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 しばらく無言で歩いていると、少し前を歩いていた侯爵様が俺に話しかけてきた。


「君が、異世界のウィリアムズ副室長だろうか。報告は受けていたが………あぁ、報告というのは」

「ヒューは魔力がとても多くて、常に護衛がついてるっていうのは聞いてます。とりあえず今は先を急ぎましょう。

 えっと、俺は刀伎結斗といいます、刀伎が家名です。魔法はそんなに使えなくて、一応、剣士です。よろしくお願いします。」

「その魔力量で剣士なのか。………よろしく頼む。」


 侯爵様、相当気まずいんだろうな。

 でもその辺のごたごたはヒューと話し合ってください、俺は細かい事情とかわからないんで。


 あ、そういえば今の俺、銀の三冒険者のユルギスなんだっけ?自己紹介間違えたな………まぁいっか。手遅れだし変装もしてないし、報告受けてるとか言ってたし。


「………見つけた。侯爵、ご令嬢は恐らくあの洞窟の中で子ども達と一緒です。近くに誘拐犯はいないようですので、保護をお願いしてもよろしいですか。私とユウトでドラゴンを引き付けます。」

「二人で?見つからないように全員で行けばいいだろう。」

「全員で行けば、見つかった瞬間全滅もあり得ます。私達だけなら防ぐか避けるかできますので。」


 木々の隙間からほんの少ししか見えないが、深緑のドラゴンは自分の視界で動物が走ればその辺りを、鳥が羽ばたいたらその鳥がとまっていた木ごと口から吐く火や尾でなぎはらっている。俺は避けられるしヒューは魔法で防げると思うけど、侯爵様達はわからない。


 ………こんな時だけど、遠目からでも迫力がすごいな。

 離れていても伝わるブレスの熱気。攻撃の直前にぶわりと動く大きな鱗。アースカラーの虹彩と縦に割れた瞳孔。かっけぇ。CGなんか目じゃないな。テンション上がるわぁ。

 でも、この状況でにやけてたらさすがに不謹慎だ。頑張れ、俺の表情筋。


 能天気な俺とは反対に、侯爵様一行は険しい表情になっている。適度な緊張感は必要だけど………


「隠密魔法をかけただろう?」

「私達自体は見えにくくても、触れた草木が動けばそれで見つかります。森で戦うことが多い冒険者の間では有名な話です。」


 へー、そうなんだ。運動神経は壊滅的だけど、ヒューもちゃんと冒険者なんだなぁ。


「ヒュー、囮役は俺一人でもいけると思うよ。派手に動けばいいだけだろ?」

「主に動き回るのはユウトに任せるしかないが、一人ではやらせないからな、絶対。

 カゲとは訳が違うぞ、ブレスには特に気をつけろ。予備動作が大きいからお前ならまず大丈夫だとは思うが、まともにくらったら一撃で死ぬからな。攻撃はしなくていい、俺もお前の防御に徹する。全員保護できたら俺達も撤収だ。撒くのは俺に任せろ。」


 倒すんじゃなくて、洞窟から離すだけな。OK、OK。


「お前の強さは知っているが、絶対に無理はするな。自分の命を第一に考えろ。俺は自分で身を守れるから、ユウトはかわすことに専念するんだ。

 あぁ、やっぱり俺が囮になろうか。能力的にユウトが適任なのはわかっているが………悩ましい………」

「避けるだけなら余裕だよ。………心配し過ぎだって、これ以上何か言われたらヒューのこと間違えてお母さんって呼びそうだ。」

「だっ、誰が母親だ、俺は真面目に心配しているんだぞ。過信は禁物だ、それに」

「わかってる、本当に大丈夫だって母さん。」

「くっ………ふふっ」


 侯爵の部下の人達が後ろでぷるぷるし始めた。ずっと保たれていた無表情も崩れる。

 ………うん、上手くいったかな?


「く、くく………申し訳、ありません………」

「ヒューが心配し過ぎなんですもん。

 皆さん、良い感じに力抜けました?緊張し過ぎてたら、忍び足も上手くできないですよ?」

「え………」

「! すまない、私のせいか。自分で思うより余裕を失っていたようだ………落ち着かなくては。」


 良かった、少し平静を取り戻してくれたみたいだ。

 時間が経つにつれて侯爵様の緊張感が増してたんだよな。部下の人達が萎縮するくらいに。


 ふざけている場合かって怒られるかとも思ったけど、今までの行動を見た限り侯爵様はこの程度では怒らない、という方にかけてやってみた。

 部下の人達に話しかけながら肩を軽く叩いたり、足場が悪い場所では手を貸したりしていたし、軍本部でペンダントが絡まった時も怒ったりはしなかったから。焦ってはいたけど。


 別に俺は怒られてもよかったしね。侯爵様の部下の人達が過度な緊張を自覚してくれればそれで。


「ユウト、お前は全く………

 侯爵、焦るお気持ちはわかりますが、ドラゴンに見つからないよう慎重に動いてください。保護が終わったら空に火花を三つ、緊急事態なら大きく一つで。

 探知にはかかっていませんが、誘拐犯達が戻ってくる可能性もあるのでお気をつけて。」

「承知した。………君達も気をつけろ。お前達、行くぞ。」


 よし、じゃあ俺達も行きますか。





「おーい、こっちだぞー!」

「そんなに煽らなくていい、もうこちらに気付いている。さっき言った範囲で逃げ回れ。」

「了解!ガードはよろしく!」


『ええい鬱陶しい!離れろ、来るなああああ!!!』


 え、あ、ドラゴンって喋んの!?


 ヒューは森の中に姿を隠し、俺はブレスで焼けたらしい拓けた所を駆け回っている。あまり攻撃の狙いが定まっていないので逆に避けにくい。当たりもしないけど。


「………!?

 ユウト、そのまま聞け!洞窟の方から誰か来る!この魔力は侯爵じゃない、恐らく侯爵令嬢達だ!」


 は!?何で!?

 えっと、えーっと………とりあえず、令嬢達の安全が最優先だよね。


「ヒュー、助けに行って!俺は大丈夫だから!」

「馬鹿言うな、お前にはドラゴンの知識が無いだろう!」

「大丈夫、討伐の前にちょっと勉強した!ご令嬢助けに来たんだから、そっち守らなきゃ意味ないじゃん!」

「む………」


「きゃあぁっ!」


 子どもの悲鳴!?

 まずい、今のでドラゴンが子ども達に気づいた!


「早く!」

「………わかった!」


 頼んだぞ………って、遅っ。え、それ走ってる?

 ………うん、あれがヒューの全力みたいだ。俺が行かないと駄目だな。森って足場悪いもんね、仕方ないね。


 ドラゴンは主に視覚情報で動いていると教本には書いてあった。なら、幻影魔法でも気を引けるんじゃないだろうか。

 顔面に初級魔法の火球をぶつけて一瞬視覚を奪い、その隙に自分の幻影を複数出して走り回らせてみる。お、ちゃんと撹乱できてるな。よしよし、今のうちに。


 走っているつもりらしいヒューに秒で追い付き、後ろから抱え上げる。


「うわっ!?おい、何をする!ドラゴンは!?」

「いや、ちょっと見てられなくて。あいつには俺の幻影が見えてるはず。口閉じてろよ、舌噛むぞ。」

「………!」


 ヒューを担いだまま悲鳴が聞こえた方へ走ると、簡素なドレスの金髪少女が子ども達を背に庇って短い棒を構えていた。彼女が侯爵令嬢だな。


「ユウト、ブレスが来る!少し遠いが、ここで盾を張るぞ!一旦止まれ!」


 ちらっと後ろを見ると、ドラゴンがその頭を大きく後ろに引こうとしていた。教本で見たブレスの予備動作だ。

 今ここで盾張っても直撃は免れるだろうけど、令嬢と子ども達はまだ少し遠いから余波をもろに受けそうなんだよな。


 ………この世界ならいけるか。ヒューが思ったより軽いし、幸いここは少しひらけている。

 魔力を身体に巡らせて、風の魔法を展開。


「………おいユウト、何をしている?」

「ヒュー、投げるから防御してね。」

「投げるって何を………っ!?」


 ヒューを投げて、あとは風の魔法で思いっ切り押せば………よし、良い感じの所に落ちたな。

 受け身に失敗したらしいヒューが何か叫んでいるが、今は無視だ。早く盾張ってくれ。


 あとは後ろにできるだけブレスがいかないように、借りた剣に魔力を流してブレスを斬る。ハロルドさんに魔法を斬る方法は習ったし、ブレスは火の魔法に近いって教本にあったはず。


 ドラゴンが口を大きく開いた。


「………はぁッ!」


 タイミングを合わせて剣を振り下ろす。重心は低く、刃はブレスに対して真っ直ぐに。刀身には魔力を流し、鍔と自分には魔力の盾を。


 ごおおおおおおおおっ


 ………ふぃー、熱かった。よし、後ろはちゃんと守れてるな。魔法の斬り方教わってて助かった、ハロルドさんありがとう。

 おお、焦げ跡が綺麗なVの字になってる。我ながらマンガみたいな芸当だな。俺でこれなら、父さんだったら剣圧でブレスごとかき消してたかもしれない。


 剣は駄目になっちゃったか、手で触っても崩れそうだ。あ、刀身折れた。君の犠牲は無駄じゃなかったぞ、ムラマサ2号。柄しかないけど、後で供養しよう。


 ぐいっ


「うっ!?」


 突如後ろから伸びてきた手に襟首を掴まれ、ぐるりと後ろを向かされる。ってあれ、ヒュー?あんまりこういうことするイメージないんだけど。


「な、何だよ上手くいっただろ?」

「馬っ鹿かお前は!!怪我は!?」


 あ、ヤバい。ヒューが見たことないくらい怒ってる。


 ………と思ったが、ヒューは目を閉じて一回大きく深呼吸をした後、無言でてきぱきと自分達の周りに魔術を展開し始めた。眉間のしわは消えていないので、怒るのを後回しにしただけな気がする。それはそれで怖い。


「動けない程の怪我はないけど、袖は焦げちゃった。ごめん。

 えーっと、まだあいつこっち見てるから、撒いてこようか。」

「しばらくそこで大人しくしてろ。馬鹿一人で行かせられるか。この馬鹿。」

「何回馬鹿って言うんだよ………」

「馬鹿だから馬鹿と言ってるんだ。さっきのユウトのように幻影をドラゴンの前に作ったから、少しの間は気を逸らせるだろう。先に彼女達の状態を確認しなければ。」


 そうだった、本来の目的はそっちだ。


 身を寄せあっている子ども達を安心させるように優しく撫でてから、侯爵令嬢が前に出てきた。スカート部分を破いて動きやすくしたドレスを着ていることと、瞳が明るい黄色であること以外は完全に軍本部で会った少女だ。本部で会った彼女の瞳は澄んだ青だった。


「感謝いたします、ヒューバート様。私はエクセルシス侯爵家長女、ジュリアですわ。レイラは上手く助けを呼んでくれたのですね。」


 おお、リアルお嬢様口調。似合う。


 あと、軍本部で会った子はレイラというらしい。そういえば名前聞いてなかった。


「はい、侯爵様も来ておられます。そちらに向かわれたはずなのですが。」

「お父様が………もしかしてさっきの!?どうしましょう、生き埋めにしてしまったかもしれませんわ!」


 生き埋め!?何で!?


「私達は大丈夫だ!ジュリア、無事か!」

「お父様!!」


 あ、噂をすれば。


 ジュリアさんが一瞬侯爵様とのハグを躊躇ったくらいには、全員土埃でドロドロに汚れている。本当に埋まりかけていたらしい。


「皆さんはとりあえず山を下りてください、俺はあいつを撒いてくるんで。」

「おいユウト、一人で行こうとするな。

 侯爵、山を下りたら火花を空へ。それが見えたら私達も撤収しますので。森を出た所で合流しましょう。」

「承知した。」

「ユウト、すまないがまた俺を担いで行ってくれ。その方が速い。」

「俺だけの方が速………了解です。」


 撒くだけなら大丈夫だと思うのだが、ヒューにぎっちりと襟の後ろを掴まれている。わかったよ、一人では行かないから。





 ヒューを担いでドラゴンの少し手前に移動し、木の陰に隠れた。火事の後のような独特の臭いが漂っていて、煙が少し目に滲みる。


『うああああああああ!!!』


 さっきより荒ぶってるな。………何だか苦しそうだ。


「ヒュー、撒く時は任せろとか言ってたけど、具体的にはどうすんの?」

「必要に応じて誘導して、あとは眠らせるだけだ。ドラゴンにも効きやすいようにアレンジした魔法を使う。

 今の彼女は正気を失っているからユウトの幻影でも誤魔化せたようだが、本来ドラゴンに魔法は効きが悪いんだぞ。」


 そうなんだ。っていうかこのドラゴン雌なのか。


「俺の催眠魔法でもそう長くはもたないから、火花が上がったら魔法をかけて全速力で撤退だ。」

「俺はそれまでドラゴンの気を引けばいいのか。」

「待て待て、さっきは洞窟に近かったから積極的に気を引いただけだ。今はあちらに向かわなければいいのだからずっと気を引く必要はない。彼女があちらに行きそうになるまでは大人しくしてろ。

 あと、腕を出せ。袖が焦げたなら火傷しているだろう。」

「魔術盾張ってたし、煤払えば大丈夫だよ。ほら………あれ、思ったより焼けてる?」

「………カズマが言っていたのはこういうことか。

 こら、あまり動かすな。回復魔法をかけておく。少しでも異常があればすぐに言え。」


 何でそこでカズ兄が出てくるんだ。カズ兄が俺を閉め出した時にしてた話か?

 ………丁度良い機会かも。合図を待っている間に、あの時何を言われたのか聞いてみようかな。


「お、火花三つだ。行くぞ、ユウト。」

「………わかった。」


 むぅ、思ったより早かった。

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