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神社の周りだけ雪がちらついている。積もる程ではないが、異様な光景だ。遠くには夏らしい入道雲が見えているのに。
「もしもーし、誰かー。………うぅ、何でこんなに寒いんだよ………ポスト、には入らないしなぁ………」
あれ、社務所の前でうろうろしてるのって………
「あ、いたいた。司馬君達にお土産渡しに来たんだけど………結斗?が、三人??」
俺の保護者の一人、秋次さんだ。ちょっとタイミングが悪かったか………奏江さんじゃなくて良かったと思おう。
「父上の髪が、黒い………ひげもない………」
「ほんとですね。俺が見た絵よりちょっと若い気がします。」
「え?えぇ??」
秋次さん、向こうではヒューのお父さんなんだ。秋次さんは三十代前半だから、ヒューとハロルドさんの父親にしては確かに若過ぎるな。
「秋次さん、いらっしゃい。母さんはお祓いで外だよ。とりあえず中入って。
結斗、こうなったら秋次さんも巻き込んじゃおう。奏江さん誤魔化すの手伝ってもらえた方がいいだろ。」
仕方ないか。隠し続けるのも無理あっただろうし。
「奏江に言わないのは僕も賛成。知らずに秋吉見かけた時でさえ、僕のドッペルゲンガーだと思い込んで家に塩撒いてたくらいだし。あの時は大変だったな………」
説明を聞いた秋次さんが、湯飲みを揺らしながら遠い目をしている。奏江さんが怪奇現象を見てしまった日は、家に塩や除霊用の御札、謎のハーブ等が散乱するので掃除が大変なのだ。
………幽霊とか悪霊ならともかく、ドッペルゲンガーって塩効くのかな。
「あぁ、秋次さん双子だから………双子って同じ顔だよな。結斗達みたいに魂同じなのか?」
「俺も気になってシキに聞いたことがあるが、双子には四パターンあるらしい。
双子には一卵性と二卵性、更に一つの魂が二つに分かれて宿った一魂性の双子と、二つの別の魂がそれぞれに宿った二魂性の双子がいる。
一卵性双生児でも、二魂性だと何故か一目で見分けがつくらしいぞ。二卵性なのに魂が同じでそっくり、という双子もいるそうだ。」
「じゃあ、僕と秋吉は魂も同じなのか。結構性格違うけどなぁ。」
へー、知らなかった。双子の知り合いなんて、そう沢山いるものじゃないしな。
………って、今はそんな話してる場合じゃなかった。
「カズ兄、そろそろこの寒さの説明して欲しいんだけど。おじさん何したの?」
「ん、風邪引いた。それだけ。」
???
「俺が昔風邪拗らせた時はもっとすごくて、窓とか凍ったんだってさ。まぁ、あの時は冬で元々寒かったけど。
霊力ってか、魔力が上手く制御できなくなってんじゃないか?結斗も赤ん坊の時に一回だけ、高熱でポルターガイスト起こしたことあるらしいぞ。」
え、何それ知らない。
「ちょっと今回ひどいけど、治ればこの寒さも和らぐよ。いつも通りなら。」
「それなら、結晶が近くて魔力が不安定な神社より家にいた方が良いのではないか?」
「八月に俺ん家だけずっと雪降ってたら騒ぎになるだろ。」
あぁ成程、そういう意味では住宅街のど真ん中より森の中の神社にいる方がましか。
「カズマ、一度父君に会わせてくれないか。魔力異常の影響を受けているのかもしれん。」
「お見舞いされるの嫌がるんだけど………ま、いっか。
結斗、マスク配ってくれ。俺は親父に皆が来てることを伝えてくるよ。」
了解。
「ますくって何ですか?」
「これ。ファウストも動物解体する時、自分の口元を布で覆うだろ。」
「解体?ファウスト君って肉屋さんか何か?猟師?」
「そうじゃなくて………いや、猟師は間違ってないのか?」
戸棚から使い捨てマスクを出して皆に配り、急病人が出た時なんかに使っている休憩室に向かう。
子どもの頃から出入りしすぎて、社務所の構造はほとんど把握しているから迷うことはない。勝手知ったる夜海神社、である。
カズ兄はまだ部屋の前で話してるな。おじさんが中に入れてくれないようだ。弱ってる所ってあんまり人に見られたくないよね、わかる。
「皆もうちょっと待っててくれ、言い負かすから。」
「せめて説得って言いなよ司馬君………」
「げほ、誰も入って来るなよ。あ、その………ほら、うつすと悪いから。」
あれ、なんかおじさん、機嫌悪い?
「おじさん、それ風邪じゃないかもしれないから見せて。皆マスクしてるよ。」
「………ごめん、さっきから尋常じゃなく苛々するんだ。お前らにも当たりそうだからしばらく部屋に近寄るな。落ち着いたら俺の方から行く。」
普段の雰囲気からは想像できない、低く唸るような声が返ってくる。喉を痛めて、という感じではない。
それに、おじさんに「お前ら」なんて言われたのは初めてだ。これはただの風邪じゃなさそうだな。
カチッ
ん?
「開きましたよ、ヒュー。」
「よくやった、失礼します。」
何やってんだ異世界組!!
ファウストは何でマスク知らないのに鍵は開けられるんだよおかしいだろ!針金なんてどこに隠し持ってた!?
………でも、もしあんまりこの状態が続くようなら俺かカズ兄がドア蹴破ってただろうからそれよりはましか。よし、このまま強行突破しよう。
「ファウスト、ナイス!親父、大人しくしろよ。ヒュー、早くみてくれ。」
「はな、せ。離れろって!」
「はい却下ぁ。秋次さん脚押さえて、結斗とファウストはこっち頼む。」
「いいのかなぁ………やるけど。ほら聡馬さん、大人しくして。」
確かにこれ、絵面が病人への集団暴行だな。少し気の毒ではある。
………やるけどね。
「あれ、ちょっと落ち着いた?」
「ユウト、魔力の異常で間違いない。そのまましばらく押さえていろ。収まるはずだ。」
しばらくすると徐々におじさんの力は弱まり、ベッドに倒れるとそのまま寝息をたて始めた。うん、呼吸は落ち着いてるな。
改めて部屋を見渡すと、ベッド脇の机にあったらしい薬が散乱していたり、水の入ったコップが倒れていたりとなかなかに荒れている。苛々するって言ってたけど、魔力と関係あるのだろうか。
「………一発くらいなら殴っていいかな。」
「カズ兄!?え、何で!?」
「何かムカついた。」
だから何で!?何に!?
「カズマ、一旦離れてこっちに来い。俺にしばらく触れていろ………抱きつくのはやめてくれ。
体内の魔力が大きく乱れて制御できなくなるとこうなることがあるんだが、魔力が一定量ある者が触れると同調して落ち着くんだ。俺の世界では子供がよくなる症状で、大抵親が撫でたり抱き上げたりして治す。
通常は落ち着いている方に同調するんだが、稀にこうして乱れの方がうつってしまうことがある。」
「でも、どうして司馬君だけ?僕は何ともないよ。」
「俺やユウト達は魔力の総量が多く、魔力制御もできるので、周囲の魔力から影響を受けにくいのです。
アキツグ殿は、その………おそらく、乱れるはずの魔力そのものが少な過ぎて逆に影響を受けないのかと。貴殿が触れてもあまり意味がないので、普通に風邪を引いた時と同じ対処をお願いします。」
「わかったよ。………貴殿なんて初めて言われたなぁ。」
何でちょっと嬉しそうなの、秋次さん。
「………本当だ、落ち着いた。サンキュな、ヒュー。
結斗は平気なのか?」
「今んとこ何も。ヒュー、これあの結晶のせいかな?」
「多少影響はあったかもしれんが、もしそれだけが理由なら今頃俺達も荒れているだろう。
それに、他の理由も色々考えられる。魔力が大きく乱れた所に行ったとか、体調不良が先でそれに附随して魔力も乱れたとか、精神的な問題でもなり得るし………」
ヒューの説明がつらつらと続くが、皆の表情を見る限り全員話の内容はよくわかっていない。
勿論俺も「へぇー」という音を発するだけの置物と化している。すみませんね脳筋で。
とりあえず、あの結晶だけが原因ということはないようだ。
「俺の世界でこれは癇癪と呼ばれていて、風邪と同等の扱いだ。だが、魔力のかなり多いカズマが手当てだけで影響を受けるとは相当だな。そもそも、ソウマ殿もかなり魔力は多いから癇癪は起こしにくいはずなんだが。カズマ、何か心当たりはないか?」
「んー………」
カズ兄が部屋のカレンダーに近づき、最近のおじさん達の仕事を確認し始める。
俺達がここを離れてから二日くらいしか経ってないけど、その間に何かあったのだろうか。
「一昨日母さんと行ってたお祓いかなぁ。帰ってきてから寝込んだんだよ。」
「この世界で祓われているものが何なのか、確かめた方がいいかもしれんな。話を聞く限り魔力が関係しているのは確かだと思うが、もう少し細かく教えてもらえないか。」
「じゃあ、外でちょっと実演するか。基本だけなら俺も習ってるから。」
「たっだいまー!あー、皆いらっしゃい!一緒にいるってことは、ツグ君にも話したんだ?」
皆で外に出ると、ちょうど静流さんが帰ってきた所だった。
後ろに誰か連れている、というより引きずっている。何、犯罪現場?
「母さん、またヤンキー拾ってきたのか?今はやめろよ、親父まだ寝てんのに。
ヒュー悪い、実演は後でいいか?」
「あぁ………やんきーとは何だ?」
「シヅルさん、よく人拾ってくるんですか?ここだと普通なんですかね?」
いや、静流さんがおかしい。犬猫じゃないんだから。
「この子霊感強くてさ~。センスもあるし、ちょっと鍛えてみたくなっちゃって。ねー、ジウ君?」
「まだやるとは言ってねぇ。あと名前で呼ぶな馴れ馴れしい。
ちっ、わざわざ体力使い果たしたタイミング狙ってきやがって………」
「悪霊殴れるようにしてあげるって言ったら反応したじゃん。寄りつかれて困ってるんでしょ、遠慮すんなって。」
「遠慮じゃねぇんだよボケ。」
悪霊殴れるって誘い文句に反応した時点でアウトだ。興味を持った静流さんからはそうそう逃げられない。
ブリーチした髪、耳にはピアス、着崩した学ラン、手や顔には傷。完全に喧嘩後のヤンキーだが………
「あれ?アールシュですよね、ユウト。」
「そうだね………世間は狭いなぁ………」
「は?何語だそれ。」
「ひんでぃー?って言ってました。」
え、そうなの?
ヤンキー君(仮)は舌打ちをしながら鞄を隅に投げ、石段にどっかりと胡座をかく。
アールシュもグレたらこうなるのかな………
「インドか?んでそれ何なんだ。」
「へー、あたしインドはインド語だと思ってた。」
「それはあんたが馬鹿なんだろ。インドの公用語だって授業でやったぞ。」
見た目や態度とは裏腹に、授業は真面目に聞くタイプらしい。
「………あぁ?何ジロジロ見てんだよやンのか?」
「やるって、何をですか?」
ファウスト、ヤンキーにそんなこと言ったらキレられ………
「馬鹿にしてんのかてめぇ………いや、こいつマジで言ってんな。外人か?日本語上手いな。」
「えと、ありがとうございます?」
優しいヤンキーのようだ。
「司馬、この後燈弥君達くるから準備よろしく。」
「りょーかい。あそうだ、親父なんだけどさ」
「ちょい待ち。中入ろ、寒い。そうだ、結斗君達はともかくツグ君は何しに来たの?あぁお土産?いつもありがとね~。」
今回のお土産は………何だその不気味な置物。まさかうちにも置いてあるのか。
視界の端では、皆の意識が置物に向いていると思ったらしいヤンキー君がそろそろと逃げようとしてカズ兄に捕獲されている。
「………帰る。」
「母さんが無理やり連れて来たのは謝るけどさ、その怪我はせめて洗ってけよ。」
「いらねーって。」
「その状態で帰り道狙われたら、一方的にボコられるぞ。包帯くらいならうちにもあるから、な。」
「………。」
さすがカズ兄、ヤンキーの扱いに慣れている。
時々静流さんが拾ってくるヤンキーの相手をしてるし、かくいう俺もグレてた時期があるからな。あの頃は本当にご迷惑をおかけしました。
あ、億劫そうに石段に座り直したヤンキー君と目が合った。………何でそんなにじっとこっち見てくんの?目逸らしたら負けなの?
とは思いつつ、俺もついついヤンキー君の顔を観察してしまう。アールシュに会った時も思ったけど、なんかちょっとだけ見覚えあるんだよなぁ。
「おい、お前。」
うわびっくりした、話しかけてきた。
「よく見たら静嵐じゃねーか。その外人っぽい二人、兄弟か?長髪の方はコスプレっぽいが。」
「うっ」
「せいらん?」
そっかー、そうだよなー。この辺りの不良なら俺のこと知ってるよなー。
「………その呼び方二度としないでね、黒歴史だから。あと、この二人は親戚ってことで。」
「ユウト、こすぷれとは何だ?」
「カズ兄、ヒューにコスプレ説明しといて。
えーっと、ごめん、見覚えはあるんだけど、名前聞いていい?学校違うよね?」
「潮田。高校は違うが学年は同じだ。中学ん時にお前に挑んで負けた。あの頃は挑戦者山ほどいたから、覚えてなくても無理ねーよ。」
んん………聞いても思い出せない。ごめん。
「とりあえず中入ろう。俺、包帯巻くのは得意だよ。」
「………ん。」
黙って難しい顔してるとアールシュそっくりだなぁ。




