに若干難があるから心配だった。ヒューもこれで、本当の意味でぼっち脱却できたかな。
ハロルドさんとリリーさんは話を続けながら、ヒューを生暖かい目で見守っている。ヒューが居心地悪そうだから止めてあげてください。
「ユウト、ヒューに先程の馬の話をしておきたい。カゲについては道すがら聞いたが、ヒューもカゲは知っているのか。」
アールシュ、ナイス方向転換。
「カゲだと?この世界でか。確かに、魔力の異常が起こっているのだから可能性はあるな………何がカゲになった。倒したのか?」
「なる前に治した。馬が癇癪を起こしたんだけど、その時の魔力がカゲっぽかったんだ。あのまま放っておいたらなってたと思う。」
「普通の馬が穴に近づいたからかもって話してたんですけど、この世界と魔力に詳しいヒューの意見を聞こうと思って。」
成程、見てみないとわからんが………とぶつぶつ言いながら考えこんでしまった。ヒューがこうして口元をさすっている時は周りが見えない熟考モードだ。
「アールシュ、ヒューはこうなったらしばらく戻ってこない。とりあえず伝えられたから大丈夫だと思う。」
「そうか。………では、俺はそろそろ失礼する。明日、魔導研究室長に呼ばれているんだ。」
「あら、よければこのまま夕食に誘おうと思っていたんだけれど。ヒューが初めてうちに呼んだお友達でしょう?」
「初めて、では、ありません。」
あれ、熟考モードだったのにちゃんと周りの話も聞いてたのか。ヒューにしては珍しい。
「庭の野良猫はお友達の数に入れちゃ駄目よ?」
「ぐぅっ………!」
………可哀想過ぎる。
「確かに猫を邸に入れた回数の方が多いですが………職場の人なら招いたことあるし………イアンも来たことあるし………」
床に崩れ落ちてブツブツ言い出したヒューを気遣ってか、アールシュが慌てて口を開いた。
「その、有難い申し出ですが、明日は早く家を出なくてはならないのです。またの機会に、誘っていただけますか。」
「そういうことなら仕方ないわね。これからもうちの子達と仲良くしてくれると嬉しいわ。ステラ、お送りして。」
「はい、こちらへどうぞ。」
「失礼します。」
アールシュは最後の最後までガッチガチだったな。俺達と話す時はそこまででもなかったんだけど。
ヒューは顔を押さえて小刻みに震えているので、復活するまで放置しておこう。あれは下手に慰められる方がダメージくらうやつだ。
「さ、難しい話はここまでにしましょ!これから大変になりそうだし、ご飯食べていっぱい寝て、英気を養わないと!あなた達の世界の話も聞きたいわ!」
こっちにいらっしゃい!と言いながら、目を輝かせたリリーさんが俺とファウストの手をぐいぐいと引っ張る。
ヒューとそっくりだな。少し強引な辺り。
この日はそのまま屋敷で食事をいただいて、リリーさんや邸の皆さんとたくさん話をして、真夜中近くにようやく眠りについた。
リリーさんがなかなか離してくれなかったけど、そこはハロルドさんとダンさんが上手く誘導して休ませてくれた。リリーさんに悪気がないのはわかってるんだけどね、さすがにちょっと疲れたよ。




