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今日は世界の狭間に一人でやってきた。ヒューはあれからずっと起きないままだが、使用人達も護衛達も「またか」という反応だったので多分大丈夫だろう。
「やっほー、ユウト君。ヒューバート君どしたの?」
「転移魔法の使い過ぎで、昼間に倒れてまだ寝てる。脳に負荷かけすぎたのが原因だから充分に眠ればすぐ治るって言ってた。幸せそうに寝言言ってたし、大丈夫だと思う。
ファウストはまだ来てないの?」
「そろそろ来ると思うよ~。
今日はあそこから、昨日の二人の証言が信じられないって偉い人がここに来ようとしたんだぁ。魔力があんまり多くない人だったから秒で魂霧散しそうになって、ファウスト君が頑張って連れて帰ってた。ちゃんと説明しといたのにねぇ。」
へー、無茶な人がいるもんだなぁ。
「ユウト君は人のこと言えないんじゃない?見てたよ、ドラゴン戦。」
あれ、声に出してた?
………いや多分また顔に出てたんだろうな。どうにかなんないかな、これ。
「ちょうどここにいたファウスト君が助けに行こうとして、止めるの大変だったんだからね?あ、噂をすればだ。ファウスト君~、ユウト君来てるよ~」
「大丈夫でしたか!?あの、俺昼間ここから見てて、おっきい羽生えたトカゲがいて、何か口から火出してて、それの前にいたユウトがぶわぁってなって、それでその、」
落ち着け落ち着け。俺は燃えてないよ。
「俺もぞっぢ行ぐぅ………絶対行ぎまずぅ………」
あぁ、ファウストのキャラが崩壊した。心配させちゃったんだよな、ごめんな。
「そうだねぇ………うん、行ってきなよ。こっちはテミスさんとソテルさんに協力してもらって私が見とくから。この二日間頑張ってくれたもんね。」
「! ぐずっ、ほ、ほんとですか!?今すぐ身体に戻って行っていいですか!?」
「気持ちはわかるけど、今は夜中だからやめとこうねぇ。ユウト君、なんか今日はずっとわたわたしてたよね。何かあったの?」
「色々あったよ、あのね………」
「レイラちゃん、だっけ?その子もここ通ったはずだよねぇ。いつ頃だろ。」
「大体一ヶ月前だって。まだ俺がヒューの身体にいた頃じゃない?」
「そっかぁ。体力回復したらきっと元の世界に帰るよね。その時は手伝うよー。」
「ありがとう。ファウストの方も大変そうだけど、大丈夫?助けが必要ならそっちにも行けるよ?」
「大丈夫ですし、今は俺に出来ることが何もないんです。正直ちょっと暇なくらいで………」
中の住人の避難が終わったのかな。いや、早すぎるか。
ファウスト達の外での処遇がまだ検討中でやることがない、とか?
「まだ中にいる人の説得は全然終わってないんですけど、俺が行ったら逃げられるか、問答無用で攻撃されるので手伝えないんです。翻訳機で俺の通称名の意味がわかっちゃいましたし………」
ファウストの後ろにぺしょんと下がった犬の尻尾が見える気がする。そんなに悪い意味の名前ばっかりだったのかな。
「豺は聞いたけど、他は何があったっけ?」
「………キリングドールは殺戮人形って意味で、近づいたやつは皆殺すんだろって、やられる前に殺してやるって襲いかかられたんで逃げました。
シュヴァルツ・シュピネは黒い蜘蛛って意味で、俺に近づくとカゲになる病気にかかるから来るなって追い返されました。そっちは何人かがかばってくれて、戦いにはなりませんでしたけど。」
おおぅ、想像以上に化け物扱いされてる。
ファウストは膝を抱えてのの字を書き始めてしまった。よしよし。
「だから俺は住人の説得できませんし、テミスさんとソテルさんが直接シキとやり取りするようになったので、俺はあそこに必要ないです。だから行きます。明日行きます。すぐ行きます。」
「どうどう、落ち着いて~。
ファウスト君が言ってるのは、昨日ここに来てた二人のことね。テミスさんは政府の調査員で、ソテルさんはテメノスの関係者の中で特に魔力に関する知識が豊富な人だってさ。二人ともかなり魔力量があって操作も上手いから、保護杖使えばここでしばらく話せるんだよ。」
人間であること以外の共通点を見出だせなかった、あの二人のことだな。女性がテミスさん、男性がソテルさんだそうだ。
「あの世界のお偉いさんが任命したあの二人に私が説明しないと、上が取り合ってくれないみたいでねぇ。ファウスト君は完全に子ども扱いなの。
君達以外をここに呼ぶのは避けてたんだけど、もうそんなこと言ってられないよぅ。」
「うん、まぁ、それは仕方ないと思うよ。」
むしろ証拠もないのにあっさり話聞いてくれたテルミニシアの国王陛下の方がおかしいと思う。おかしいって言ったら失礼か。
「ゲンさん達は内部住人の説得と誘導で忙しいので、あまり一緒にいられないんです。………俺、結構寂しがりだったんですね。だからそっち行かせてください。駄目でも多分行っちゃいます。」
駄目でも来るのかよ。最近ファウストの我が強くなってきた気がする。
俺はいいけど、ヒューはどうだろ。居候みたいなのがもう一人増えちゃうことになるけど。
「邪魔ならすぐ帰りますから、迷惑はかけませんから、役に立ちますから!難しいことはわかりませんけど、魔物倒したりだったら俺でも手伝えます!」
「ユウト君、問題ないなら行かせてあげて。
折角仲良くなった村の人達とはあんまり会えない、内部の住人の説得手伝おうとしたら殺人鬼扱い、テメノスを止めるためにした説明はまともに聞いてもらえないでかなりストレス抱えてるみたいだからさ。」
「俺も今はヒューの家でお世話になってる身だからなぁ………とりあえず、大丈夫かどうかヒューに聞いてみるね。」
「よろしく~。」
ファウストは自分の指をがじがじと噛んでいる。俺も子どもの頃よくやってたなぁ、あれ。
本とかマンガ読んでると爪を噛む人が多いみたいだけど、指噛むのって少数派?そんなことないよな、カズ兄もやってたし。
今の俺達は生身じゃないから、ちょっとくらい強めに噛んでても大丈夫だとは思うけど、癖になって生身でもやるようになっちゃうと問題なので。
「ファウスト、ストップ。噛むなら袖にしとこう?」
「うぅ~………」
………二日間でこれとは、相当ストレスだったんだろうな。
「社会的な問題とか人間関係的な問題だから、まだ向き合い方がわかんないんだよね、ファウスト君。」
「………。」
そうか。ファウストがお姉さん以外と関わりを持ち始めたのはここ最近のことだ。人と関わる上での悩みなんて初めてなのかもしれない。とりあえず頭をわしわしと撫でておく。
とはいえ、俺も人付き合いが得意なわけではないので下手にアドバイスとかはしない方がいいだろう。
「俺を知っている人」はそこそこ多いし、特別コミュニケーションが苦手とかでもないのだが、「普段から遊んだりする人」はカズ兄くらいしかいないのである。時々喧嘩売りにくるヤンキーを含めていいならもう少しいるけど、彼らの名前はほとんど知らない。
「俺が予定あいてる時にそっち行ってもいいんだよ?」
「こっちでは俺にやれることがないんですってば。ヒューの世界に行った方が役に立てます。
そういえば、ユウトの世界ではやることないんですか?」
あー、結晶は置いてあるけど………
「そうだなぁ………一回様子見に帰ろうかな。何か変化があるかもしれないし。」
「ユウトの世界になら、俺行っても大丈夫ですか?カズマさんにも会いたいです!」
「総馬おじさんと静流さんもいるし、ファウストがいきなり行っても多分大丈夫だとは思うよ。やることがあるかはわかんないけど。」
俺がそう言うと、ファウストは「やったぁ!」と満面の笑みでシキの周りをくるくる回りだした。シキもノリノリでファウストの手を取り、今度は二人で回り出す。絵面は謎だが、嬉しそうで何よりだ。
出会ってすぐの頃は、自分と同じ顔であるファウストの少し子どもっぽい感情表現に気恥ずかしくなることもしばしばだったのだが、今となってはただただ微笑ましい。
「異世界の自分」というより、「弟分」という感覚が強くなってきているからかもしれない。ヒューのことも「顔がそっくりな兄貴」くらいに思ってきてるし。
「じゃあ、明日予定がなければ日本に一度帰るよ。大丈夫そうならヒューも連れてくる。ファウストとは明日日本で合流して、そこからの行動は皆で一緒に考えようか。」
「はい!楽しみです!!」
「私にもどうだったか、お話聞かせてねぇ~。」
「シキも来ればいいんじゃないですか?」
「よその世界に行く気にはまだなれなくてねぇ。」
………前から気になっていたけど、シキがずっとここにいるならシキの世界はどうなっているんだ?
そもそも、シキはいつからここにいるんだろう。どこから道具や魔結晶を持って来るんだろう。自分の世界に帰れなくなったというのはどういうことなんだろう。
ヒューが嘘も悪意もないって言ってたし、俺達のことを本当に心配してくれるからそれなりに信用はしている。でも、謎多き人物なのも確かだ。俺達はいまだにシキの顔すら知らない。
「ん、私のこと気になる?色々あったんだよぅ、涙無しには語れない、壮大な物語が~。聞きたい~?シキ様どうか私めに教えてくださいって言えば教えてあげても」
「シキ様どうかわたくしめ?に教えてください!これでいいですか?」
ファウストが何の躊躇いもなく言った。
「誠意と恥じらいが足りないから駄目~。チャンスは一回だからこれで終わり~。ざ~んね~ん。」
「何が駄目なんですかぁ!ちゃんと言いましたよ!!」
これは、最初から話す気なかったな。
無理に聞き出そうとは思わないけど、機会があればシキの世界の話も聞いてみたい。
「シキ、もし明日俺達に予定が入ったら行けなさそうって連絡しに来るから、ファウストに伝えてくれない?
ファウストも、朝一番じゃなくてちょっとのんびり来てよ。昼くらいに。」
「すぐにでも行きたいですけど………わかりました。」
「任されたよー。じゃ、そろそろ帰る?まだ話しときたいことある?」
合流するならその時にいっぱい話せばいいんじゃない?
「えっと、俺の世界でもカズマさんとハロルドさんの同一人物見つけたくらいですかね。」
「そうなの~?」
まじ?俺も見たい。
「テメノスの中にいました。軽く戦いになりましたけど、話聞いたら俺から仲間を守るためだったそうです。多分ユウトくらいの歳で、少し仲良くはなれたと思います。」
「へー、じゃあ少なくともヒューよりは年下かな。ヒューは俺より少し上だから。
あ、そういえばヒューはちょっと前に誕生日だったんだって。十八歳になって、異世界で成人したって言ってた。」
「へー、そーだったんだ。今からでもプレゼント用意した方が良いかなぁ?」
「たんじょーび………?」
あれ、ファウスト誕生日知らないのか。そういえば自分の歳も知らないって言ってたな。
「産まれた日のことね~。私の国は日じゃなくて月で祝ってたから、私も誕生日までは知らないよ。なくて困るものでもないでしょ~。」
「え、出生の記録とかしないの?」
「私の国では誕生月しか記録しなかったよ。数字で言えば十八月~。」
「十八!?」
「ん?あ、私の世界は一年二十四ヶ月だったの。君達んトコは半分だっけ。一年の長さは同じだったから、月の長さが倍なんだろうねぇ。だから私の誕生日は………九月の後半、かな?」
二十四節気的な………?
シキの世界の暦は日本でいう旧暦に近いらしいので、俺も九月末生まれだけど誕生日自体は俺の方が早いそうだ。わけわかんなくなってきた。
「俺は冬に生まれたっておじさんが言ってたような気はしますけど、誕生日ってどうやったらわかるんですか?」
「わかるなら俺もお祝いとかしたいけど、出生記録とかなさそうだしちょっと無理なんじゃないかな………」
「適当に作っちゃえばいいと思うよ~。
っていうか、ヒューバート君が私と四歳しか変わらないことの方がびっくりだなぁ。………あれ、四歳でいいのかな?」
シキ、二十二歳なのか。さすがに十四ではないだろうし。
「俺、何となくシキはもっと年上だと思ってたよ………」
「元の世界ではナメられないように見た目と所作には気を使ってたからねぇ、プレゼンで落ち着いて見えるように声も低めにしたりして。年上に見られてたなら狙い通りだよ~。」
本当か?態度だけ見たらどちらかといえばちゃらんぽらんって感じだけど?
「え、顔?今更だし、恥ずかしいから見せてあげな~い。」
「そう言われると見たくなりますね………その顔のやつ、どうやってついてるんですか?」
「秘密~、教えたら取るでしょ。
ほら、あんまり長居するとユウト君の世界だけ時差広がっちゃうよ。そろそろ戻って休もう、お二人さん。」
はーい。
「また明日、ですね!楽しみです!!」
「うん、また明日ね。」




